考えずに委ねるが吉? 原広司展@国立近現代建築資料館の楽しみ方

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 国立近現代建築資料館の春日通りを挟んだ向かい側には湯島天神がある。本当はおみくじでも引いて帰ろうかと思っていたのだが、開催中の「原広司展」を見たら「考えずに委ねるが吉」というフレーズが頭に降りてきて、お参りした気分になって家路に着いた。

会場入り口(写真:宮沢洋)

 2022年の年の瀬にはこのサイトで伝えるべき展覧会が複数始まっていたのだが、あまりに原稿書きで忙しく、内覧会などに行く時間がなかった。なので、1月は、遅ればせながらの展覧会リポートをいくつかお届けする。第一弾は、12月13日に国立近現代建築資料館で始まった「原広司 建築に何が可能か-有孔体と浮遊の思想の55年-」だ。会期は3月5日まで。

 展覧会リポートではあるが、会場写真とは関係なく文章を進めさせていただく。

展示風景。手前は京都駅ビルのスケッチ

 実は日経アーキテクチュアに配属された最初のころ(1990年代前半)、原広司氏が苦手だった。原氏の建築はほとんど見たことがなくて、書いた文章が嫌いだったのである。文系出身なので国語力にはけっこう自信があったのだが、読んでも意味が分からない。当時は磯崎新氏と原広司氏の言説が建築界に圧倒的な影響力を持っていたとされる時代。磯崎氏の文章は分からないことはなかったが、原氏の文章は本当に分からなかった。

 今回の展覧会も、会場に入る前のスペースにこんな原氏の文章が掲げられている。30年たっても分からん…。

 しかし、「建築巡礼」の連載を2005年に始めて本当に良かったと思うのは、建築的思考の本質部分は相方の磯達雄の読解力に任せて、私は「どう見えるか」を深める方に徹することができたことだ。だから、今でも「有孔体理論」は分からないままだが、原氏の建築自体はすごく楽しめるようになった。「建築巡礼」で最初に取り上げた「ヤマトインターナショナル」も好きだし、日本建築学会賞をとった軽井沢の「田崎美術館」も大好きだし、日経アーキテクチュア最新号(2023年1月12日号)で取り上げた京都駅ビルも傑作だと思う(記事はこちら)。

 原氏本人にお会いして話を聞いたのは、意外に最近で、5年ほど前のことだ。「会ってみると意外に分かりやすい」というタイプの人もいるが、原氏は普通の話の中にも数式が登場し、「ああ、この人は本当に天才なんだ」と思った。

 今回の展覧会は、活動55年を概観するものなので、インタビュー動画の中の話も、思いのほか分かりやすい。少なくとも、個別の取材のときの難しさを知っている私にとっては分かりやすく感じた。

 インタビュー動画の中で個人的に印象的だったフレーズが2つある。1つは、これ。

 「建築というものは、基本、形而上学的なものなんです」。

 そう、そうなのだ。本当はめちゃくちゃ複雑な関係性や思考の上に成り立っている建築というものを、多くの建築家は、枝葉を削いで分かりやすく説明してくれているのである(たぶん原氏の教え子である隈研吾氏はその代表)。しかし、原氏はその複雑な体系の上の真理をできるだけ正確に丁寧に説明してくれようとする。

 もう1つ、心に残った言葉がこれ。

 「建築は希望です」。

 あ、それもまさにその通り。原氏の建築は、どれもポジティブだ。磯崎新氏のように、最初から廃墟をイメージさせたりはしない。明るい未来を指し示している。

 希望の実現のためには、複雑なものを複雑なものとして理解し、その関係性を考えながら克服策を考えていかなければならない。世界は終わる、と言うのは簡単だが、世界は良くなるとロジカルに説明するのは簡単ではない。

 原氏の建築がすごいなと思うのは、そういう複雑な思考から生み出される形が「かわいい」ということである。これも明らかに磯崎氏とは違う。いや、こんなかわいいディテールはほかの誰にも似ていない。

田崎美術館のディテール

 会場内の円形の展示棚には、原氏のスケッチが並んでいる。私は原氏のスケッチのうまさを知っているが、知らない若い人が見たらびっくりするのではないか。まるで宮崎駿か新海誠のようなうまさ。難しいことを考えずに、美術展として見ても楽しい。
  


 おそらく30年前に私が原氏の展覧会を見たら、「分からん」で片づけていたと思う。しかし、30年間建築を見続けると、原氏がやろうとしてきたことが分からないなりに共感できるようになった。

 「考えずに委ねるが吉」。私をそんな気持ちにさせた原広司展、あなたはどう楽しむだろうか。(宮沢洋)

■展覧会概要
令和4年度展覧会 原広司 建築に何が可能か-有孔体と浮遊の思想の55年-
主催:文化庁
協力:アトリエ・ファイ建築研究所、公益財団法人東京都公園協会
会場:文化庁国立近現代建築資料館(東京都文京区湯島4-6-15 湯島地方合同庁舎内)
会期:2022年12月13日(火)~2023年3月5日(日)
*毎週月曜休館
時間:10:00‐16:30