本日プレオープン、シードル・ゴールド屋根の「弘前れんが倉庫美術館」

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 「弘前れんが倉庫美術館」が本日6月1日、事前予約制でプレオープンする。当初は4月11日に開館予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大により開館を延期していた。

弘前れんが倉庫美術館。左の低い建物はカフェ・ショップ棟(写真:長井美暁、以下同じ)

 予約可能なのは、6月15日までは弘前市民のみ。17日以降は対象を青森県民に広げるが、県民以外はまだしばらく待たなくてはならない。ただ、この制限は現時点のもので、同館は「今後の状況を踏まえ、対象を拡大する場合がございます。決定次第、当館ウェブサイト等でご案内いたします」としている。

 開館を心待ちにしていた人も多いだろう。来るグランドオープンに向けた予習として、4月初旬に現地で撮った写真をもとに、同館の様子をざっと案内する。

田根剛氏が日本で初めて設計を手掛けた公共施設

 弘前れんが倉庫美術館は、明治・大正期に建てられたシードル(りんごの発泡酒)工場の煉瓦造の倉庫を再生・活用している。近代産業遺産として弘前の風景を形づくってきた建物で、市民には「吉野町煉瓦倉庫」または「吉井酒造煉瓦倉庫」と呼ばれ、親しまれてきた。

 改修設計を手掛けたのは、フランス・パリを拠点に活動する建築家の田根剛氏。「記憶の継承」と「風景の再生」をコンセプトに、既存の煉瓦壁を可能な限り残した。

 現地でまず惹き付けられるのが、「シードル・ゴールド」と名付けられた屋根だ。日本で初めて大々的にシードルを製造した工場だった歴史と、古い煉瓦倉庫が未来への希望に生まれ変わったことを同時に象徴している。菱葺きの屋根材はチタン製で、陽極酸化法によって加工された皮膜表面が、光の角度で発色する。

 光の加減で色が変わり、実に美しい。光があたると、下の写真のように輝く。

 施設全体は、L字型平面で2階建ての美術館棟と、1階建てのカフェ・ショップ棟からなる。美術館棟は展示室が5つ。ほかに、ライブラリー、貸しスタジオ、市民ギャラリーがある。地域の人々が集い、創造するコミュニティの場としても機能する「クリエイティブ・ハブ(文化創造の拠点)」を目指しているという。

 美術館棟のエントランスは、雪のかまくらのようなドーム形だ。新しい煉瓦をジグザグに積んでいる。既存煉瓦がイギリス積みであるのに対し、このエントランス部分の積み方は「『弘前積み』と呼ぶことにした」と田根氏が話していた。

 エントランスの傍で来館者を出迎えるのは、弘前出身のアーティスト・奈良美智氏の作品「A to Z Memorial Dog」だ。2006年に、改修前の煉瓦倉庫で奈良氏の展覧会が開かれ、地域の人々がボランティアで支援した。そのことに同氏が感謝して、市に寄贈したものを再展示している。

 受付は市民ギャラリーに面して、新設した階段の下にある。左手の白い壁は展示用。奥に見えるのは展示室だ。

 2階のライブラリーはアート関係の本を揃えている。内壁は、改修前は漆喰塗りだった。それを剥がしたら、建設当時の煉瓦がきれいな状態で現れたので、そのまま見せることにしたという。既存の煉瓦壁を内外とも無傷で保存するために、PC鋼棒を用いて耐震補強している。

 ライブラリーから展示室の方向を見る。左手の白い壁の中は事務室などが入る。このスペースにはもともと、事務室や研究室、培養室などの小部屋があった。その壁を、防火上の問題をクリアしたうえで再利用した。

 奥に進むと展示室だ。煉瓦壁の開口部を通り抜ける前に、屋根裏に注目してほしい。巨大な木の樽がひっそりと置いてある。

 田根氏が「見てほしい」と言っていた必見ポイントの1つだが、知らなければ見逃すだろう。工事の邪魔になるから撤去したいと言われたが、なんとか残してほしいと頼んだという。

 一番大きな展示室は、2階の床の一部を撤去し、天井高約15mのダイナミックな空間を実現。この展示室は、かつて防虫・防湿のためにコールタールを塗っていた壁を露出させている。木のパネルを撤去したら出てきたものだ。

 このときは一部の作品が展示準備中で、展示室内の全景を撮ることができなかった。グランドオープン後に、作品とともに自分の目で見てほしい。開館記念・春夏プログラム「Thank You Memory ―醸造から創造へ―」では、この場所のために制作されたサイト・スペシフィックな新作が並ぶ。

 再び外へ。カフェ・ショップ棟はシードル工房を備え、今後、ここでつくられたシードルを楽しめるようになる。美術館棟との間で一直線に延びる煉瓦の道は「ミュージアム・ロード」と名付けられている。

 新たにつくられたこの道は、吉野町緑地と美術館をつなぐ動線であり、アートと市民をつなぐパブリック・スペースでもある。敷き詰められた煉瓦の一部には、美術館のプレ会員や寄付した人々などの名前が刻まれており、集まったお金は今後の作品購入に充てられるという。

建築巡礼に寄り道はつきもの?

 美術館を見た後は周辺を少し歩いてみた。開館記念・春夏プログラムに出展しているタイ人アーティストのナウィン・ラワンチャイクン氏が、その作品に描いた「一戸時計店」がすぐ近くにあると聞いたからだ。

 そこに向かう途中、美術館と同じ煉瓦造・イギリス積みの「弘前昇天教会聖堂」を見つけた。案内板には1921年築とある。美術館の美術館棟は1923年築だから少し先輩だ。

 設計者はジェームズ・ガーディナー。京都から愛知県犬山市の明治村に移築された重要文化財「聖ヨハネ教会堂(旧日本聖公会京都聖約翰教会堂)」や、東京から横浜の山手イタリア山庭園に移築された重要文化財「外交官の家(旧内田家住宅)」などを設計したアメリカ人建築家だ。

 一戸時計店は、この教会の100mほど先にある。風見鶏がのる赤い円すい屋根の時計台が可愛い。明治期の佇まいを残す建物で、弘前の中心商店街・土手町のシンボルとして親しまれてきたという。店主の死去により2018年に閉店後、美術館の開館準備室が置かれていた。

 さて、東京に戻る前に寄るべきところがある。戸田うちわ餅店だ。100年以上続く餅店で、名物は店名にもなっている「うちわ餅」。Webマガジン『考える人』の若菜晃子氏の連載「おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子」で知った“地元菓子”だ。

 店は弘前れんが倉庫美術館から徒歩5〜6分、住宅地の一角にある。庶民的な店構えだ。中に入って注文すると、アイスキャンディーのように串をさした長方形の白い餅に、秘伝の黒い胡麻だれをたっぷりからめてくれた。

 新幹線の車内で早速いただく。見てくれは良くないが、この黒い胡麻だれが美味しい!

 ああ、至福。でも、“巡礼者”への道は遠いなあ、とも思ったものでした。(長井美暁)