栃木県初のPFIで梓・大成らの設計による巨大体育施設がオープン、「専兼の壁」は過去の話?

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 かつて「建設会社設計部に就職する」ということは、「公共建築は一生設計しない」ということを意味した。私が日経アーキテクチュアに配属された30年前には、公共建築の設計発注には「専兼(せんけん)の壁」という高い壁があり、専業(設計事務所)と兼業(建設会社設計部)の活動領域は明確に分けられていた。かつては、こんな巨大な公共建築を、建設会社設計部の人に堂々と案内してもらうことは考えられなかったのである。

写真は4月3日の様子(写真:大成建設)

 長い前振りとなったが、ここは4月1日、宇都宮市西川田地区にある大規模公園「栃木県総合運動公園」の東側隣地(東エリア)にオープンした複合運動施設「日環アリーナ栃木」である。ネーミングライツで「日環」(宇都宮市に本社を置く廃棄物処理会社)の名が付いているが、栃木県の発注で整備された公共建築だ。オープンの前々日に、設計チーム(梓設計・大成建設・安藤設計設計共同企業体)の中心になった大成建設設計本部建築設計第二部の飯田雄介プロジェクト・アーキテクトと松岡弘樹氏が現地を案内してくれた。(外観写真は主にオープン後の4月3日の様子)

4月3日の様子(写真:大成建設)

 日環アリーナ栃木は、6万6000m2の敷地にメインアリーナ、サブアリーナ、屋内水泳場のほか、ウェルネスエリア、体育館分館などの多様な運動施設をぎゅっと集めている。鉄筋コンクリート造・一部鉄骨造、地上4階、延べ面積3万8524.27m2。

(写真:特記以外は宮沢洋)

 模型で見ると分かるが、3つの大空間(メインアリーナ、サブアリーナ、屋内水泳場)がこんなに近接して立つ施設も珍しい。2022年開催予定の栃木国体にも使用される。栃木県総合運動公園には中央エリアや北エリアにもさまざまな体育施設があり、ここでオリンピックもできてしまいそうな充実ぶりだ。

PFIで財政負担は2割減

 栃木県初のPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ方式)事業で、2016年に「グリーナとちぎ」を事業者として選んだ。落札価格は292億8342万4728円(消費税及び地方消費税の額を含まず)。県が従来どおりの手法で実施する場合の財政支出と比較すると、財政負担額は約21.9%削減となる。(参考記事→https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/news/121400116/

 グリーナとちぎの構成企業は、日立キャピタル(代表企業)、大成建設、美津濃(ミズノ)、日本水泳振興会、ハリマビステム、環境整備、中村土建、渡辺建設、梓設計、安藤設計、大谷石産業、ベルモール、ブレイン、コクヨ北関東販売の14社だ。このうち施設の設計者は、梓設計・大成建設・安藤設計設計共同企業体。施工は大成・中村・渡辺特定建設企業体だ。

 「PFI」は分かったようで分からない言葉なので、念のため説明しておくと、「公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金・経営能力及び技術的能力活用して行う手法」のこと。つまり、最初からチームで仕事を取るので、建設会社設計部も設計に加われるわけだ。冒頭に書いた「専兼の壁」は今も公共建築に存在するが、そうではないルートで建設会社が公共建築の設計に参画する機会が増えているのである。

外観のモチーフは大谷石採掘場

4月3日の様子(写真:大成建設)

 外観の第一印象は、米国の地方都市にある研究所のよう。メインのアプローチがある南西側から見ると、ゆったりとした前庭の向こうにおよそ体育施設とは思えないソリッドな壁面が並ぶ。大空間建築でこんなに平面で構成される外観も珍しいが、それぞれの面で縦ラインが強調されているのもまた珍しい。これは宇都宮市内にある「大谷石採掘場」をモチーフにしたものだという。ああ、なるほど……。参考までに下の写真は大谷石採掘場近くの地層だ。

 近づいてみると、広い平面は木目のついたプレキャスト(Pca)板。木目は日光スギから型取りした樹脂型枠を使ってつけたものだ。

(写真:大成建設)

 くぼんだ部分は、なんと本物の大谷石だ。「大谷石は軟らかいので、安全対策を何重にも施した」と飯田氏は言う。具体的には大谷石の表面を液体ガラスで保護。大谷石の裏側にはネットを張ることで万が一、割れても落下しないようにした。さらにそれでも落下した場合に備え、大谷石の直下は一般の人が入れないように区画したという。言われなければ区画されていることも分からないが、確かに大谷石部の真下には植栽などがあって入れない(下の写真)。「中高層の外壁で大谷石を使うのは前例がなかった。ここまでやらないと自社の品質管理基準を通らない」と飯田氏は言う。さすが建設会社らしいリスク管理だ。

膜天井と飛び込み台が印象的な水泳場

 中に進もう。観客のメイン動線は2階。コリドーの東側(写真右手)が大小のアリーナ、西側(写真左手)が水泳場。東西をつなぐ庇の軒下は日光スギのルーバー。

 メインアリーナ(上の写真)は黒基調。4月3日には、こけら落としとなるバスケットボールB1宇都宮ブレックスのホーム戦が開かれた(下の写真)。

4月3日の様子(写真:大成建設)

 ブレックスは88対69で勝ち、アリーナに記念すべき白星を刻んだ。

 サブアリーナ(上の写真)は要所に木を使っている。

 1階ホワイエを通って西側(写真左手方向)へ。

 屋内水泳場は白一色。ここは天井の見上げが美しい。大空間は一般的に短辺方向の架構を強調したデザインが多いが、ここはプール上部の膜天井で長辺方向が強調され、すっきりとして見える。

 飛び込み台が、彫刻のように凝っている。これは、担当時、入社1年目だった松岡氏によるデザイン。「ここを“飛び込みの聖地”にしたいという話を聞いて、聖地にふさわしいデザインを考えた」と話す。

PFIでも建築賞は取れる?

 大味になりがちな巨大建築だが、細部までなかなか丁寧にデザインされている。これだけの規模の施設をコントロールするだけでも相当大変そうだが、飯田氏は、建築だけでなくアプローチの外部空間を見てほしいと言う。

 2階のコリドーに向かうなだらかな斜面は、「交流の丘」と名付けた。ランドスケープの設計にはソラ・アソシエイツが参加している。

2階から続く芝生広場。多目的スタジオなどの上部。4月3日の様子(写真:大成建設)

 案内してくれた2人をパチリ。右が大成建設設計本部建築設計第二部の飯田雄介プロジェクト・アーキテクト。左が同部署の松岡弘樹氏。

 日経アーキテクチュアで「専兼の壁」の存在を知った30年前から、内心、「それってどうなの?」と疑問に思っていた。設計施工一括発注で品質が担保できないならば、第三者監理を入れればいいではないか。あるいは、建設会社A社が設計をやったら、B社と共同で施工をやればいいではないか。市民にとっては、血税を無駄にせずに価値の高いものができれば、専業でも兼業でもどっちでもいい。……などと、当時から思っていた。

 ちなみに昨年の日本建築学会賞作品賞の1つは「吹田スタジアム」で、竹中工務店の設計だ。これは民間の寄付で建設し、吹田市に譲渡したもの。今回のようなPFI事業のプロジェクトが何かの建築賞を取ると、「専兼の壁を通らない道」はさらに広がっていきそうだ。別に建設会社の肩を持っているわけではない。両者が競い合っていい建築をつくってほしい──願いはそれだけである。(宮沢洋)

4月3日の様子(写真:大成建設)