コロナ夏の必見展01:「丹下は知ってる」なんて言わせない! 驚異の丹下健三展@国立近現代建築資料館

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 去年の今ごろは、まさか2年続けてコロナ制限の夏になるとは全く想像していなかった。五輪中継も「建築」がちっとも映らない(代々木競技場をもっと映して!)。それでも、昨年は建築系の展覧会がほぼ全滅だったのが、今年はかなり復活している。建築好きは、早めにこれらで“栄養補給”して夏を乗り切ってほしい。感染者も増えているので、「いつか見よう」は禁句である。

 筆者が実際に見て「これは建築好きには楽しい」と感じた展覧会を紹介していく。まずは筆者イチオシの「丹下健三 1938-1970」から。

(写真:宮沢洋、以下も)

 7月21日から東京・湯島の文化庁国立近現代建築資料館で始まった。正式名は「丹下健三 1938-1970 戦前からオリンピック・万博まで TANGE KENZO 1938-1970 From Pre-war period to Olympic Games and World Expo」。

 この資料館はいつも無料で、今回も無料なのだが、今回は特に内容が濃くて(主観です)、軽く2000円くらいの価値はある。何がそんなに推しかというと、展示物の貴重さに加え、ゲストキュレーターの豊川斎赫・千葉大学准教授による解説文がすごい。

内覧会で説明する 豊川斎赫氏。模型と図面は「広島子供の家」(1953年、現存せず)

 「丹下健三なんて、もうほとんど知ってるよ」。そう思って見に行ったのだが、やられた。並んでいるプロジェクト自体は、実際知っているものばかり。だが、それぞれに付けられた300~400字ほどの解説文に、「知らなかった!」ということが必ず書いてあるのだ。

短文でも圧倒的な情報量

 例えば、幻の広島平和記念聖堂コンペ案(実現したのは審査員だった村野藤吾の案)。その解説文を引用する。

 1948年に開催された平和記念広島カトリック聖堂設計競技に参加した丹下は、リブ付きシェル構造の聖堂案を提出した。その趣旨文の中で、丹下は鉄筋コンクリート造シェル構造が合理性と経済性を兼ね備え、訪れる者の精神を揺さぶる可能性に言及した。しかし、審査員らは丹下案が創造的かつ技術的であることは認めつつ、オスカー・二ーマイヤーによるサン・フランシスコ・ジ・アシス教会(1943年、ブラジル)に酷似し、カトリック関係者に強い抵抗感があった。このため、丹下案は2等とされ、1等は選出されなかった。その後、審査員であった村野藤吾が設計を担当することになり、禍根を残した。

 えーっ、2等だった主因はニーマイヤーに似てたからだったのか! 村野藤吾はこんな頃からニーマイヤー知ってたのか! 確かに似てる。この教会を知らない人はこちら。 

 「駿府会館」(1957年、現存せず)の解説文にもうなった。

 駿府会館は1957年の国民体育大会のために計画された施設で、市民が集う大規模な多目的空間が期待された。一辺54mの正方形平面にHPシェルのRC造屋根が載り、四周に折板状の壁が設けられている。設計当初、丹下は折板状の壁がない、爽快なシェルをイメージしていたが、坪井善勝(構造家)との協議を経て壁を設けることになった。また、竣工後に梁の一部が落下する事故が発生し、丹下研究室内で「これ以上の大きな規模のRC造シェル提案は危険」と判断し、柱間のスパンが110mとなる国立代々木競技場ではサスペンション構造の提案を行った。

 なんと、代々木競技場が吊り構造であるのにはそんな背景があったのか! というか、「竣工後に梁の一部が落下」って、今だったら設計者生命を絶たれてますよ!

豊川氏はまだ40代、名前は「さいかく」

 こういう短い解説文は、自分のことを考えても、割と当たり前のことを書いてしまうものなのである(猛省)。しかし、本展は、どの解説文にも、絶対に知らないことを盛り込もうという豊川氏のサービス精神が感じられる。あるいは、意図しなくてもあふれてしまう尋常ではない知識量……。

 豊川氏のことを知らない人にために念のため説明しておくと、同氏は『群像としての丹下研究室』(2012年)、『丹下健三とKENZO TANGE』(2013年)、『TANGE by TANGE 1949-1959』(2015年)、『丹下健三』(2016年)、『丹下健三と都市』(2017年)、『丹下健三 ディテールの思考』(2017年)などの著作を持つ丹下健三研究の第一人者である。

 「斎赫(さいかく)」という、明治の文豪のような名前から、大ベテランを想像してしまうかもしれないが、1973年生まれで、まだ40代。

 筆者(宮沢)は出版社を独立して約1年。「建築の面白さを一般の人に伝えたい」、つまり「BtoC」を活動の軸としてやってきたが、改めてそれは正解だったと思う。だって、「BtoB」でこんなに面白いことを書ける人にかなうわけがない。 

 「BtoB」でこんなに面白い、ということでいえば、今年3月に発刊された豊川氏の著作、『国立代々木競技場と丹下健三』(TOTO建築叢書) も素晴らしい。これも「代々木競技場なんてもう知っているよ」と思って読んだのだが、特に後半が圧巻。完成後の地盤沈下や雨漏り、改修について詳細に書かれているのだ。単に褒めるだけではない、という姿勢はBtoBの鏡。それでこそ専門家!

 ……と、展覧会の内容からどんどん離れていってしまったので、最後は会場に戻る。豊川氏自身のイチオシは、会場中央に据えられたこの巨大模型だという。その意味は実際に現地で見て考えてほしい。もちろん私も、「そうだったのか!」とうなった。

こっちから見た方が意味が分かりやすいか?

 ところで、冒頭に「軽く2000円くらいの価値はある」と書いたのは大げさでない。実はこの資料館、会場受付や事務室(1階別棟)で「図録が欲しい」と申し出ると、図録↓がタダでもらえる(在庫数による)。この図録、普通に買ったら2000円はする。なくなる前に早めに行こう。(宮沢)

■開催概要
丹下健三 1938-1970 戦前からオリンピック・万博まで
TANGE KENZO 1938-1970 From Pre-war period to Olympic Games and World Expo
会場:文化庁国立近現代建築資料館(東京都文京区湯島4-6-15 湯島地方合同庁舎内)
会 期:2021年7月21日(水)~10月10日(日)
開館時間:10:00~16:30
主催:文化庁
協 力:株式会社丹下都市建築設計、内田道子、公益財団法人東京都公園協会、独立行政法人日本芸術文化振興会、ワールド・モニュメント財団、アメリカン・エキスプレス、一般社団法人DOCOMOMO Japan、高知県立美術館
企画:文化庁国立近現代建築資料館
ゲストキュレーター:豊川斎赫(千葉大学准教授)
制作協力:国立大学法人千葉大学
展覧会特設サイト:https://tange2021.go.jp