連載「よくみる、小さな風景」05:こどもの世界における「内と外」の意味──乾久美子+Inui Architects

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建築家の乾久美子氏と事務所スタッフが輪番で執筆する本連載。今回はスタッフの栗林勝太氏が「こどもの世界」を観察する。大人たちが熟慮の上につくった場の意味をいとも簡単に解体するこどもたち。今回も乾画伯のイラストにナビゲートされつつ、一緒に観察してください。(ここまでBUNGA NET編集部)

 今回は、「小さな風景」のテーマの中から「こどもの世界」を取り上げる。前回取り上げた「屋根研究」が物体と現象を主題としているのに対し、「こどもの世界」は、こどもという特定の人間の行為にフォーカスしている。 こどもの世界は、大人たちが熟慮の上につくってきた意図された場や用途を解体し、別の意味に変容させる自由な創造性に溢れている。予測不可能なこどもたちの見方は、時にわれわれに驚きと発想のきっかけを与えてくれる。

(イラスト:乾久美子)

  今回はそんな小さな風景の事例を取り上げ、分析を試みた。その結果、バラバラに見える「こどもの世界」の小さな風景にある共通点が見えてきた。

4つの事例を観察してみる

(写真:乾久美子建築設計事務所、以下も)

 はじめに取り上げるのは、小学校の跡地を整備した雑司ヶ谷公園で撮影したもので、ここではこどもたちが、舗装された通路をキャンバスに見立ててチョークで黙々と絵を描いている。

 ただの公園の散策路であったものは、瞬く間に大きな絵画の支持体へと変容し、それを取り巻く大人たちも、こどもたちが作り上げた世界を邪魔しないよう、つい道のへりを歩いてしまう。こどもの発想が整備された当たり前な用途を超え、われわれの認識さえも上書きしてしまう面白さがある。

 次は杉並区の桃井はらっぱ公園での事例だ。ここでも雑司ヶ谷公園で起きていた現象と似たことが発生している。写真中央のこどもはサークル上の舗装を自転車でぐるぐると回っている。意匠的な舗装の設えは、こどもの発想力により道路へと見立てられている。

 3つ目は武蔵野市にある公園だ。写真にあるように、ここではこどもが木陰を迷路に見立てている。小規模で遊具的なものが無い公園だが、遊びの発明家であるこどもはそんな一見何もないように見える場所からも、自然現象をきっかけに遊びを発明する。

 最後は、同じく武蔵野市にある別の公園。ここでは歩道と公園を仕切るために設けられた折りたたみフェンスがこどもたちによって小さな家に見立てられ、遊びの道具に変容している。

理解と経験を構造化する「概念メタファー」

 4つの事例を見てきたが、それぞれの「こどもの世界」は、あるものを別の何かに見立てているという点で共通している。
 
 「見立て」は、既存の意味に別の意味を投射するといった点においてメタファーと類似している。認知言語学者のジョージ・レイコフは、哲学者のマーク・ジョンソンとの共著『レトリックと人生』(1980年出版)の中で「概念メタファー」を提唱し、メタファーの観点から「見立て」の概念に新たな視点を与えている。メタファーと聞くと「修辞的な技巧による言葉の綾」という一般的な定義を想起させるが、レイコフは上記のような従来のメタファーの意味や役割にとどまらない「概念メタファー」の存在を提唱する。

 レイコフは「概念メタファー」を、修辞的な文飾の技巧を超えて「思考や行動にいたるまで、日常の営みのあらゆるところにメタファーは浸透し、われわれが普段、ものを考えたり行動したりする際に基づいている概念体系の本質は根本的にメタファーによって成り立っている」とする。つまり、概念メタファーとは、われわれの理解や経験といった認知的な営みに「構造」を与えるものであると。

 上記の「概念メタファー」は、大きくは文化的経験から生まれるメタファーと、肉体的経験から生まれるメタファーに二分される。レイコフは前者の文化的経験から生まれるメタファーの説明として「Time is money(時は金なり)」の例を挙げ、西洋における時間の概念は、お金のもつ価値や消費といった概念を投射することで形成されているとする。そして、このように文化的な背景に基づき、ある概念に他の概念を投射することで構造を与える、起点から目標への一方向的な方向性を持ったメタファーを総称して「構造のメタファー」と呼ぶ。
 
 後者の肉体的経験から生まれるメタファーの中には「方向性のメタファー」や「容器のメタファー」と呼ばれる「概念メタファー」が存在し、それぞれが「上と下」「内と外」などの、肉体的な経験に基づいた構造を持つという特徴がある。「構造のメタファー」が起点から目標へ投射する一方向的な写像関係にあるのに対し、肉体的経験から生まれるメタファーは、「概念同士がお互いに関係し合って一つの全体的な概念体系を構成している」という性質の違いがある。
 
 今回は、肉体的経験から生まれるメタファーの中から、「こどもの世界」の分析に説明を与えてくれそうな「容器のメタファー」を取り上げたい。レイコフは「容器のメタファー」について以下のように解説している。「我々は肉体を持った存在であり、皮膚の表面によって外界と接し、外界から区切られている。そして自身の肉体以外の世界をわれわれの外にある世界として経験している。一人一人の人間がそれぞれ、外界と境界を接する表面と、内と外という方向性を持つ一つの容器なのである」とし、人間の肉体性と、容器がもともと備えている「内と外」という方向性を重ねる。

(イラスト:乾久美子)

 そして「内と外」という方向性を持って世界と捉えていると仮定し、同じく境界を持った物理現象に「内と外」の方向性を投影することで理解し経験しているのではないかと分析する。つまり、「容器のメタファー」とは世界のあらゆる物理現象に「内と外」といった方向性を与え、境界を認識することで、首尾一貫とした現象の理解と経験をわれわれに与えるための「概念メタファー」であると言えるだろう。

こどもの世界における容器のメタファーの働き

 上記で解説してきた内容を踏まえ、もう一度「こどもの世界」に戻り観察してみると、「見立て」という共通点以外に、新たな共通点が発見できる。

 1つ目の事例は、舗装をキャンバスの「内」と捉え、芝生をキャンバスの「外」と見立てており、2つ目の事例は、帯状の舗装を道路と見立てることで自転車が通るべき「内」と認識し、それ以外の舗装を「外」と認識している。3つ目の事例は同じ地面でも木陰が落ちた部分を辿るべき「内」と見立て、それ以外の地面を入ってはいけない「外」と認識している。4つ目の事例はフェンスのフレームの「内」側を家とし、そこから出ると家の「外」であるように見立てる。
 
 つまり表層的には全く別の行為に見える4つの「こどもの世界」は、「内と外」の方向性を持った「容器のメタファー」により共通しており、根底では同じ構造を持った活動として見ることができる。

こどもが展開する「内と外」の意味の世界

 以下は、こどもの世界において「容器のメタファー」が繰り返し登場する理由に対する私の考察だ。
 
 われわれ大人は文化的経験の蓄積が深いため、認知的営みにおいて文化的経験から生まれる概念メタファーと、肉体的経験から生まれるメタファーをバランスよく駆使しているのに対し、こどもは文化的経験の蓄積が浅いため、後者の肉体的経験により生まれるメタファーが占める割合が多く、無意識の内に多用しているのではないだろうか。さらに、「容器のメタファー」は肉体的な経験に基づくため、遊びという行為と直接的に繋がり易いことも理由の一つと言えるだろう。
 
 また、「容器のメタファー」の現れ方が大人と大きく違うといった点に関しては、われわれ大人は、通路を通路とのみ認識するような、社会的な常識に固定化された中で「内と外」を経験する傾向にあり、意味の安定した世界を生きているのに対して、こどもたちは、社会的な常識に固定化された意味の蓄積が浅いため、固定観念にとらわれることなく、あらゆる事物を等価に扱い、よりプリミティブに「内と外」の意味を構築しているからと、考えられるのではないだろうか。
 
 こどもの世界を観察するわれわれは、固定化された意味を逸脱するような行為が作り出す空間に、自由や創作性、大胆さといった側面を見出し、そこに小さな風景としての魅力を感じている。
 
 今回は「容器のメタファー」を手がかりに「こどもの世界」における「内と外」を観察したが、「内と外」の境界線を、どのように定義し、形として定着させるかは、建築設計において、私たちが常に考えている主要な命題の一つとも言える。慣習化し、様式化された「内と外」を脱却するための試行錯誤の過程は、こどもたちが作り上げる「内と外」の世界の創作性と、どこか通ずるところがあり、私たちは親和性を感じつつ、新しい「内と外」の意味の発明に期待しながら、こどもが作り上げる小さな風景を見ているのかもしれない。

栗林勝太(くりばやししょうた):1996年長野県生まれ。2019年京都造形芸術大学卒業。2021年京都芸術大学大学院修了。現・乾久美子建築設計事務所勤務

乾久美子(いぬいくみこ):1969年大阪府生まれ。1992年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1996イエール大学大学院建築学部修了。1996~2000年青木淳建築計画事務所勤務。2000乾久美子建築設計事務所設立。現・横浜国立大学都市イノベーション学府・研究室 建築都市デザインコース(Y-GSA)教授。乾建築設計事務所のウェブサイトでは「小さな風景からの学び2」や漫画も掲載中。https://www.inuiuni.com/

※本連載は月に1度、掲載の予定です。連載のまとめページはこちら↓。

(イラスト:乾久美子)