分離派に注目02:建築家・大西麻貴さん──堀口捨己の「紫烟荘」は学生時代からずっと好き!

Pocket

【取材協力:朝日新聞社】

京都国立近代美術館で2021年3月7日まで開催中の「分離派建築会100年 建築は芸術か?」展に合わせて、本展をどう見るか、分離派建築会をどう捉えるか、などを3人の方に話してもらった。トップバッターは建築家の大西麻貴さんだ。


大西麻貴(おおにし・まき):1983年愛知県生まれ。2006年京都大学工学部建築学科卒業。2008年東京大学大学院修士課程修了後、大西麻貴+百田有希 / o+hを共同主宰。2011年東京大学大学院博士課程単位取得退学。2017年〜横浜国立大学大学院Y-GSA客員准教授(人物写真:加藤千佳)

分離派建築会とのつながりを思う、京都での学生時代

──大西さんが卒業された京都大学には、分離派建築会のメンバーだった森田慶一が設計した大学施設「楽友会館」「農学部正門」「基礎物理学究所湯川記念館」が現存します。

 「楽友会館」は赤い屋根が愛らしく、京都のなかでも好きな建築の一つです。ただ、2002年に大学に入ったときは老朽化が問題になっていたのではないかと思います。故・前田忠直先生と、1回生に図学を教えておられた佐野春仁先生(現・京都建築専門学校校長)が、大学近くの喫茶店で、建物を残すべきだ、どうすれば残せるか、とお話しされているのを聞き、「楽友会館」の存在を知りました。

森田慶一 京都大学楽友会館 1925(大正14)年 2010年に改修工事を終えて再生(撮影:2020年、若林勇人)

 「楽友会館」といえば、哲学者の西田幾多郎の随筆に、京都大学を退職する際のパーティーの描写があり、そのパーティーは「楽友会館」で開かれていたと思います。先生方が節目の大事なときに使われていた場所であり、サロンのような社交の場でもあったことがわかります。

京都帝国大学楽友会館 撮影年不詳 写真(複写) 森田慶一旧蔵(京都大学田路研究室)

 「分離派」と聞くと、まずはウィーン分離派(セセッション)を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。京都とウィーンはまちとして似ているところがあるように思います。どちらも端正できれいなまちだけれど、その奥に得体の知れないものが眠っている雰囲気が共通しています。

 大学時代に恩師の竹山聖先生が「建築材料」という講義で、オーブリー・ビアズリーの「サロメ」の絵を見せながら、セセッションに通底していた感覚はファム・ファタール(※)だ、とお話しになったことをよく覚えています。ある種の官能性と一体になった、ファム・ファタール的な感覚が当時のウィーンのデザインの潮流にあったという内容で、私は当時、これがなぜ「建築材料」の授業なのかしらと思いながら楽しく聞いていました。

※ファム・ファタールは「男性の運命を変える女性」という意味から「男性を破滅させる魔性の女性」を指す場合に用いられることが多い。オスカー・ワイルド作の戯曲「サロメ」はファム・ファタールの代表的なモチーフ。

 分離派建築会展の展示にもありますが、セセッションに日本で最初に触れたのは伊東忠太と武田五一だそうですね。武田は京都大学建築学科の創始者で、武田の招聘により分離派建築会の森田慶一は京大助教授に着任したという流れがあります。建築を考えるとき、得体の知れないものを受け入れる懐の深さや、美しいことや官能的であることが大切にされる雰囲気が、私が学生時代に触れた京大建築学科にあったことを思うと、それはもしかしたら分離派建築会からつながっているものなのかもしれない、と感じました。

 一方で、展覧会で意外に感じたところもありました。分離派建築会の「我々は起(た)つ」から始まる宣言文には、血気盛んな若者たちの真っ直ぐさがそのまま表れていて、分離派建築会の建築に感じられるロマンチシズムとはまた別種のものに感じられました。

 あの宣言文には、芸術としての建築を志向した分離派建築会のメンバーの思いとともに、ある時代の流れの中に彼らがいたことも表れています。建築というものは今も昔も、時代の流れの中に存在するのだと、改めて感じました。

「紫烟荘」の茅葺き屋根に惹かれる

──森田の京都大学の施設以外にご覧になったことのある分離派建築会メンバーの建物はありますか?

 堀口捨己の「陶芸研究所」(愛知県常滑市)は見学に行きましたし、同じく堀口が設計を手がけた明治大学の校舎も訪れました。また、堀口の「紫烟荘(しえんそう)」は学生時代から好きです。

堀口捨己が設計した「紫烟荘」は1926(大正15)年、埼玉県内に竣工。2年後に焼失した(写真:堀口捨己『紫烟荘図集』(洪水社)所収 1927年 東京都市大学図書館(蔵田文庫)所蔵)

 「紫烟荘」は現存しないので写真を見るのみですが、内部の空間はどこか数寄屋的というか、幾何学形態と細い線の組み合わせによってできた、濃密で繊細な意匠だと思います。一方で、茅葺きの屋根がそれをダイナミックなものに変えて、大らかさと繊細さが同居し、それによって、ひょうきんさや愛らしさみたいなものが生まれている。その佇まいはどこか民家に通じるところがありますよね。

「紫烟荘」の居間と、庭から居間を見た様子(写真:堀口捨己『紫烟荘図集』(洪水社)所収 1927年 東京都市大学図書館(蔵田文庫)所蔵)

 京都の法然院というお寺の山門が茅葺き屋根で、とても可愛くてきれいなんです。「紫烟荘」の茅葺きには法然院の山門のように、民家の茅葺きとは異なる端正さを感じるのですが、それでもやはり茅葺きの持つ大らかさが、数寄屋建築が持つ息詰まる感じを超えた存在にしていると思います。あの茅葺き屋根にはとても惹かれます。

法然院の山門(写真:本橋仁)

 以前、京都の北山杉で有名な中川という集落でお会いしたおばあちゃんが、その家にお嫁にきてから茅葺きを葺き替えたときのことを話してくださったのです。葺いたばかりの屋根は本当にきれいで、朝日を浴びて茅が金色に輝くのを毎日眺めては惚れ惚れとした、と。それを聞いて、動物の毛並みのようにふかふかの美しい屋根が目に浮かびました。「紫烟荘」は茅葺き屋根が、帽子を目深に被るように下のほうまで覆っています。今残るモノクロ写真から、葺いたばかりのときはどんな様子だったのだろうと想像が膨らみます。
(後編「分離派の建築が『生命的』であることを今考える」に続く)
(聞き手・構成:長井美暁)

〈展覧会情報〉
分離派建築会100年 建築は芸術か?
会場:京都国立近代美術館
会期:2021年1月6日(水)~3月7日(日)
※会期中に一部展示替えがあります。前期:1月6日~2月7日/後期:2月9日~3月7日
開館時間:9:30〜17:00(入館は閉館の30分前まで)
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、開館時間は変更となる場合があります。来館前に最新情報をご確認ください。
休館日:月曜日
観覧料:一般1,500円、大学生1,100円、高校生600円、中学生以下は無料
Webサイト:京都国立近代美術館