リレー連載「海外4都・建築見どころ案内」:スペイン・バルセロナ×小塙芳秀氏その2、ワイン好き必見!バルセロナ市内から日帰り可能なRCRアーキテクツ設計の2つのワイナリー

Pocket

スペインでは、ワイナリー訪問や試飲、収穫などを目的とした「エノツーリズム」に力を入れており、ワイナリーなどの設計を著名建築家に依頼する例が目立っている。今回はスペイン・バルセロナ市内から、日帰りでも訪れることのできるRCRアーキテクツ設計の2つのワイナリーを小塙芳秀氏に案内してもらう。(ここまでBUNGA NET編集部)

ペララーダ村に2022年オープンしたRCRアーキテクツ設計のペララーダ・ワイナリーの新館。大地と連続するような建物として感じる(写真:以下は小塙芳秀・小塙香)

 リベラ・デル・ドゥエロ、プリオラート、ラ・マンチャ、トロ、ソモンターノ……。スペインワインが好きな人には聞き覚えのあるワインの生産地であろう。あれこれ悩みながら週末に飲むワインを選ぶのはスペイン生活の醍醐味だ。個人的にはガルナッシュ種のプリオラートが最近のお気に入りである。

 スペイン北西部ガリシア地方の都市、ア・コルーニャ市で「ア・コルーニャ人間科学館」を設計された磯崎新氏がスペインへ来られた際は、スペインの多彩なワインや郷土料理を堪能されていた。ガリシア地方の新鮮なタコを使った料理を絶品とおっしゃっていたことを思い出す。ガリシアのアルバリーニョと共に楽しまれたことであろう。

 スペインでは原産地呼称保護(PDO)認定ワインを生産している地域が約100存在しており、2022年のワイン輸出量はイタリアに次ぐ世界2位である。そして、日本でも最も有名なスペインワインと言えば、テンプラニーリョ種による赤ワインで知られるリオハ産であろう。

 リオハは大小600以上のワイナリーがあるスペイン屈指の生産地であり、2000年ごろから「エノツーリズム」(ワイナリー訪問、試飲、収穫などを目的とした観光形態)に力を入れ始め、ワイナリーや付属施設の設計を有名建築家に依頼するブームが始まった。

 その発端として、世界的にスペインワインの需要が高まったこともあるが、1997年開館のビルバオ・グッゲンハイム美術館(フランク・ゲーリー設計)によって1つの現代建築が観光や経済の促進に大きな役割を果たすことが証明された影響が大きいといわれている。

 1858年創業の老舗ワイナリー、マルケス・デ・リスカルは、フランク・ゲーリー設計のホテルを2006年にオープンし、話題となった。薄紫色の衣をまとったようなチタニウムで覆われた建物は、リオハのワイナリー建築ブームをけん引したシンボルといってもいい。

フランク・ゲーリーよるマルケス・デ・リスカルのホテル。2012年に訪れたときの写真

 その他、2001年にバレンシア出身の建築家、サンティアゴ・カラトラバがイシオス・ワイナリーを設計、同年にオープンしたボデガス・カンポ・ビエホ・ワイナリーはイグナシオ・ケマダの設計で、2003年に建築部門においてベスト・オブ・インターナショナル・ワイン・ツーリズム賞を受賞した。さらに、ロペス・デ・ヘレディア・ヴィーニャ・トンドニア・ワイナリーは、125周年を機にザハ・ハディドにワイナリー付属の店舗設計を依頼している。

 また、イニャキ・アスピアス設計のボデガス・バイゴリのワイナリーは、日本ではほとんど紹介されていないが、ワインの生産過程でブドウを傷めてしまうような機械設備をできるだけ排除し、地形とその環境をワインの製造と建築に巧みに取り入れたものであり、20年前に持続可能な方法を追求した建築として、今ではリオハのアイコンの1つとして知られている。

ボデガス・バイゴリ・ワイナリーから望む紅葉するブドウ畑の風景

 バルセロナを州都とするカタルーニャ州にもカヴァやワインの生産地が多数あり、近年エノツーリズム市場の成長とともに、建築的に興味深いワイナリーが増えてきている。今回はバルセロナ近郊で、バルセロナから日帰りでも訪れることが可能なRCRアーキテクツ設計のワイナリーを2つ紹介したい。

 RCRアーキテクツは、ラモン・ヴィラルタ、カルメン・ピジェム、ラファエル・アランダの3人のパートナーによる建築設計事務所だ。2017年にはプリツカー賞を受賞している。この連載の前回では、バルセロナ市内で見学できる都市型建築として公共図書館を紹介した。より彼らの目指す建築の思考を知覚するため、自然環境豊かな場所にたたずむRCR建築も体験していただきたい。

RCRアーキテクツ設計のワイナリーその1=ペララーダ・ワイナリー

 その1つが、バルセロナから140kmほど北上したペララーダ村に2022年オープンしたペララーダ・ワイナリーの新館。ペララーダは人口約2000人の旧市街が残る村だ。ペララーダ社は、ワイナリーの他、ホテルやレストラン、美術館として改装された14世紀の城を所有し、そこでコンサートイベントなども開催する地元大手の家族経営のワイナリーである。

 1923年に城を取得し、創業した一族は、中世からの歴史があるペララーダ・ワインの生産を復活、活性化させた。さらなる革新を目指して新しいワイナリーをつくる夢を抱き2004年にRCRに相談し、計画が始まった。約20年の時を経て完成したプロジェクトなのである。

ペララーダの城。現在は結婚式会場やレストラン、美術館などとして使われている

 新しいワイナリーの敷地は城に近接した場所で、そこには1941年に建築家、アドルフ・フロレンサによって設計された農場施設群が長い間放置されており、新しいワイナリー施設の一部として寄与することがクライアントから望まれていた。

風景を生かし目に見えない建築を目指す

 プロジェクト開始において、「機能性、建築、持続可能性、エノツーリズム」の4つのテーマが掲げられた。また、新しいワイナリーは、ただシンボリックな建築にはしないこと、土地の風景を断絶しないデザイン等が求められた。「建築はすべてが機能するものでなければならないが、そこに目に見えるものは何もあってはならない」というRCRのコンセプトと共に計画が緩やかに進行していった。

 長いプロセスの間、RCRは一貫して既存建物と周辺の自然環境に配慮をしながら、クライアントやワイン製造に関する専門家と共に150以上の世界中のワインセラーを訪問し、学び、議論し、プロジェクトを磨き上げた。RCRのラファエルは「数々訪れたワイナリーの大半は“建築”であった。ここではそうあってはならない」と言及している。

 建築面積1万9378m2のうち、1万7520m2が新築、1858m2が既存建物の改修と改築である。既存建築部は4棟に分かれており、レセプション、レストラン、ワインやグッズを販売する店舗、テイスティングルーム、トイレ、ガイドツアーや新ワイナリーへのアクセス部などの用途が入る。

 既存建物群のあるフラットな地盤から南側の道まで10mほど下がる傾斜部分に新築のワイナリーが配置された。それは、ボリュームを抑え建築を新たな地形のように捉える意図に加え、高低差を生かして重力による自然な流れに沿ってブドウを移動させることで、ワインの製造過程におけるエネルギー負荷を低減させるためでもある。

 その結果、建設や運営については、維持管理における高水準な持続可能性と効率性が評価された他、景観との融合、最小限の水消費、低消費エネルギー化、再生可能な建材の使用などの点が認められ、米国グリーンビルディング協会(USGBC)が授与するLEEDゴールド環境・エネルギー認証をヨーロッパで最初に取得したワイナリーとなった。

ペララーダの位置、配置図、断面図、遠景の各スケッチ。地形と風景に溶け込む建築

ブドウからワインまでのプロセスをたどる見学ルート

 私がRCR事務所に在籍した当時からこのプロジェクトの経過を目にしていたこともあり、完成の案内を受けて待ちに待った訪問となった。

 駐車場から続くレセプションの建物を出ると、既存の古い建物でコの字に囲まれた美しい庭園が目の前に広がる。新しいワイナリーの建物の全容は視界に入らない。庭園の植物は宿根草をベースにし、地中海性気候に適した植物が植えられたことで、通常の造園と比較してかなりの水消費量を抑えることに成功しているという。

エントランス側から見る。庭園は既存建築群によりコの字に囲われている
庭園の南側に地平線のように見えるのが新ワイナリーの屋根部分

 色とりどりの草花を横目にしながら、庭園奥にある見学ルートの入り口へと向かう。途中、既存の建物の間に配置されたコールテン鋼によるテラス空間を通る。テラスから敷地の北側にあるブドウ畑へ抜けることもでき、屋外で風景とワインを楽しめる場所である。

奥の建物は店舗とテイスティングルーム
ブドウ畑や庭園の風景が切り取られる

見学者入り口のある既存建物に入ると、すぐにエレベータで地下へと導かれる。「土」の中を意識させるような質感の通路は、暗く静寂で迷路のように続く。そして角を曲がる度、土地、風景、ブドウ、ワイン、建築などについての映像が流れるプロジェクションスペースが現れる。奥へ歩み進むほどペララーダやワインの知識を蓄積していく。

地下の通路。所々にプロジェクションスペースが現れる

見学者が感嘆の声を上げる「ワオ!空間」

 樽の熟成スペース、ボトルの貯蔵スペースといった大空間、特別なワインを貯蔵する神殿と呼ばれる空間、異なる多種類のワインにそれぞれ適応した大小様々な空間を3m上の見学通路から眺め先へと進んでいく。約5000もの樽が置かれている柱のない巨大な空間には曲面の大屋根がかかる。ここでは見学者がワオ!と思わず感嘆の声を上げるので「ワオ!空間」と呼んでいると説明があった。また、この大屋根は、外部からは大地の一部として感じられるデザインになっている。

樽の置かれる巨大な空間
150万本のボトルの貯蔵空間
自然光が劇的に落ちる神殿と呼ばれる空間。ここでは特別なワインがつくられている
10人程度のグループ見学であった

 ワイナリーの見学が終わると地上に戻り、既存建築部分にあるテイスティングルームで白ワインと赤ワイン計4種類程度の試飲が待っている。そして最後は店舗を通り抜けるようなつくりとなっている。ワイナリーには付属のレストランバーもあるので、時間にゆとりのある人は、見学後に食事を楽しむのもよいのでは。

RCRアーキテクツ設計のワイナリーその2=ブルガロル・ワイナリー(ベイ・リョック・ワイナリー)

 バルセロナから北東に120km離れたジローナ県、パラモス市郊外に位置するこのワイナリーは、パラモス市内から車で15分ほど山道を上った先にある。主に松とコルクガシからなる山を整備し、新しくブドウ畑をつくり、プライベートで小さなワイナリーとして出発。自然と共存するワインづくりを目指している。クライアントの自然に対する思いとRCRの土地を読み取る設計手法が互いに作用して2007年に完成したワイナリーである。

 このワイナリーではワインの貯蔵において空調設備を一切備えていない。建築の大半は地下に埋められており、地下の安定した温度の中に樽は置かれワインが熟成されていく。建物の上部には1.2m以上の土が戻されブドウが植えられた。地上には最低限の建築要素のみ現れブドウ畑と一体化し、遠くに地中海を望むことができる美しい農業ランドスケープが出来上がった。

遠くに地中海まで見通せるランドスケープ。ブドウ畑の下に貯蔵室がある

 コールテン鋼の壁に挟まれた2つのアプローチが緩やかに地下へと誘う。一方はトラクターの走行や作業に必要な通路を兼ねており、もう一方はオフィスやホテルからのアクセス路を担っており、大きな松の木を避けながら配置された。また、このコールテン鋼はリサイクル材を使用しており、表面にナンバリングが残っているのが分かる。

ブドウ畑から作業空間へのトラクター用アプローチ・スロープ
オフィス、ホテルからのアプローチ・スロープ。地上にはブドウ畑が見える

 地下レベルでは、貯蔵庫、ラボ、作業場などが暗い通路でつながっている。光と影のコントラストが地上と地下をつなぐ空間をより劇的に演出している。

外部空間からつながる地下通路
森を目の前にしたラボ
ラボの鉄製扉

 貯蔵室へ向かう重い扉を開けて緩やかなスロープを下る。カーブを描きながら徐々に地下深くへと誘うアプローチはさらに暗闇へと導く。一歩ごとに温度変化を肌で感じながら進むと、その先には樽の貯蔵室がうっすらと目の前に現れる。そして樽の貯蔵室を後にすると、年代と種類ごとに分けられたボトルが保管される通路へと続く。

実際はもっと暗く、目が慣れるのに少し時間がかかる
ボトルが保管されている通路

 さらに細く暗い通路を進んでいくと、突如、光窓のスリットからシャープな光が入り込む空間を目にする。テイスティングルームとして用意された空間である。季節によって、日によって、時間によって空間は変化し、何度訪れても表情が異なる。

 この光窓は閉ざされていないため風や雨も入り込む。2023年9月に訪れたときは、直前に大雨が降ったため床に水がたまっている状態だった。現在はテイスティングルームとしては使われていないが、この土地の自然を感じる空間として案内される。見学者にはここでゆっくりと過ごし、移り変わる空間を堪能してほしいという。

学生と訪れたときに撮影。前日に大雨が降ったので、床には水がたまっていた

 コールテン鋼と敷地周辺の石を主な材料としている。幅35㎝、厚さ1㎝を基本としたコールテン鋼を構造としているが、地形に沿った建物であり、また壁も傾斜していることから壁と天井に使用されているコールテン鋼のサイズは一枚一枚異なる。コールテン鋼の奥には現地でとれた石が積まれており、この石が湿度を調節する役割も担うことで空調設備を使わずにワインの熟成と保管を可能にしている。

 最後に、講堂・多目的室へと至る。訪問者へのビデオプロジェクションの他、ビジネス会議、たまにはコンサートも開催されるようである。

多目的室の壁。自然光が石と鉄の間から落ちてくる

 このワイナリーのワインは販売されてからまだ10年程度と歴史は浅いが、コンセプトの詰まったワインである。ボトルデザインもRCRが手掛けており、ラベルが張られていなく、必要な情報はボトルネックに書かれているデザインだ。小さなワイナリーということもあり、ここのワインは一般的にほとんど流通しておらず、ワイナリー系列レストランや限られたところでしか味わうことができない。しかしバルセロナの建築家協会の地下にあるデザインショップ「La Capell」で購入できるので、興味のある方はぜひお試しいただきたい。(小塙芳秀)

ラベルはボトルネックに差し込むオリジナルデザイン。素材はコールテン、ステンレス、コルク、紙

ペララーダ・ワイナリー(Celler Perelada )概要〕
所在地:Paratge la Granja, s/n, 17491 Peralada, Girona, Spain
設計者:RCR Arquitectes
備 考:ガイドツアーに参加して見学可(予約制) https://perelada.com/en
行き方:バルセロナ市内から車で約1時間30分(146㎞)。電車の場合は、バルセロナ・サンツ駅乗車、フィゲラス駅下車、フィゲラスからタクシーで約15分

ブルガロル・ワイナリー(Celler Brugarol )概要〕
所在地:Camí de Bell Lloc s/n de Palamós
, 17230 Palamós, Girona, Spain
設計者:RCR Arquitectes
備 考:ガイドツアーに参加 して 見学可(予約制 ) https://www.brugarol.com/en/events/el-celler/
行き方:バルセロナ市内から車で約1時間30分(120㎞)。公共交通の場合は、バルセロナ北駅バスターミナルからパラモス(ワイナリー近辺の町)まで長距離バスで約2時間。そこからタクシーで約15分(タクシーは事前予約がお勧め)

小塙芳秀(こばなわ・よしひで)
東京芸術大学建築学科卒業後、1998年にスペイン・バルセロナに渡る。カタルーニャ州立工科大学建築ランドスケープ科修士課程を修了。磯崎新アトリエ・スペイン、RCRアーキテクツを経て、2009年にコブフジ・アーキテクツ(現、アトリエ・コブフジ)をバルセロナに設立。主にスペインやイタリア、南米、日本でプロジェクトを展開。2012年よりバルセロナ・アーキテクチャー・センター講師。2021年に芝浦工業大学建築学部准教授に就任

※本連載は月に1度、掲載の予定です。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: kaigai00-768x764-2.jpg
(写真:PAN-PROJECTS)