恐るべき数学的構図!イタリアで発見された吉村順三少年時代の作品を解説

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 建築家・吉村順三が少年時代に描いた絵がイタリアで見つかり、吉村ファン(私を含め)をざわつかせている。以下は、東京新聞2021年1月26日付けの記事からの引用だ。

 東京の子どもたちが約100年前に描いた絵や書道の作品166点を収めた2冊のアルバムがイタリアで見つかった。「日本のゴーギャン」と称された日本画家田中一村(いっそん)氏(1908~77年)や皇居・宮殿の基本設計をした建築家吉村順三氏(1908~97年)が、10代前半で手掛けた作品も収録されている。

 吉村順三の作品はこれである。モチーフは鈴虫だ。

(出典:ローマ東京間飛行の記念帖、所有:イタリア空軍)

 なんと12歳でこの画力!!!

 なぜ少年時代の絵がイタリアで発見されたかというと、こんな経緯だ。

ローマ・日本間飛行成功、歓迎の記念帳

1920年にローマ東京間飛行に成功した飛行士アルトゥーロ・フェラリン中尉(25歳)

 イタリア政府は1920年、国産機による日本への長距離飛行を計画。軍の飛行士らが木製複葉機11機でローマを出発したが、日本への飛行に成功したのは当時25歳のフェラリン中尉の機だけだった。

 この偉業を日本は国を挙げて歓迎。日伊友好親善のため、子どもたちの絵を公募して、記念帳にしてフェラリン中尉に渡した。

大日本学生団伊国飛行家歓迎会(9年6月6日於日比谷)。背景の森に見える屋根は「鹿鳴館」

 記念帳は東京市(当時)に住む子ども20万人が応募した中から優秀作品として選ばれた166点が納められた。7歳から15歳の子どもが描いた風景画や人物画、書道作品などだ。「20万人が応募」はさすがに眉唾な感じがするが、収録された作品はどれもクオリティーが高い。

 フィレンツェ在住の画家、道原(どうばら)聡氏(http://www.satoshi-dobara.com)がこの逸話を知り、100年ぶりにこの記念帳を探し出した。そして、道原氏は昨年10月に作者の情報収集サイト「記念帖1920」を開設。現在までに7人の作者が特定できた。その中の1つが「吉村順三 12歳」の作品だったのである。道原氏は、ほかの作者を探すため情報提供を呼び掛けている(リンクはこちら )。

定規とコンパスで描いた、計算ずくの構図

 すごいエピソードだ。しかし個人的には、そのエピソード以上にすごいと思うのが、吉村順三少年の画力である。「緑尋常小学校」「12歳」とあるので、小学校6年生なのだろう。それが、「作品」として完璧な仕上がりだ。そしてそのすごさは、私(宮沢)がイメージしていた「感覚的な吉村順三」とは違う方向性のすごさなのだ。私も一応、「画文家」を名乗る人間なので、この絵を描く大変さが分かる。

 吉村は1908年に、東京・本所の呉服商の家で生まれた。もちろん、小さい頃から、着物の模様に囲まれていたので、こういう具象パターンには慣れがあっただろう。しかし、吉村の鈴虫の絵は、慣れやセンスだけで描けるものではない。定規とコンパスを使って、計算ずくで描いている。これがセンスだけで描けたら、神だ。

(出典:ローマ東京間飛行の記念帖、所有:イタリア空軍)

 この絵の構図がどう決定されていったかを、補助線で説明しよう。(絵を下に引くと分かりやすいのだが、著作権上どうかと思うので、線のみでご容赦を)

ベースは円。この直径と同じ幅の2本のジグザグ線を平行に描く。折れ曲がり角度は90度。これを画面の中心に来るように描くのは、けっこう頭を使う
一方のジグザグ線を中心とする円を等間隔に増やしていく
2つの円が並ぶように、もう一方のジグザグ線にも円を増やす

 ここでいったん、最終形を見てみよう。

(出典:ローマ東京間飛行の記念帖、所有:イタリア空軍)

 続いて鈴虫を描く。

鈴虫は2種類の繰り返しであることに注目。真上から見たもの(左)と斜め後ろから見たもの(右)
2種類の鈴虫をそれぞれジグザグに増やしていく
虫かごの縦線を描く。この縦線はおそらく、歌川広重の「大はしあたけの夕立」(名所江戸百景)に影響を受けていると思われる

 下絵はこれで完成だ。これをミスなく着彩する器用さ・集中力も相当なものだ。私がこれを描いたら、絶対どこかで修正液を使いたくなる。

 では、最後にもう一度、完成形を。苦労が分かると、余計に素晴らしい。

(出典:ローマ東京間飛行の記念帖、所有:イタリア空軍)

「語らない」=「感覚的」ではない

 私事になるが、「季刊ディテール」(彰国社刊)の春季号(228号、3月17日発行予定)の特集記事を担当しており、今、それの追い込みだ。仮題は「ディテール名手のメソッド─イラスト解説」。

「季刊ディテール」の次号予告

 私が建築家14人のディテールの癖をイラストで分析・解説する特集である。当初、この14人の候補に吉村順三も考えていたのだが、理屈がつけづらくて外してしまった。吉村は自身のデザインを語ることがなかったという話をよく聞くので、「吉村のデザインは感覚的」という思い込みがあったのだ。だが、この絵を見て見方が変わった。「語らない」のと「感覚的」なのは違う。

構図解説の「鈴虫」だけを取り出してみた。なんとなく吉村順三の建築っぽい。これだけ見ると感覚的に見えるが、緻密なロジックでできているわけだ

 特集が好評で第二弾をやるときには、吉村ディテールの分析にもトライしてみたい。(宮沢洋)