愛媛発・矢野青山の挑戦02:H鋼で魅せる「J.spot今治」、5つのフレームを雁行配置/矢野青山建築設計事務所

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愛媛県松山市を拠点に活動する矢野寿洋氏と青山えり子氏(矢野青山建築設計事務所共同主宰)のプロジェクトを巡る4回シリーズ。第2回は、2人の所信表明ともいえそうな自動車ショールーム「J.spot今治」(愛媛県今治市)だ。(宮沢洋)

【取材協力:矢野青山建築設計事務所】

 H形鋼(H鋼)のシャープさだけでも人を惹きつけることはできる──。そんなシンプルな強さを持つ建築だ。

たかが庇、されど庇(写真:特記以外は西川公朗)

 今回取り上げる4件の中で、最も古いプロジェクトがこの「J.spot今治(ネッツトヨタ愛媛 今治店)」だ。古いといっても竣工は2017年の夏。5年ほど前だ。

 この施設が、矢野青山建築設計事務所として初めて手掛けた本格的な建築である。出世作と言ってよいだろう。

左が青山氏、右が矢野氏(写真提供:矢野青山建築設計事務所)

 ここで簡単に2人のプロフィルを紹介する。矢野寿洋氏は1981年愛媛県生まれ。東京大学建築学科卒業、同大学院を修了した後、2006年から2013年まで新居千秋都市建築設計に務め、2013年に青山えり子氏と矢野青山建築設計事務所を設立した。青山氏は1988年神奈川県生まれで、日本大学芸術学部デザイン学科建築コース卒業。中村高淑建築設計事務所を経て矢野青山建築設計事務所の立ち上げに加わった。ちなみに、青山氏は新居千秋都市建築設計でアルバイトをしていたときに、矢野氏と知り合ったとのこと。

 2人は当初、東京で個人住宅などを設計していたが、この「J.spot今治」の設計依頼を受けたことをきっかけに、矢野氏の出身地である松山に拠点を移すことになった。

 2人の解説文(太字部)を読みながら、施設を見ていこう。

 愛媛県今治市の幹線道路沿いの整備工場併設型自動車ショールームの新築計画。これまでにない自動車ショールームとして、立ち寄りやすく、様々な居場所があり、賑わいが外から感じられる建物が求められた。

 異形の敷地形状を活かし5つのフレームを道沿いに雁行配置することで、街並みに調和しながら、視認性向上や西日遮蔽や緑地創出など様々な利点を生み出している。

 鉄骨の繊細なフレームが、街と軽快に繋がる半屋外空間を創り出し、豊かな街路空間によって通行人を誘い、賑わいが街へ波及することを意図した。

 中央の多目的スペースは、視認性・構造・日射・出入口を考慮し様々な矩形を組み合わせてファサードを構成した。必要部位の透過性を保ちながら熱負荷を軽減するため、複数のガラスフィルムを貼り分け、瀬戸内海をイメージしたカーテンと共に、天候や時刻によって異なる表情で街と向き合う建物になっている。

 構造とサッシを兼用したアウトフレームカーテンウォールにより、内側に柱やリブのない開放的で心地よい空間が生まれ、簡潔なディテールで半屋外空間のフレームと連続し統一感を生み出している。

 ここで補足すると、構造設計は平岩構造計画の平岩良之氏だ。矢野青山のプロジェクトの構造設計はほとんど平岩氏が担当している。平岩氏は佐々木睦朗構造計画研究所の出身で、「シェルターインクルーシブプレイス コパル」(設計:大西麻貴+百田有希 /o+h、2022年)や「松原児童青少年交流センターmiraton」(設計:御手洗龍建築設計事務所、2022年)などの構造設計を担当した注目株。実は、矢野氏はそれまで鉄骨造を設計したことがなく、H形鋼をいかにシャープに見せられるか(それでいてコスト増にならないか)を、東大時代の同級生である平岩氏と相談しながら詰めていった。

シャープなフレームとインテリアの柔らかさ

 フレームのシャープさとともに、室内空間の柔らかさも印象的だ。こちらは主に青山氏の力が発揮されている。

カーテンのデザインは安東陽子氏に依頼した

 再び説明文に戻る。

 愛媛県産の木材をルーバー天井や家具全般に用い、内子和紙を視線調整の多孔スクリーンとして用いた小上がり・菊間瓦を意図的にむらがでるように焼いて壁面に用いた納車ルームなど、各所に愛媛県の素材を工夫して用いた。整備の様子が眺められるカウンター、キッズスペース、ドッグスペースなどが設けられ、地域に寄り添い多様な利用者が心地よく過ごせる店舗となっている。

 このプロジェクトの後、同じクライアントの依頼で「J.spot新居浜」が2022年に完成。そして、第3弾となる「だんだんPARK」が松山市内に2023年に完成する。クライアントからの信頼の証しといえよう。目指すデザインの方向性を垣間見ることができ、かつ「地域のかかりつけ医のような建築家でありたい」という矢野氏の思いも伝わる“所信表明”のようなプロジェクトだ。

■建築概要
J.spot今治(ネッツトヨタ愛媛 今治店)
所在地:今治市北高下町3-2-7
主要用途:ショールーム・自動車修理工場
敷地面積:3,993.64㎡ 建築面積:2,040.40㎡ 延床面積:2199.88㎡ 地上2階 
構造:S造 最高高さ:8.3m 準耐火建築物
工期:2016.12~2017.8
建築主:ネッツトヨタ愛媛
設計監理:矢野青山建築設計事務所 矢野寿洋 青山えり子
設備設計:コモド設備計画
構造設計:平岩構造計画 平岩良之

外構:スタジオテラ
カーテン:安東陽子
瓦タイル製作:菊貞
和紙製作:りくう
施工:トライアル

■取材協力
株式会社 矢野青山建築設計事務所
〒790-0806愛媛県松山市緑町1-2-1和光会館1-B(愛媛事務所)
〒169-0074東京都新宿区北新宿1-4-9 柏木VL301(東京事務所)
TEL:089-948-8190 FAX:03-6745-2374
MAIL:info@yanoao.com URL:http://yanoao.com

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