丹下健三を乗り越えた“柔らかい軸線”、o+hらの「熊本地震震災ミュージアム KIOKU」開館

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 いい建築を見た。熊本県が南阿蘇村の旧東海大学阿蘇キャンパス内に整備を進めてきた「熊本地震震災ミュージアム KIOKU」だ。7月15日にオープンした。設計者は大西麻貴+百田有希/o+h(東京)と産紘設計(熊本市)。o+hといえば、山形市の「コパル」で2023年日本建築学会賞作品賞を受賞して話題の若手ユニットだが、この建築でも学会賞を取れたかもしれない。

(写真:宮沢洋)

 くまもとアートポリス113番目のプロジェクトとして整備された。2020年に、伊東豊雄氏(くまもとアートポリスコミッショナー)を審査委員長とする公募型プロポーザルで、応募41件の中から選ばれた。

 何がいいかというと、この種の施設につきまとう重苦しさがほとんど感じられない。軽やかな屋根と木造架構(これはいつかどこかに書こうと思うが、本当に軽やか)。明るい内部空間。そして、曲線を使ったおおらかな配置と動線計画。

展示と震災遺構で構成

 施設の概要を公式サイトから引用する(太字部)。

 熊本地震震災ミュージアムKIOKUは、平成28年(2016年)熊本地震の記憶や経験、得られた教訓を確実に後世に伝える回廊型のフィールドミュージアム「熊本地震 記憶の廻廊」の中核拠点施設として整備しました。

 当館では、震災遺物の展示や当時を振り返るシアター、震災遺構、各種プログラムを通して、熊本地震の被災の様子、その発生メカニズム、そして防災について学び、人と自然との共生のあり方について考えていただくことができます。

 中核拠点施設はKIOKU(展示施設)と震災遺構(旧1号館建物及び地表地震断層)等で構成されています。

 交流ラウンジ(上の写真)─語り部との交流や関係機関による企画展示等を通して、熊本地震や防災に関する学びを深めていきます。

 展示室1 「その時」の記憶をたどる(上の写真)─震災の実情が遺るものや当時の様子を伝える映像を通して、地震の「その時」を振り返ります。

 展示室2 熊本の大地を知る(上の写真)─熊本の大地の動きや特徴を学び、地震との関連性を解き明かすとともに、人と自然が織りなす熊本の風土から私たちと大地との関わりについて考えていきます。

 震災遺構─震度6強の揺れを受けながら倒壊しなかった建物と断層を一体的に保存している国内には例を見ない震災遺構です。

 旧東海大学阿蘇校舎1号館(上の写真)─建物の真下を断層が貫いており、断層の活動による建物への影響を見ることができます。

 地表地震断層(上の写真)─地面の隆起や亀裂、地面の横ずれを見ることができます。

押しつけがましさのない“柔らかい軸線”

 特に素晴らしいと思ったのは、震災遺構である「旧東海大学阿蘇校舎1号館」へと自然に導く動線。「必ず見ろ」という感じではなく、曲面の壁に沿って歩いていくと「あ、そういうことか」という感じなのだ。

 最初から遺構がよく見えるつくりもあり得たと思うが、そうはしなかった。到着した時点では見えはするものの、ほとんど意識されない。壁沿いに歩いていくと目の前にドンと大きく現れる。その途中にいろいろな資料を見ているので、納得感がある。

 日本のモダニズム建築のレベルの高さを世界に発信したのは、丹下健三の広島平和記念資料館だった。あの建築は、建築自体も素晴らしいが、ピロティ越しに原爆ドームを見せるという“強い軸線”が人々の心を動かした。それから70年。この建築は“柔らかい軸線”が切り開く新たな建築の可能性を示しているように感じた。曲線の建築はこれまでもたくさん見てきたが、曲線の軸線を意識したのは初めてだ。

 ところで、その“柔らかい軸線”の先にある「旧東海大学阿蘇校舎1号館」。勘がいい人はお気づきかもしれない。東海大学といえば建築家の山田守。これも山田守建築事務所による設計だ。

被害の大きかった部分を切断して補強している

 竣工は1973年と山田守の他界後だが、三角プランやスラブの先端を強調したディテールはいかにも山田守。以前、BUNGA NETで、山田が所属した分離派建築会について大西麻貴氏にインタビューしたので参考まで。

 それと、筆者はあまり詳しくないのだが、この施設には世界各地から漫画『ONE PIECE』のファンが訪れているという。「ONE PIECE 熊本復興プロジェクト」の1つ、麦わらの一味の「ロビン」の像が設置されているからだ。

■ONE PIECE 熊本復興プロジェクト
 2016年4月に発生した熊本地震。地震直後の4月17日には熊本県出身の漫画家・尾田栄一郎氏から「必ず助けに行く」という心温まるメッセージが届きました。このメッセージを、復興に向かう熊本の「原動力」としていくため、漫画『ONE PIECE』と熊本県が連携した『ONE PIECE 熊本復興プロジェクト』が立ち上がりました。

 2018年には、尾田氏の県民栄誉賞受賞の記念として、漫画家としての業績と復興支援への多大なご支援の功績を末永く称えるとともに、復興の象徴として、ルフィ像を熊本県庁プロムナードに設置しました。

 2019年度からは、〈麦わらの一味「ヒノ国」復興編〉として、県内9市町村に麦わらの一味の仲間の像を4年かけて設置しました。熊本地震からの復興の原動力となるよう、県をあげてさまざまなプロジェクトを実施しています。

 像があるのは震災遺構の校舎の前。実際、この像が目当てと思われる親子連れや観光客もかなり来ていた。広島平和記念資料館にロビン像があったら「えっ?」と思うが、この像が自然に受け入れられるのも“柔らかい軸線”の効果かもしれない。(宮沢洋)

■KIOKU
所在地 阿蘇郡南阿蘇村河陽5343番地1
アクセス 車での所要時間(目安):熊本市中心部から約1時間10分・阿蘇くまもと空港から約40分 JR豊肥本線での所要時間(目安):赤水駅から徒歩約47分
開館時間 9:00~17:00(最終入館16:30まで)
休館日 毎週月曜日(祝日の場合は翌平日が休館)・年末年始(12月29日から翌1月3日まで)
観覧料 大人500円、県外中高生400円、県外小学生300円 ※県内小中高生無料
公式サイト
https://kumamotojishin-museum.com/kioku/