愛媛発・矢野青山の挑戦03:穴あきCLTを耐力壁に用いた「愛媛県歯科医師会館」/矢野青山建築設計事務所

Pocket

愛媛県松山市を拠点に活動する矢野寿洋氏と青山えり子氏(矢野青山建築設計事務所共同主宰)のプロジェクトを巡る4回シリーズ。第3回は、「CLT」という注目素材の意外な使い方を提示した「愛媛県歯科医師会館」だ。(宮沢洋)

【取材協力:矢野青山建築設計事務所】

 前回、「J.spot今治」の回の最後にこう書いた。「目指すデザインの方向性を垣間見ることができ、かつ『地域のかかりつけ医のような建築家でありたい』という矢野氏の思いも伝わる」──。

 筆者は30年以上建築雑誌の編集をしてきたので、「地域のかかりつけ医」と「目指すデザイン」の両立がとても難しいことを知っている。「地域のかかりつけ医」という姿勢は、時として「当たり前のデザイン」の沼へと引き込む。それでも、矢野青山の2人ならその沼にはまらずに前に進めるかもしれないと思えるプロジェクトが、この「愛媛県歯科医師会館」である。

南側の外観(写真:特記以外は西川公朗)

 2021年に松山市柳井町に竣工した。2人による説明文(太字部)を見ながら、施設を見ていこう。

 愛媛県歯科医師会館の建替えにあたり設計プロポーザルが行われ、私達の「コンパクト化を徹底し地域に開いていく」案が評価され選定された。

(イラスト:宮沢洋)

 地域の各歯科診療所で対応困難な患者を治療する特別歯科診療スペースと、会議、事務スペースから構成される施設で、従来は4階にあったホールを2階に配置し周りに事務・会議スペースを設け、今まで階が分かれていた事務・集会機能をワンフロアに集約することで、入居する歯科衛生士会等の各デンタルファミリーの連携を強化し、場の活性化を図った。

南西側から見た外観。伊予鉄の線路に面した西側にピロティ状の駐車場と、特別歯科診療スペース用の入り口を設けた
特別歯科診療スペース

 1階東側をエントランススペース、西側を診療スペースとピロティの駐車場とし、災害時の作業場所を確保しつつ一般利用者と入口を分けることで患者のプライバシーに配慮した。3階を防災備蓄倉庫のみとし日常利用を低層部に限定することを意図した。

 設計段階では、ホールを2階と3階のどちらに設けるかということが議論の中心になった。3階設置の場合、日常利用の場所とホールが離れてしまい、ホールで行われるイベントに関係者以外が無関心になり、利用の固定化や稼働率の低下につながると考えた。法規の制約で階段が単なる動線空間になってしまい面積も増大してしまうことも懸念された。敷地形状と斜線制限の制約の中で、動線を中廊下形式により最小限に抑え、ホールの一部を区画し特別会議室として利用することで、ホールの2階設置を実現した。

 遮音性の高い区画用の可動間仕切りは重量があり設置に労力がかかるため、カーテンも設置し日常利用に配慮した。一方でプロポーザル時の「ホールを日常はサロンとして開放する」という提案は、机椅子移動の労力を考慮し方針転換し、水回りを壁面に設ける、将来的な音響映像設備変更に備えるなど、柔軟に利用できる多機能ホールとして計画した上で、ホールに繋がる動線部分を充実させることで日常のサロン機能を確保した。

 地域に開かれた場所となる1Fエントランスを、診療と講演会の両方で活用される、動線空間でありながら団らんの場でもあるホワイエのような空間としてつくりたいと考えた。ブラッシングコーナーやホールの中継視聴設備を設け、広く緩やかなCLT階段と展示壁によって2階へと自然と足が向くように工夫した。将来的な摂食嚥下講習対応スペースへの転用を視野に入れた会議室も設置している。

 ロールスクリーンで閉ざす時間帯が多い事務室等の窓は最小限に外壁の凹んだ部分に設け、日射調整しながら前面道路から窓の遮蔽が気にならないようにした。凸凹の寸法は内部機能と様々な目地が最小限になるように決定した。タイルを馬・芋と目地を変えて貼り分けることで、遠景からは一体で見え、近景では多様な内部用途が表徴される。

ようやく「穴あきCLT」が登場

 この説明文、2人が徹底的にプランニングを考えるという姿勢を反映している(メディアの人間には真似のできない誠実な説明…)。注目したいCLTの耐震壁が登場するのはようやくここからだ。

 1階ロビーの全面をガラスで覆い地域に開かれた印象をつくりだしつつ、構造的に問題がないように孔をあけた耐震壁CLTパネルをガラス内側に設け、場のよりどころをつくりだすことを意図した。

 「CLT」という言葉がさらっとが登場する。「孔をあけた耐震壁CLTパネル」と。そう、1階の耐震壁CLTパネルには、丸い穴があいているのである。CLT(直交集成板)は近年注目の木質素材で、いわば“木の塊”。これを鉄骨造の耐震壁として使った例はないわけではないが、穴あきは初めて見た。複数の丸穴があることで木の厚みがわかりやすく、かつファンタジックな雰囲気になる。これは面白い。

 構造材としての耐力が低下しそうに思うが、これはもともと設備貫通を想定して「あけてもよい位置の穴」なのだという。ナイスアイデア。

(写真:宮沢洋)

 このプロジェクトも構造設計は平岩構造計画の平岩良之氏が担当した。再び説明文に戻る。

 天井と各要素の特徴的な素材を、定尺の矩形で厚みをみせて用い、歯科医師会の伝統や信頼性を体現しつつ、明るく開かれた暖かみのある建物となるよう意図した。県産材CLTパネルは、耐震壁から階段や家具と様々に用いることで、準防火地域の中規模施設における木材の適材適所を試みた。

 鉄骨梁にGIR接合した3層4プライの幅1.5mのCLT耐震壁を1階2階にバランスよく配置することで、災害時の司令塔的役割の施設として求められた重要度係数1.5にする割増分の水平耐力を確保している。

 2人にとって、CLTという素材を使うのはこれが初めてだったという。にもかかわらず、誰もやっていない見せ方に挑んだのだ。 

 この施設は建築専門誌の老舗『新建築』にも取り上げられた(2022年4月号)。町医者的にプランニングを解いただけでは、おそらく建築メディアに取り上げられることはなかっただろう。2人の挑戦心が自分たちを次のステージへと押し上げたプロジェクトといえそうだ。

■建築概要
愛媛県歯科医師会館
住所:愛媛県松山市柳井町
用途:事務所・歯科診療
階数:地上3階
地域地区:近隣商業地域 準防火地域 
主体構造:鉄骨造一部木造 耐火建築物
敷地面積:1278.13㎡ 建築面積:954.75㎡ 延床面積:1899.21㎡

設計期間:2018年11月~2020年7月
工事期間:2020年8月~2021年9月
竣工:2021年9月30日
建築主:愛媛県歯科医師会
設計監理:矢野青山建築設計事務所 矢野寿洋、青山えり子、廣戸海渡(元所員)
構造:平岩構造計画 平岩良之、國江悠介

設備:Comodo設備計画 山下直久、上野詩織
施工:一宮工務店

■取材協力
株式会社 矢野青山建築設計事務所
〒790-0806愛媛県松山市緑町1-2-1和光会館1-B(愛媛事務所)
〒169-0074東京都新宿区北新宿1-4-9 柏木VL301(東京事務所)
TEL:089-948-8190 FAX:03-6745-2374
MAIL:info@yanoao.com URL:http://yanoao.com

「愛媛発・矢野青山の挑戦」、まとめ記事はこちら↓。