建築の愛し方17:元・設計事務所主宰者が描く「学べる度、教科書級」の建築実務系漫画、待望の第2巻──鬼ノ仁氏

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 今回の「建築の愛し方」は、前振りもなく、いきなりインタビューに入りたい。たぶん、その方が興味の扉が次々に開かれていって面白いと思うので。

──まずは、『一級建築士 矩子(かなこ)の設計思考』第2巻発刊、おめでとうございます。2巻の反響はどうですか?

 おかげさまで、発売から2日で重版が決まりました。

──2日で重版! 素晴らしい! 

 宮沢さんにも帯のコメントをいただいて、ありがとうございました。

一級建築士 矩子の設計思考』第2巻(アマゾンはこちら)。左は2巻の中でも宮沢のツボだったマンション大規模修繕の話

──いやいや、足を引っ張らなくてよかったです。2巻の見本をいただいたときに、帯のQRコードにびっくりしました。私はてっきり連載元の『漫画ゴラク』(日本文芸社)のサイトに飛ぶのかと思っていたのですが、よく見たらうちのサイト(BUNGA NET)じゃないですか!

右下のQRコード、なんとこのサイトに飛ぶ!

 はい、どうせお名前を載せるなら、どんな人かが分かった方がよいだろうと。

──なんと誠実な……。BUNGAの仲間たちも喜んでいます! 実は1巻を知ったときから、この「建築の愛し方」のコーナーでインタビューしたいと思っていたんです。それが、鬼ノ先生の方から「帯にコメントがほしい」と連絡があろうとは。本当に光栄です。

 いえいえ、こちらの方こそ。

「ケンチクくん」も読んでました

──私の前職である『日経アーキテクチュア』を購読されていたそうですね。

 はい、設計事務所に勤めていた頃から読んでました。自分で設計事務所を立ち上げてからも読み続けていて、宮沢さんが巻末で描かれていた「ケンチクくん」も読んでいましたよ。

──知っている人が少なくなってきたので、恐縮です(「ケンチクくん」がどんな漫画だったかはこちらの記事を参考)。漫画家として活動され始めた後も、日経アーキテクチュアを購読されていたとか。漫画を描くのに何か参考に?

 当時は建築の漫画を描いていたわけではないので、直接参考にはなりませんが、ああいう理系的な世界が好きなんですよね。

──漫画家になって20年くらいは成年向けの作品が中心だったそうですね。なぜ、そんなに時間がたってから、建築の話を描こうと思ったのですか。

 建築家は30代、40代はまだはなたれ小僧じゃないですか。だから、建築を描くならもっと年をとってからだろうと。そうこうしているうちに、50代になって……。漫画家は早く亡くなる方がけっこう多いんですよ。なので、そろそろかなと。

──そうなんですか。建築家は80代で現役の人も多いですが、確かに漫画家の方はあまり思い浮かびません。激務なんでしょうね。

 そうですね。なかなか大変な仕事です。

第1巻。試し読みはこちら

──私は知人から「元・設計者が描いている建築家が主人公の漫画がある」と聞いて、1巻を読みました。読んで、衝撃を受けました。女性が主人公だというので、恋愛9:設計の話1くらいかと思っていたのですが、8割がた設計実務エピソードという印象でした。

 はい、技術の話を描きたかったんですよ。男性の設計者が主人公だと、無口に考え込んでしまって展開が難しいので、元気な若い女性を主人公にしました。

──2巻の帯のコメントとして私が書いた「学べる度、教科書級」という言葉は全く偽りはなくて、『日経アーキテクチュア』や『建築知識』の連載であってもおかしくない実務解説です。これはもともと『漫画ゴラク』の連載ですが、雑誌の読者はついてこれるんですか?

 始めるときは私も編集担当さんも心配していたんですが、ふたを開けてみたら、読者アンケートの反応がすごくよかったんです。

──そうなんですか。私は、単行本はマニアが読みそうだけれど、雑誌の読者はどう思っているんだろうかと思ってました。

 雑誌の読者さんの評価は最初からすごく良かったのですが、単行本1巻分がたまったところでいったん連載が終わってしまったんです。

──え、どうしてですか?

 雑誌の連載が人気でも、単行本が売れないというケースはけっこうあるみたいなんですね。

──なるほど、単行本をたくさん売って元をとる、というビジネスモデルなんですね。だから、単行本の売れ行きを見極めようと。私も出版社勤務だったので、なんとなく分かります。で、1巻が出たあとはどうだったんですか。

 発売から1週間で重版が決まりました。

──良かった! それで連載が再開し、今回の第2巻にこぎつけたと。

第2巻。試し読みはこちら

 はい、良かったです。

──私は2巻になったら、もう少し色恋に向かうとか、建築家としてのサクセスストーリーに向かうとか、大きな流れにシフトするのかなと思っていたのですが、1巻と同様、濃密な実務漫画ですね。ネタを考えるの大変じゃないですか?

 大変です。実際に設計をやっていたので、物語のとっかりになる実務ネタは思いつくんです。でもそれだけを描いても漫画として面白くないですから、それに人間模様をからめて、最後に何かオチをつけなければならない。

──あー、それ、私も「ケンチクくん」を描くのに同じような思いをしてました。実務の「あるある」から始めて、漫画として面白く終わらせなければならないですからね。

 1話を完成させるのに100枚くらいネーム(漫画のシナリオ)を描いた回もあります。

ぜひどなたかドラマ化を!!

──今も連載は続いているんですか。

 今は3巻のネーム作業と日経クロステックさんのイラストの作業をしています。

──『漫画ゴラク』さんはまた「単行本2巻の売れ行きを見極める」と?

 今回は逆で、編集部は「続けてほしい」と言っているんですが、私が「3巻のネームができてから連載を再開したい」と。

──えーっ、単行本1冊分のネームを描いてから連載を始めるんですか?

 心配性なんですよ。これなら行けると思えるまで始められないんです。

──色恋の方にシフトすると、1話分をもっと楽に進められるのでは?

 うーん。でも、やっぱり技術の話が描きたいんですよね……。連載再開は6月の予定です。

──2巻の売れ行きも好調とのことなので、これで3巻が出たら、「ドラマ化したい」といった話も出てきそうです。

 ああ、いいですねえ。

──そうなってくれると、私も「あの『矩子の設計思考』の帯を書いたことあるんだぜ!」と自慢できます。

 そうなるといいです、本当に。

──今日はお忙しいところ、ありがとうございました。ちょっとダメモトでお願いがあるんですけど……。

 なんでしょう。

──ここに来る直前に、色紙を買って、これを描いてきたんです。

 おお、「ケンチクくん」。

──左側に矩子(かなこ)さんを描いてもらえませんか。

 いいですよ。でも、いったん預かって後でお送りします。色紙だと失敗できないので。

──恐縮です。楽しみにしています。改めてありがとうございました!!

 と言って、誠実な鬼ノ先生の事務所を後にし、その日の夜に送られてきたスキャン画像がこれだ。

 さすが。私が描いたケンチクくんとは、細部の繊細さが100倍くらい違う。ああ、私もこういう女性を描けるようになりたい…。

 鬼ノ先生、ありがとうございました。3巻も楽しみにしています。そして、いつの日かドラマ化を! (宮沢洋)

右の余白が寂しかったので加筆してみました