電車から見る建築②山手線:渋谷-新宿 にぎわいの裏に設備あり

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写真:大塚光太郎、以下も

 電車から見える景色は、はかない。だからこそ、建物の間で見え隠れする東京タワーに心踊らせ、悠然と現れる富士山に圧倒された。そんな筆者の少年時代の体験をきっかけに始まった本連載「電車から見る建築」。前回は山手線品川駅を出発し、時計周りに渋谷まで進んだ。今回は渋谷から新宿の区間に乗車し、その街を象徴していると感じた建築を紹介していく。

 また、この区間は山手線の中でも随一の繁華街であることから、活性化するであろう夜間にも乗車することにする。さて、どんな建築に出会うことができるだろうか。

スクランブル交差点(1973年)、SHIBUYA109(1978年、竹山実)

 渋谷の栄華の象徴といえばこの光景だろうか。渋谷駅のJR線と井の頭線の連絡通路からスクランブル交差点を撮影する観光客は多いが、個人的には109も画角に収まる電車からの景色を推したい。両者が完成した1970年代は、新宿に高層ビルが集密し始める時期や、銀座で大規模な歩行者天国が始まる時期に重なる。日本における中核エリアのアイデンティティ確立が、この時代の重要課題だったのだろう。

 109単体ではなく景色全体を見ると、所狭しと埋め尽くされた広告が目立つ。では、建築の外皮で広告の無い部分はどうなっているかというと、ほとんどがガラス、つまり光を建築内に取り込むために使われている。広告か採光か、二者択一を迫られる渋谷建築のなかで、余白を十分に残しながら建つ109はさすがの貫禄である。 

MIYASHITA PARK(2020年、竹中工務店・日建設計)

 109を通過し、すぐ右側を向くと「MIYASHITA PARK」(旧宮下公園)が見えてくる。屋上の空中立体公園や、鉄のツインアーチ構造など、有名な見所はぜひ現地で体感してもらうとして、ここでは車窓だからこそ気付けた建築の見方を紹介しよう。明治通りと山手線に挟まれた商業施設なので、当然明治通りに向かって入り口や店のロゴが配置される。建築としての顔が道路側に向けられるとしたら、その後頭部には何が配置されるのか?

 その一つが空調機器や貯水槽、非常階段といった設備だろう。MIYASHITA PARKでも室外機が線路側に並ぶが、アーチと目隠し格子を組み合わせることで、デザインとの調和が図られていた。夜になると、LED照明により裏表が反転することで室外機の“メカ感”が強調された雰囲気になる。前回の記事では線路に対して顔を向け、乗客への宣伝効果の高い建築を多く紹介した。しかし、繁華街では電車より道路や交差点に向かうことが多いので、電車から見る際には建築の後頭部に潜む「設備」に注目するのもアリかもしれない。

渋谷TOEI(旧渋谷東映プラザ、1993年、設計者不詳)

 隠れた設備、という視点で見るとMIYASHITA PARKの近くに建つ「渋谷TOEI」も目に入ってくる。映画館という用途上、通常の倍の量が必要とされる非常階段が美しい。西武大津ショッピングセンター(1976年、菊竹清訓)の階段ほどの主張はないが、もし格子で囲われていなかったら、階段建築としてそこそこの注目を集めていたのではないだろうか。

西武大津ショッピングセンター(1976年、菊竹清訓)

国立代々木競技場(1964年、丹下健三)、新宿パークタワー(1994年、丹下健三)

一番右側、ピントがあってるのが新宿パークタワー

 この区間で外せない建築といえば代々木競技場だろうと考え、意気揚々とカメラを掲げていたが、原宿駅に着く直前にかろうじて支柱の頭が見える程度で、全貌を捉えることはできなかった。これでは記事にならないぞ、と落ち込みかけていた矢先に再び丹下建築が見えた。原宿から少し進んだ先、左手奥の方に現れるのが「新宿パークタワー」である。東京都庁舎とセットで並ぶ姿を見たことがある方も多いだろう。段々状に連なるシルエットを見るには良い角度の景色なので、是非探してみてほしい。

日綜代々木ビル(1989年、設計者不詳)

 原宿から代々木に至るまでの景色の中には、ツタの巻き付いた建築が点々と目につくようになる。おそらく、隣に鎮座する明治神宮の影響を大きく受けているのだろうが、中には最近建てられたであろうものも多い。「直接関係のない建築でさえも飲み込んでしまう明治神宮の文化と歴史、恐るべし…」と考えていた矢先に、巻きつくツタの量が抜きん出た建築を発見した。窓も見当たらず、看板もない。それどころかツタによって建築表面の凹凸さえ分からない。「採光か、広告か」という冒頭で考えていた繁華街的な建築像を真っ向から否定する存在である。代々木駅で下車し、詳しく見てみることにした。

 大通りを歩きながら探すが、なかなか見つからない。辺りを何周もして、ようやく見つけたのが「日綜代々木ビル(にっそうよよぎビル)」だ。大通りから見た姿は、街に溶け込んだ普通のオフィスビルだが、裏に回ると全面がツタに覆われた緑壁が現れる。まるで、優等生で大人しい友達の見てはならないウラの顔を知ってしまったような、ワクワク感を覚えた。近寄ってみると、ツタに飲み込まれた上水道や窓にようやく気付く。明治神宮の近くだと物理的にツタが繁殖しやすいのか、文化的な影響を受けて意図的に繁殖させているのか、気になるところだ。

NTTドコモ代々木ビル(2000年、NTTファシリティーズ)

 代々木駅周辺に差し掛かると、「NTTドコモ代々木ビル」が現れる。キャッチーなシルエットと立地から、すでに知っている方も多いと思われるので建築的情報は割愛するとして、気づいたことを一つ紹介する。電車からだと、あまりよく見えない。ドコモビルは周囲に高層ビルが無いので、都内の至る所から見えるのが特徴だと思っていたのだが、盲点だった。まさに灯台下暗し。

新宿駅南口人工地盤(2015年、東日本旅客鉄道、ジェイアール東日本建築設計事務所、ジェイアール東日本コンサルタンツ)

 ドコモビルを通過し、そろそろ新宿駅のホームに差し掛かるかというタイミングで、車窓に目を向けてみて欲しい。そこには、柱が等間隔に立ち並ぶ人工地盤の光景が広がっているはずだ。上に載る高速バスのターミナルや商業施設の荷重を支えるという、シンプルな役割を淡々にこなす素朴さと、16本の線路に跨がる奥行きの深さが相まって美しい。その姿は、コルビュジエが提案した合理的都市計画「ヴォアザン計画」(1925年)の形態にも重なる。究極のモダニズムを新宿駅で体験してみてはいかがだろうか。

小田急百貨店新宿・送風用ダクト(1984年以降、設計者不詳)

 最後に、本記事のテーマ「にぎわいの裏に設備あり」を考えるきっかけになった小田急百貨店の送風用ダクトをおまけがてらに紹介する。7つのダクトが仲良く並んでいるだけで可愛いが、よく見ると一つひとつ向きが微妙に異なるので、まるで子供が口をあけて合唱しているかのようだ。

地下に小田急線のホームがあるため、設備機器を地下に配置することが出来ず、押し出される形でダクトが人目につく位置にきたのだろう。小田急百貨店といえば、新宿駅西口広場(1966年)と併せて坂倉準三が設計したことでも知られる。ただ、1984年の航空写真にダクトは映っていないので坂倉のデザインという訳ではなさそうだ。小田急百貨店ビルの建て替え工事が始まる今年10月まで、”最後の合唱”を見ることができる。

1894年と2009年の比較(国土地理院航空図をもとに筆者が作成)

なぜ、設備に注目するのか?

 建築における設備は、意図的にデザインされていることは少ない。そもそも、配管を成立させることが設計者にとって最重要であるからだ。さらに、「大通りに正面を向けたい」「地下に電車を通したい」といった要望が、設備配置の難易度をさらに上げる。多くの制約のしわ寄せを受ける設備だからこそ、その対処法は設計者によって異なり、無意識的に建築としての特徴が生みだされる。本記事を通して、普段見過ごしていた建築を愛でてみるきっかけになれば幸いである。(大塚光太郎)