リレー連載「海外4都・建築見どころ案内」:米ニューヨーク×日江井恵介氏その2、映画ナイトミュージアムの舞台「アメリカ自然史博物館」にスタジオ・ギャング設計の波打つ新館

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米国ニューヨークの2回目に、現地の日江井恵介氏がピックアップしたのはミュージアムの話題作だ。映画の舞台としてもよく知られる「アメリカ自然史博物館」の新館で、シカゴのスタジオ・ギャングが設計した。2014年の計画発表から9年、今年の5月にオープンした。(ここまでBUNGA NET編集部)

アメリカ自然史博物館の既存10棟をつなぐRichard Gilder Center(リチャード・ギルダー・センター)

 マンハッタンにはメトロポリタン美術館やニューヨーク近代美術館(MoMA)、グッゲンハイム美術館など多くのミュージアムがあり、毎日多くの人が訪れている。アメリカ自然史博物館も人気施設の1つで子どもから大人まで楽しめるミュージアムだ。映画ナイトミュージアムの舞台として有名であり、実際行ったことがなくても恐竜やクジラの展示は画面越しに見たことがある人は多いのではないか。

 ニューヨークの2回目に選んだのは、マンハッタンのアッパーウェストサイドにあるアメリカ自然史博物館の新館であるリチャード・ギルダー・センターだ。

リチャード・ギルダー・センターの館内に入るとすぐ大階段が来場者を迎えてくれる(写真:以下も日江井恵介)

 1869年に開館したアメリカ自然史博物館は長い歴史の中で少しずつ規模が拡大し、その最新の建物として世界クラスの研究施設や科学コレクション、学習施設を有するリチャード・ギルダー・センターが2023年5月にオープンした。もともと150周年記念となる2019年にオープン予定だったが、新型コロナウイルス禍の影響などもあり、2014年の計画発表から9年越しで今年やっと完成した。

 設計はシカゴに拠点を置くスタジオ・ギャング。マンハッタンにもいくつか作品があるが、彼らの形状や生態学、そしてマテリアルの研究などを通してつくり出される建築はとても独特で特徴のある建物ばかりだ。今回4億6500万ドルを投じて建設されたこの新館は、10棟の既存建築を新たなサーキュレーションでつなぐことで回遊性が改善され、以前より博物館全体が見やすくなった。

 以前は本当に迷路のようで、同じ所をグルグル回る感じだったが、新館ができたことにより、ミュージアム全体がループのようにつながった。また新館の顔として西側に位置するコロンブスアベニューとセオドア・ルーズヴェルト公園内に新しいエントランスを設けた。建物自体は両側に立つ既存の博物館と同じ高さで建てられており、また外装は流れるようなカーブを描くことで公園内の風景にも自然に溶け込んでいる。

西側に新たにエントランス、入り口は計4カ所に

 今回新館ができたことでミュージアムのエントランスは4カ所になった。増築を重ねてきた歴史もあり、年代に合わせた違う顔のエントランスがあることも、アメリカ自然史博物館の面白い所の1つだ。セントラルパークに面した東側のメインエントランスは地下鉄と直結していることもあり、いつも大勢の人でにぎわっている。北側のエントランスは、プラネタリウムが入るローズ・センターにある。同センターは2000年にポルシェックによって設計された。こちらはエントランスの前に公園があり、緑に囲まれている。南側は1869年当時のオリジナルエントランスで、現在はスタッフ用の通用口となっているが、当時の趣が感じられる。そして今回新たにリチャード・ギルダー・センターのエントランスが西側にできた。

リチャード・ギルダー・センターの新しいエントランス。天窓から光が差し込み、地面にいろいろな表情を与えている
ポルシェックのデザインによる北側エントランス。ガラスボックスの中に見えるプラネタリウムが特徴的だ
こちらは南側1869年当初のエントラス。歴史を感じるどっしりとした石造りの建物だ

 エントランスの大きなガラスファサードは、鳥の衝突を防ぐためにフリットガラスが使われている。実際マンハッタンでは鳥がビルのガラスに衝突して死亡することが多くあり、特に大きなガラスファサードでは鳥に対する配慮もデザインの大切な要素となっている。そのガラスエントラスの両側に位置する波打つような石のファサードは、セントラルパーク側の入り口で使用されているのと同じミルフォードピンク花こう岩が使用されており、博物館の長い歴史を新館のデザインにも取り込んでいる。また石のファサードの特徴である斜めのパターンは、地質の現象と、博物館の南に位置する最初の建物である石積みのテクスチャーをモチーフにしたデザインだ。

ミルフォードピンク花こう岩の外装。エントラス周辺のランドスケープもうまくデザインされておりベンチなどが多く設置してある
旧館の建物と同じ高さになるように新館はデザインされている
外装にはフリットガラスが使用されている

 「ギルダーセンターは、探究と発見を招くように設計されており、これは科学の象徴であるだけでなく人間の本質であり、大きな要素でもある。年齢や背景、能力を問わず人々が自然界について学ぶことの楽しさを共有することを目指している」と、スタジオ・ギャングの創設者でパートナーのジャンヌ・ギャングは述べている。

 彼女が言う通り、まず館内に入ると5層吹き抜けのアトリウムがあり、天井にあるスカイライトから注ぐ自然光に照らされた大空間が来場者を迎えてくれる。このアトリウムからは各階の展示物が見えるようになっており、何かワクワクした気持ちにさせてくれる。またこのアトリウムの質感、色、流れるような形態はグランドキャニオンに代表されるアメリカ南西部の渓谷から着想を得ており、自然の雄大さを感じられるような空間になっている。

天井にあるスカイライトからアトリウムに柔らかい光が差し込む
時間帯によって違った表情を見せる

 室内の壁に使われている独特のテクスチャーは、1900年代初頭に博物館の自然学者で剥製アーティストのカール・アクリーによって発明された「ショットクリート」と呼ばれる技法でつくられている。これは従来のような型枠を使用せずに、鉄筋に直接コンクリートを吹き付ける技法であり、自然な仕上がりになる。なかなか手間のかかる作業だが、この有機的なデザインを表現するには欠かせない工法だったのではないかと思う。

近くで見るとかなり粗い仕上げだ

 アトリウムの中心には大階段が設置されており、階段の半分は来場者が座ることのできるシーティングステップとなっている。多くの人がここで休憩したり、おしゃべりしながらくつろいでいる。

階段に座るとこんな風景になる

最大1000匹ほどの蝶を観察できる2階の展示

 1階には昆虫に特化した同館初の専門ギャラリー「スーザン・アンド・ペーター・J・ソロモン・ファミリー昆虫館(Susan and Peter J. Solomon Family Insectarium)」があり、 ミツバチの特大モデルや、ハキリアリなども展示されおり、来場者を虫の世界へといざなってくれる。このセクションには18種類の生きた昆虫、デジタル展示、模型、ピン留めの標本などがあり、昆虫が様々な生態系で果たす重要な機能、その進化、そして昆虫が人間にどのように利益をもたらすかなどを詳しく知ることができる。正面エントランスの近くにはミツバチの巨大な模型が吊るされており、とても迫力がある。

巨大ハチの巣は子どもにも人気のようだ
こちらはハキリアリが飼育されているケース

 2階には、年間を通じて蝶を楽しむことができる「デイビス・ファミリー・バタフライ・ビバリウム(Davis Family Butterfly Vivarium)」があり最大1000匹ほどの蝶を観察できるようになっている。80種の蝶が自由に飛んでおり、貴重な体験ができる。訪問者は蝶の生活サイクルについて学んだり、デジタル顕微鏡で蝶をじっくり観察したりすることもできる。

蝶が飼育されている部屋。外からも中の様子が見えるようになっている

 4階の図書館には大きなリーディングルームがあり、西側に広がる外の景色を望むように設計されている。また研究者や会議のための専用スペースもあり、研究、教育、会議の中心施設として機能している。私が訪れた日は残念ながら中に入ることができなかったが、広々としており、気持ちの良さそうな図書館である。

天井は木が庇を広げたようなデザインだ

 今回新設されたリチャード・ギルダー・センターは、いろいろな表情を見せ建築的にも面白いが、展示内容もかなり充実している。繰り返しになるがアメリカ自然史博物館は年代を問わず楽しめる施設で、旧館も含めると展示エリアはかなり広く見どころが満載だ。ニューヨークに来た際にはぜひ時間をかけてゆっくり回ってほしいミュージアムの1つだ。(日江井恵介)

Richard Gilder Center(リチャード・ギルダー・センター)概要
所在地:415 Columbus Ave, New York, NY 10024
設計者:Studio Gang
完成時期:2023年
行き方:地下鉄B,C線、81st Museum of Natural History駅下車徒歩3分

日江井恵介(ひえいけいすけ)
NBBJ アソシエイト。カリフォルニア大学バークレー校卒業後、組織設計事務所KPF勤務を経て現在NBBJニューヨークオフィス勤務。プライベートでは、使わなくなった段ボールを再利用し、バッグや照明などを製作したり、1961年のキャンピングトレーラー、エアストリームの改装に取り組んだりしている。
https://instagram.com/keihiei
https://instagram.com/kihei.works

※本連載は月に1度、掲載の予定です。

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(写真:PAN-PROJECTS)