トーマス・へザウィック展、「愛される建築」を力強く語る愛すべき建築家の魅力と伝え方

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 「なんていいやつなんだ。友達になりたい」。わずか10分ほどの会見でそう思わせてしまう外国人建築家は珍しい。トーマス・へザウィック、1970年生まれ、今年53歳。「いいやつ」と書いたのは、自分(宮沢)よりも年下だからだ。世界に名をはせる建築家なのに、高所からものを語る感じが全くない。服装も工房の職人みたいだ。そうか、こういう人だから、若くして多くのクライアントの心をつかみ、これほどの実績を残しているのか…。

やった! カメラ目線。服装からして好感が持てるトーマス・へザウィック氏。後ろに見えるのは出世作の1つ、「パーテルノステル通気口」(2002年、ロンドン)の模型(写真:宮沢洋)

 「へザウィック・スタジオ展:共感する建築」が3月17日から六本木ヒルズ森タワー52階の森美術館・東京シティビューで始まる。会期は6月4日(日)まで。3月16日に内覧会とへザウィック氏の会見が行われた。

本展の企画者である片岡真実・森美術館館長の話を聞く報道陣

 内覧会にはこんなに大勢↑のメディアが来ていたので、たくさんの記事が載ると思う。なので、このサイトの勝負は“早さ”と“主観”だ。

ニューヨークで見た“巨大ドリアン”に衝撃

 筆者がトーマス・へザウィック氏のすごさを認識したのは、2020年2月だった。脱サラしてニューヨークに遊びに行っていたとき、ホイットニー美術館(設計:レンゾ・ピアノ)からハイライン(鉄道高架を遊歩道に転用したもの)を歩ききった先に、これ↓があった。なんじゃ、こりゃ!!

これは美術館の広報写真ではなく、宮沢が撮ったもの。2020年2月撮影。「ヴェッセル」(2019年、ニューヨーク)

 巨大ドリアン? 説明書きを見ると、「ただ上って降りるだけの建築」だという。筆者は次の目的地に行かなければならなかったので上らなかったのだが(かなりの行列だった)、今となってはすごく後悔している。だが、実物のインパクトは力強く語れる。今までに見たどの建築にも似ていない!

ここから再び森美術館の展示風景

 その日、ホテルに帰って、あれは何だったのか調べた。トーマス・へザウィック? そうか、あの上海万博のハリネズミみたいなパビリオン↓を設計した人か!

「上海万博英国館」(2010年)の模型
6万本のアクリル棒が室内に光を取り込む

 アメリカから帰国してしばらくすると、ニューヨークの海上に建設中だった変な土木構築物が完成。これもへザウィックの設計だと分かった。

「リトル・アイランド」(2021年、ニューヨーク)

形の遊びではなく「建築の本質」を問う造形

 いずれも、何にも似ていない。それって相当すごいことである。

 経歴を調べると、「マンチェスター工科大学、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで3Dデザインを学ぶ。卒業後、1994年にヘザウィックスタジオを設立」とある。

 そうか、純建築というよりは工業デザイン畑の出身なのか。でも、単に形が変わっている、あるいは奇をてらっているというようには見えない。例えば、フィリップ・スタルクの建築を見るよりも、建築の本質を問うている感じがする(あくまで筆者の主観)。

デザイナーとしての仕事も多い。これはロンドン五輪に合わせてデザインされたロンドンバスの実物大模型

 そして、今日の会見で、理由が分かった。建築愛がハンパないのだ。私がメモった熱い言葉を紹介して、リポートの代わりとする(太字部)。メモなので、多少のニュアンスの違いはご容赦を。

手前がヘザウィック氏、奥が片岡真実・森美術館館長

 日本に初めて来たのは23年前。真言宗のある寺を設計した(未完成)。そのとき、人生が一変した。日本の素晴らしい文化。人の手でつくられた建築。他の国ではあり得ない精度。私自身がセラピーを受けたようだった。

 建築の展覧会の多くは、複雑で分かりにくものをより複雑に展示している。子どもでも何かを感じられるようなものを目指した。

本展は会場構成もヘザウィック・スタジオによる。日本の「のれん」をイメージしたとのこと

 私たちはアーティストではない。大切なのは、公共における感情や感覚を共有できること。できる限り、人が思い入れをも持てる建物をつくりたい。

 人の心を持たない多くのビルが建てられた。建築は魂を失った。私たちは魂を失わないようにしてきた。子どもの直感を大事にする。 

ツァイツ・アフリカ現代美術館(2017年、ケープタウン)

 建築において装飾は犯罪のように言われてきたが、冷徹なビルをつくるのはもう辞めよう。人に愛されない建築はすぐに取り壊されていく。

 サステナビリティは重要だが、私たちは単に技術としてのサステナビリティよりも、感性としてのサステナビリティがより大切だと考えている。(ここまでヘザウイック氏の会見でのコメント)

 どうだろう。「建築の展覧会の多くは、複雑で分かりにくものをより複雑に展示している」と言うだけあって、ほとんどの展示は説明を見なくても、どんなアイデアで設計したのかが分かる。たぶん、建築に詳しくない人が見てもそれなりに楽しめると思う。

 本展は2020年に予定されていたが、コロナ禍で約3年延期となった。企画者である片岡真実館長によれば、「延期されたことで、模型などの輸送費が3倍になった」とのことだが、麻布台ヒルズも形が見えてきて、この3年遅れは見る側にとってはむしろ良かったと思う。タイトルどおり「共感」がしやすい。
 

片岡真実・森美術館館長の指差す先には建設が進む麻布台ヒルズ
ヘザウィック氏が低層部の設計に参加
今日(2023年3月16日)の麻布台ヒルズの現場はこんな感じ

 以下、公式リリースの文面を参考まで。(宮沢洋)

ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築

森美術館は、2023年3月17日( 金)から6月4日( 日)まで、東京シティビュー( 屋内展望台)において、「へザウィック・スタジオ展:共感する建築」を開催します。1994年にロンドンで設立されたヘザウィック・スタジオは、ニューヨーク、シンガポール、上海、香港など世界各地で革新的なプロジェクトを手掛ける、現在、世界が最も注目するデザイン集団のひとつです。創設者トーマス・へザウィック(1970年、英国生まれ)は、子どもの頃、職人が作った小さなものに宿る魂に心を躍らせていたといいます。建築という大きな建物や空間にも、その魂を込めることはできるのか。この問いがヘザウィック・スタジオのデザインの原点となりました。

全てのデザインは、自然界のエネルギーや建築物の記憶を取り込みつつ、都市計画のような大規模プロジェクトもヒューマン・スケールが基準となるという信念に基づいています。その根底には、プロダクトや建築物というハードのデザインよりも、人々が集い、対話し、楽しむという空間づくりへの思いがあるのかもしれません。モノやその土地の歴史を学び、多様な素材を研究し、伝統的なものづくりの技術に敬意を払いながら、最新のエンジニアリングを駆使して生み出される空間は、誰も思いつかなかった斬新なアイデアで溢れています。新型コロナウイルスのパンデミックを経て、わたしたちが都市や自然環境との関係性を見直すなかで、ヘザウィック・スタジオのデザインは、来る時代に適う、これまで以上に豊かな示唆を与えてくれることでしょう。

本展は、ヘザウィック・スタジオの主要プロジェクト28件を天空の大空間で紹介する日本で最初の展覧会です。
試行錯誤を重ね、新しいアイデアを実現する彼らの仕事を「ひとつになる」、「みんなとつながる」、「彫刻的空間を体感する」、「都市空間で自然を感じる」、「記憶を未来へつなげる」、「遊ぶ、使う」の6つの視点で構成し、人間の心を動かす優しさ、美しさ、知的な興奮、そして共感をもたらす建築とは何かを探ります。

会期:2023.3.17(金)~ 6.4(日)会期中無休
開館時間:10:00~22:00(最終入館 21:00)
会場:東京シティビュー(六本木ヒルズ森タワー52階)
料金:
[平日]
一般 2,000円(1,800円)
学生(高校・大学生)1,400円(1,300円)
子供(4歳~中学生)800円(700円)
シニア(65歳以上)1,700円(1,500円)

[土・日・休日]
一般 2,200円(2,000円)
学生(高校・大学生)1,500円(1,400円)
子供(4歳~中学生)900円(800円)
シニア(65歳以上)1,900円(1,700円)

主催 森美術館
協賛 株式会社大林組
清水建設株式会社
三井住友建設株式会社
アラップ
株式会社日本設計
株式会社日建設計
株式会社山下設計
浅海電気株式会社
フジテック株式会社
株式会社関電工
株式会社きんでん
株式会社九電工
斎久工業株式会社
三建設備工業株式会社
三機工業株式会社
高砂熱学工業株式会社
東芝エレベータ株式会社
株式会社雄電社
櫻井工業株式会社
制作協力 KEF
企画 片岡真実(森美術館館長)
公式サイト:https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/heatherwick/