リレー連載「海外4都・建築見どころ案内」:スペイン・バルセロナ×小塙芳秀氏その1、公共図書館が倍増するなかCLT構造のガブリエル・ガルシア・マルケス図書館が「世界一」に

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本連載の最後となる都市はスペイン・バルセロナだ。長らく現地に在住していた小塙芳秀氏(現・芝浦工業大学建築学部准教授)に注目スポットを案内してもらう。バルセロナは、1992年のオリンピックを契機に数々の注目建築が建てられたが、最近はすっかり落ち着いた感もある。そのなか2022年に完成したガブリエル・ガルシア・マルケス図書館は、建築好きのバルセロナっ子の間に話題をもたらした。(ここまでBUNGA NET編集部)

 2023年の夏、バルセロナでは久しぶりに建築の大きなニュースが飛び交った。

 もともとバルセロナの多くの市民は我がまちの建築に敏感である。ジャン・ヌーベルのアグバルタワーが建設されたとき、日建設計などがFCバルセロナのスタジアムのコンペで勝ったときなど、カフェやバルで友人とアレコレと自分の意見を述べ合う風景が見られた。私自身も、スーパーのレジ係やタクシーの運転手から、「あの新しいビルをどう思う」なんて突然聞かれたこともある。

ビッグニュース! ガブリエル・ガルシア・マルケス図書館が11カ国・16の図書館の頂点に

 2022年5月、Suma Arquitectura(スーマ アーキテクチャー)の設計によるガブリエル・ガルシア・マルケス図書館が、バルセロナの北東エリア、サン・マルティン地区にオープンした。翌年にはバルセロナの名誉ある建築・デザイン賞FADの最優秀建築賞を受賞、そして23年8月に開催された第88回IFLA世界図書館情報会議で最優秀公共図書館に選出され、バルセロナのメディアで大きく取り扱われることとなった。

 南ヨーロッパでは初めての最優秀賞で、過去の受賞作品の中で一番小さな建築物である。23年は11カ国から16の図書館が参加し、最終選考には、オーストラリアのパラマタ図書館(PHIVE)、中国の上海図書館東館、スロベニアのヤネス・ヴァイカルド・ヴァルヴァソール図書館がノミネートされるなか、4000m2程度のこの図書館が選ばれたことは特別な意味を持っていたと言える。地域に開かれ多様性を持つこの図書館のコンテンツや建築への評価のみならず、1998年からバルセロナ県と市が継続的に進めている先進的な図書館計画への評価も受賞の大きな理由の1つであった。

ガブリエル・ガルシア・マルケス図書館の外観(写真:以下も小塙芳秀、天野稜、佐々木日奈)

 図書館が立つサン・マルティン地区のサン・マルティン・デ・プロベンサルかいわいは、かつては工場も多く、労働階級が多く住むエリアであった。現在は約2万5000人が住み、外国人の割合も比較的多く、ラテンアメリカからの移住者のコミュニティーも存在している。多様な住民にとって平等な公共の場を提供することはバルセロナの目標の1つでもあり、このような環境に建てられたガブリエル・ガルシア・マルケス図書館はラテンアメリカ文学をより専門とした図書館として計画された。

 バルセロナの図書館は詩人や文学者などの名前が付けられることが多い。この図書館は「百年の孤独」の作家として著名な、コロンビア出身のノーベル文学賞受賞者、ガブリエル・ガルシア・マルケスの名が付けられた。彼は1967年からバルセロナに約10年間暮らし、その間に「家長の秋」を執筆したことでも知られている。余談ではあるが、「百年の孤独」は筆者が最も好きなラテンアメリカの小説でもある。

サン・マルティン・デ・プロベンサルかいわいで見つけた壁画

バルセロナの図書館計画によって18だった公共図書館を倍増

 ガブリエル・ガルシア・マルケス図書館はラテンアメリカ文学に焦点を当てた図書館と説明をしたが、バルセロナ各地区の図書館は、標準化した共通サービスを提供しながら、各地域の特色を加味している。それぞれがネットワークとして結ばれることで、市として1つの大きな図書館システムを構築している。

 1998年、これまでの公共図書館サービスを刷新するため、バルセロナ市とバルセロナ県からなる共同体によって、「バルセロナの図書館計画1998-2010」が承認された。2010年に向けて、当時市内に18しかなかった公共図書館の数を倍にすることで、図書館が人と地域社会をつなぐ役割を担い、生活と文化的拠点の核の1つとなるための優先課題を設けたのである。

 市内図書館サービスの強化、近隣地域と地区のつながりへの発展、様々な公共機関との関係性、さらに付加価値のあるコンテンツを生み出す場所づくりを目標として、新築のみならず、既存施設の改修も含めながら進めていった。この時期に建設されたジョセップ・リナス設計による2つの図書館もおススメであるので概要のみ紹介したい。

 まず2002年に完成したヴィラ・デ・グラシア図書館は、地下1階・地上5階建てで延べ面積は1029 m2。グラシア地区の街並みのスケールに合わせた小ぶりの図書館であるが、狭さを感じさせないように吹き抜け空間に工夫が見られる。

 一方、2005年完成のレセップス図書館(ジャウマ・フステル図書館)は4階建てで延べ面積は5636 m2。このプロジェクトは、完成当時バルセロナで一番大きい図書館となり、広場の建設と同時に進められた。スペインの有名建築雑誌「エル・クロッキー」をはじめ建築関連の本や雑誌も豊富であり、私もよく利用していた。

グラシア地区のヴィラ・デ・グラシア図書館
レセップス地区のジャウマ・フステル図書館

 2011年に入ると、バルセロナ市は、徒歩20分内、つまり自宅から800m以内に図書館がある都市づくりを目指した。2011年から2020年の間に、合計8つの新しい図書館が開設され、そして、ガブリエル・ガルシア・マルケス図書館は節目となる40個目の図書館となった。

 バルセロナ市の情報によると、1998年には、図書館利用者カードの普及率は人口の13%のみであったが、2010年ごろには約50%が保有し、現在では約60%に至ったとのことである。また登録利用者の22%以上が非EU出身者であることは、バルセロナ住民の移民率と比例し、多くの外国人が住むバルセロナの特徴とも言える。

 バルセロナ市は図書館利用カードの保有率を上げるために様々なメリットを与えている。バルセロナ市内の書店、美術館、劇場、映画館、動物園、文化施設など100カ所以上の場所でこのカードを提示することでいつでも割引を受けられる。新型コロナウイルス禍によるロックダウンが緩和された頃には、図書館利用カードを持つ市民にグエル公園が無料開放され、我々も久々の散歩を楽しむことができた。

警察署の横に建設、他の施設との連動で公共性を高める

 ガブリエル・ガルシア・マルケス図書館の話に戻そう。外観は本の塊が合わさったダイアグラムからできている。ファサードに見える波は本のページを表しており、素材はグラスファイバーを使用している。彫刻的な外観は、特徴的な建築が少ないこの地区においてはシンボリックであり、存在感を放っている。

 また、ファサードにはガブリエル・ガルシア・マルケスの自伝『生きて、語り伝える』(新潮社、旦敬介訳)の一文が書かれている。’La vida no es la que uno vivió, sino la que recuerda y cómo la recuerda para contarla’「何を生きたか、ではない。何を記憶し、どのように語るか。それが人生だ――」(旦敬介訳)

ガブリエル・ガルシア・マルケス図書館のファサードにガルシア・マルケスの言葉が書かれている

 2015年にコンペが行われ、途中、コロナ禍により建設が一時中断されたが、7年の年月を経て2022年に竣工した。この図書館の特徴として、警察署の横に建設された点も見逃せない。他の公共施設との連動を促すことで、より公共性を高めるように意図された。後に紹介するRCRアーキテクツ設計のジョアン・オリバー図書館(サン・アントニ図書館)でも同じ方針が取られている。

 塊が面取りされ、吸い込まれるようなエントランスのデザインである。バルセロナの中心地の碁盤の目のブロック街区と同様に、この敷地も隅切りされている。隅切りによって周辺とのつながりが生まれやすくなり、多目的に使用されるアゴラと呼ばれる場所を演出している。エントランスのアゴラは、子どもの遊び場や若者のたまり場にもなる。また訪れたときに、ちょうどビデオ撮影なども行われていた。

エントランスとアゴラ

 図書館は地下1階・地上4階建てで、延べ面積は4294m2。3階以上はスッキプフロアとなっている。各階は中央の大きな三角形の吹き抜けによってつながれ、建物の中心に気持ちの良い自然光を取り込んでいる。またこの吹き抜けによって各フロアは3つのエリアに分けられ、エリアごとに全く異なる図書空間が演出されている。地域住民が気軽に自分の居場所を探せるような都市の一部であり、かつ家の延長のような空間とも言える。

中央の吹き抜けと階段がそれぞれの図書空間をつなぐ

 写真でも見て取れるように、この図書館には積極的に木材が使用されている。以下の建築家のコメントにもあるように、設計において木材に大きな期待を寄せているのが分かる。「木造建築と図書館プログラムのテーマを融合させた。それは、建物がどのように近隣に溶け込むか、どのように通りを取り込むか、どのように面取りするかということだ」(スーマ アーキテクチャー)

 メインエントランスの隣に配置されたアイデア・フォーラムと呼ばれる薄いカーテンのスペースでは、ルーバーから柔らかい光を取り込みながら緩やかに空間を仕切っている。また1階の新刊コーナーでは、婦人がおしゃべりをしていた雰囲気が家のリビングのようにも感じられた。

 2階は児童と青少年エリアのフロアとなり、それぞれの体験に合わせて異なる読書スペースが配置されている。

1階のカーテンで仕切られたアイデア・フォーラム
1階の新刊コーナーで井戸端会議をする婦人たち
2階、児童書コーナーとグループ用読書スペース

 3階は事務とパソコン(PC)フロアで、その上の中間階の南米文学書が並ぶ書庫スペースと読書スペースから、4階の小スペースエリアへと、吹き抜けを挟んでステップフロアでつながる。様々な椅子が並ぶ読書スペースは人気で利用者も多いという。

 4階には勉強スペース、会議やクラスに使える小部屋が並ぶ。音のグラデーションが意識されており、より静寂を必要とするスペースは上層階に配置されている構成である。

4階より吹き抜けを挟んで3.5階の書庫スペースを見下ろす
リビングのような読書スペース
吹き抜けから3階と4階を見る。4階のCLT構造が見える

 主な構造は、近年バルセロナでも見られるようになったCLT(直交集成板)である。CLTをメインとしながらも、よりオープンなスペースを展開することを目指し、一部鉄骨梁が使用され、スチール製ブレースも加えられている。

 地下階には蔵書はなく、図書館が地域コミュニティーとともに管理するスペースとなっている。多目的ホール、ラジオブース、シェアキッチン、町内会用の部屋が配置され、週末や開館時間外に図書館外の活動のために開放される。上階と区切ることができるため、メインエントランスを閉めれば地下だけを利用することもできる。また周囲の庭を工夫して自然光を取り入れるなどの配慮が見られ、地下階ながら十分な光を取り入れることに成功している。

地下へのアクセス
地下階に庭が続くことで、地下の暗さを感じさせない工夫が見られる

中庭に人を導くRCRアーキテクツ設計のジョアン・オリバー図書館

 続いて、バルセロナの別のタイプの図書館として、サン・アントニ地区のジョアン・オリバー図書館を紹介したい。RCRアーキテクツによる設計で2007年に竣工した地下1階・地上4階建て、延べ面積1322 m2の図書館である。

道路に面したジョアン・オリバー図書館のファサード

 バルセロナ市が1998年より進める図書館計画に沿って、デジタルコンテンツに特徴のある図書館のコンペが行われた。バルセロナの都市計画の特徴である碁盤の目のブロックは、バルセロナの拡張に伴い、1860年に土木技師イルデフォンス・セルダによって、どの階級にも平等で、かつ衛生的で健康的な場所を形成するために、113m四方のブロックとその内を公共用の緑地とする形で計画された。しかしながら当時は多くの反対により、街区の緑地化計画は頓挫し、密集化が進むなか、中庭は店舗や工場で埋め尽くされた。

 このブロックの中庭にはかつてキャンディー工場が建てられていたが、煙突のみを残して工場は解体され、「中庭緑地再生計画」として中庭を公共化させることを目的としながら、図書館と高齢者施設を隣接させ、中庭はより子どもが使いやすい公園として計画された。一般的にこれまでの図書館においては、高齢者層と低年齢層の利用が低いといわれてきたが、3つの機能を合わせることは、より多くの世代の利用と交流を高めることにつながった。

 また、このエリアでは、車両通行を制限し、車道を歩行者に開放する注目の都市計画「スーパーブロック」が進んでおり、さらに隣接するブロックに位置する歴史あるサン・アントニ市場が改修を終えたことから、この図書館を含めサン・アントニ地区の公共空間がダイナミックに連動しているのが分かる。

改修を終えたサン・アントニ市場。我々アトリエ・コブフジも店舗設計を行った
交差点を歩行者スペースに変えたスーパーブロック
図書館の4階から中庭を望む

 中庭緑地再生計画は1987年に始まり、現在までに46カ所の中庭が再生された。中庭の公共化において問題となるのはアクセスである。既存建築に囲まれた中庭の場合、出入り口が限られており、通りからの流動性や大きなアプローチを得ることが非常に難しく、そこに閉鎖感や犯罪性を感じさせてしまうことが課題であった。

 通りから中庭へのアプローチに特徴を与えたRCRアーキテクツ設計によるジョアン・オリバー図書館は、開放的で引き込まれるような計画となっており、これがコンペの勝因の1つでもあった。RCRは求められていた厳しい条件のプログラムに対してボリュームとボイドの配置を検討し、前面道路と中庭をつなぐ大きなゲートを実現させ、中庭の敷地条件の難しさを解決に導いている。

図書館と中庭へのアクセス。空と植栽が反射によって広がりを見せる
竣工時の中庭。筆者はRCRアーキテクツで図書館のファサードを担当した
遊具が増え、植栽が育った現在の中庭の様子
中庭のファサードに取り付けられた鉄がガラスに反射する。この隙間で遊ぶ子どもも多い

 内部では異なる図書エリアを視覚的に体感的に連続させている。デジタルコンテンツに焦点を当てた図書館であり、通常の座席のある読書スペースだけではなく、これまでとは異なるスペースが求められた。より自由度の高い場所として大階段が設計され、外部に対しては中庭に開かれた断面となり、内部では3階と4階をつなぐボイドスペースとなっている。

3階と4階をつなぐ大階段。ノートPCを使用する利用者が多い
大階段の上部から読書スペースを見る。ボイドによって空間がつながる

2030年に向けて中核となるバルセロナ中央都市図書館計画が始動

 2022年に発表された「バルセロナ図書館基本計画2030」では、知識格差をなくすべく、文化活動、教育、持続可能性、科学、ジェンダー、異文化に対して、テクノロジーの活用を目標と掲げている。先にも書いたように、この20年間でバルセロナの公共図書館の数は倍増し、それまでこの種のサービスがなかった地域にも設置されるようになった。そして、バルセロナの公立図書館を束ねる中核となるバルセロナ中央都市図書館計画が、2027年の完成予定を目指してついに動き出した。この中央図書館ができることで、ここで紹介した地区図書館とのネットワークがさらに強化することが予想される。

 図書館計画のスローガンとして、世界的に有名なFCバルセロナの最も重要な一文である「More than a club -クラブ以上の存在-」を引用している。バルセロナにとって図書館が図書館以上の存在として、より公共施設の中心としての役割を担うことが期待されている。(小塙芳秀)

ガブリエル・ガルシア・マルケス図書館概要〕
所在地:C/ del Treball, 219, Sant Martí, 08020 Barcelona
設計者:Suma Arquitectura
完成時期:2022年
行き方:メトロL2、サン・マルティン駅から徒歩4分

ジョアン・オリバー(サン・アントニ)図書館概要〕
所在地:C/ del Comte Borrell, 44, 08015 Barcelona
設計者:RCR Arquitectes
完成時期:2007年
行き方:メトロL2、サン・アントニ駅から徒歩5分

ジャウマ・フステル図書館概要〕
所在地:Pl. de Lesseps, 08023 Barcelona
設計者:Josep Llinàs Carmona
完成時期:2005年
行き方:メトロL3、レセップス駅前

ヴィラ・デ・グラシア図書館概要〕
所在地:Carrer del Torrent de l’Olla, 104, 08012 Barcelona
設計者:Josep Llinàs Carmona
完成時期:2002年
行き方:メトロL3、フォンタナ駅から徒歩9分

小塙芳秀(こばなわ・よしひで)
東京芸術大学建築学科卒業後、1998年にスペイン・バルセロナに渡る。カタルーニャ州立工科大学建築ランドスケープ科修士課程を修了。磯崎新アトリエ・スペイン、RCRアーキテクツを経て、2009年にコブフジ・アーキテクツ(現、アトリエ・コブフジ)をバルセロナに設立。主にスペインやイタリア、南米、日本でプロジェクトを展開。2012年よりバルセロナ・アーキテクチャー・センター講師。2021年に芝浦工業大学建築学部准教授に就任

※本連載は月に1度、掲載の予定です。

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(写真:PAN-PROJECTS)