愛媛発・矢野青山の挑戦01:焼失した「亀ヶ池温泉」を軽快な木造大架構で再建/矢野青山建築設計事務所

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最近あちこちで名前を聞く矢野青山建築設計事務所。愛媛県松山市を拠点に活動する建築家、矢野寿洋氏と青山えり子氏のユニットだ。そんな2人から、「愛媛のプロジェクトを見に来ませんか」と声を掛けられた。どっぷり3日間、2人とともに(正確には5歳のお嬢さんも一緒に)県内を見て回った。このうちの4件を、2人の希望もあって“イラスト入り”でリポートする。(宮沢洋)

【取材協力:矢野青山建築設計事務所】

(イラスト:宮沢洋、以下も)

 落雷による火災のあと再建工事を進めていた愛媛県伊方町の温泉施設「佐田岬 亀ヶ池温泉」が2024年2月1日、2年半ぶりに営業を全面再開した。現時点(2024年1月)における矢野青山建築設計事務所の最新プロジェクトだ。

 愛媛県の最西端にある日本一細長い半島、佐田岬半島。海に面する県下最大の潟湖・亀ヶ池のほとりに、亀ヶ池温泉はある。

西側上空から見る(写真:特記以外は西川公朗)

 既存施設は伊方町が建設し、2007年にオープンした。毎年15万人ほどが訪れる人気施設だったが、2021年8月19日夜に発生した落雷で火災に。レストランを含む本館が全焼したほか、施設全体の6割以上を失った(幸い負傷者は出なかった)。

 伊方町は、被災した施設を再建するため、設計者を選定する公募型プロポーザルを実施。2021年1月に矢野青山建築設計事務所を選んだ。燃え残った既存の温浴棟を仮営業しながら、本館などをわずか2年で再建した。

 西側の広々とした駐車場で車を降りる。東を見ると、雁行した平屋の建物に緩勾配の傾斜屋根が交互に重なり、気持ちをゆったりさせる。

 入り口を入ると、天井に一直線に伸びる光のラインが奥の大浴場へと導く。同時に、光によって照らし出される木造架構の軽快なリズム。思わず「おおっ」と声が出る。

 2人はこんなことを考えて設計したという(太字部)。まず構造について。

 プロポーザル時点では構造指定がされなかったこともあり、当初は耐火性能の高い木造以外での選択肢も検討していた。しかし、燃え残った既存の温浴棟の内装を改装して仮営業する予定であり、残置基礎の地下ピットを温泉配管かが多数走っていることなどから、基礎・杭の撤去はまずあり得ない。そのため、構造設計者と相談のうえ、残置基礎を無視した場合、下部の地盤でも支持可能な軽い平屋木造とした。

 ここでいったん補足すると、構造設計者は、2023年の日本構造デザイン賞を受賞して話題の平岩良之氏(平岩構造計画)だ。平岩氏は矢野氏と東京大学時代の同級生で、矢野青山事務所のプロジェクトのほとんどの構造設計を手掛けている。

片持ちの庇の下に設けた足湯

 残置基礎の有無により、沈下条件が違うため、不等沈下を起こさないように新設建物はなるべく既存基礎上に載せることを条件としつつ、別棟の新設ボイラー棟やキャンチレバーの軒により雁行するファサードを形成することで、焼失前とは全く異なる顔をつくった。

 中に入ると「柱が細っ!」と誰もが感じるだろう。柱は小住宅のような105角だ。

 この施設の建築空間を決定づける1つのルールとして「H2.2mルール」を設けた。開口部とや間仕切りの高さを 2.2mの高さでそろえるものである。空間に緊張を与える105角の細長柱に対して、座屈止めのつなぎ梁を間仕切りが内包する高さでもあり、それにより柱の華奢さを強調している。また、2.2m以上でふかした壁の内部には、給水・温水・温泉配管など多数の配管が走る。

 なるほど、天井裏に配管を隠せない構成なので、配管やつなぎ梁を「H2.2m」の上下で隠すことによって空間をすっきりと見せているわけか。

新設した足湯にて。矢野寿洋(やの・としひろ、左)。1981年愛媛県生まれ。2004年東京大学工学部建築学科卒業。2006年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2006~2013年新居千秋都市建築設計、東京大学生産技術研究所。2013年矢野青山建築設計事務所設立。青山えり子(あおやま・えりこ、右)。1988年神奈川県生まれ。2011年日本大学芸術学部デザイン学科建築コース卒業。2012年~2015年中村高淑建築設計事務所。2013年 矢野青山建築設計事務所設立(写真:宮沢洋)

 矢野青山の2人は、佐多岬には何度か来たことがあり、地域の状況も知っている。そのため、運営面に無理が生じない、身の丈にあった施設を目指した。

 本館の再建計画は、町や施設が抱える問題に応える契機にもなった。加速度的に減少していく町において、公共施設をどのようにマネジメントし、持続可能な形で利益を出しながら運営していくのか。地方に身を置いて活動する設計事務所として避けては通れない問題である。

 例えば、灯油ボイラーのみで相当なエネルギーコストがかかっていた既存施設を見直し、廃材なども燃料にできる薪ボイラーや、太陽光発電を活用したヒートポンプを導入することで、大幅な燃料費の削減を実現した。

 最大の課題である働き手の不足に対しては、おおらかな空間構成や、各機能に対しての案内を集約したフロント配置などによる管理の容易化に加え、指定管理者との綿密な打ち合わせを通して、様々な自動化システム導入に対応したインフラや間取りにした。

宿泊棟のラウンジ

 …などなど、聞けば「へーっ」という工夫がごろごろ出てくるのだが、そんなことは一般の来館者が気づくこともあるまい。「工夫しました、すごいでしょ」というドヤ感は全くない。それがいい。1人の風呂好きとして、また来たくなる温浴施設だった。

宿泊料金が安くてびっくり。興味のある方はこちら→http://www.kamegaike.com/news/?p=565

■建築概要
伊方町健康交流施設 亀ヶ池温泉 本館

所在地:愛媛県西宇和郡伊方町
主要用途:公衆浴場・飲食店・物販・宿泊施設
敷地面積:10134.3m2 建築面積:1558.42 m2 (新築部) 延床面積:1358.23m2(新築部)
階数:地上1階 
構造:木造 一部鉄骨造
設計:2022年1月~9月
工期:2022年12月~2023年11月

建築:矢野青山建築設計事務所 矢野寿洋 青山えり子 西山琳
構造設計:平岩構造計画 平岩良之 金澤亮磨
設備設計:コモド設備計画 山下直久 松井知行 上野詩織
施工:堀田建設(建築) デンカ(電気)

取材協力
株式会社 矢野青山建築設計事務所
〒790-0806愛媛県松山市緑町1-2-1和光会館1-B(愛媛事務所)
〒169-0074東京都新宿区北新宿1-4-9 柏木VL301(東京事務所)
TEL:089-948-8190 FAX:03-6745-2374
MAIL:info@yanoao.com URL:http://yanoao.com

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