今回の「建築の愛し方」は、前振りもなく、いきなりインタビューに入りたい。たぶん、その方が興味の扉が次々に開かれていって面白いと思うので。
──まずは、『一級建築士 矩子(かなこ)の設計思考』第2巻発刊、おめでとうございます。2巻の反響はどうですか?
おかげさまで、発売から2日で重版が決まりました。
──2日で重版! 素晴らしい!
宮沢さんにも帯のコメントをいただいて、ありがとうございました。
──いやいや、足を引っ張らなくてよかったです。2巻の見本をいただいたときに、帯のQRコードにびっくりしました。私はてっきり連載元の『漫画ゴラク』(日本文芸社)のサイトに飛ぶのかと思っていたのですが、よく見たらうちのサイト(BUNGA NET)じゃないですか!
はい、どうせお名前を載せるなら、どんな人かが分かった方がよいだろうと。
──なんと誠実な……。BUNGAの仲間たちも喜んでいます! 実は1巻を知ったときから、この「建築の愛し方」のコーナーでインタビューしたいと思っていたんです。それが、鬼ノ先生の方から「帯にコメントがほしい」と連絡があろうとは。本当に光栄です。
いえいえ、こちらの方こそ。
「ケンチクくん」も読んでました
──私の前職である『日経アーキテクチュア』を購読されていたそうですね。
はい、設計事務所に勤めていた頃から読んでました。自分で設計事務所を立ち上げてからも読み続けていて、宮沢さんが巻末で描かれていた「ケンチクくん」も読んでいましたよ。
──知っている人が少なくなってきたので、恐縮です(「ケンチクくん」がどんな漫画だったかはこちらの記事を参考)。漫画家として活動され始めた後も、日経アーキテクチュアを購読されていたとか。漫画を描くのに何か参考に?
当時は建築の漫画を描いていたわけではないので、直接参考にはなりませんが、ああいう理系的な世界が好きなんですよね。
──漫画家になって20年くらいは成年向けの作品が中心だったそうですね。なぜ、そんなに時間がたってから、建築の話を描こうと思ったのですか。
建築家は30代、40代はまだはなたれ小僧じゃないですか。だから、建築を描くならもっと年をとってからだろうと。そうこうしているうちに、50代になって……。漫画家は早く亡くなる方がけっこう多いんですよ。なので、そろそろかなと。
──そうなんですか。建築家は80代で現役の人も多いですが、確かに漫画家の方はあまり思い浮かびません。激務なんでしょうね。
そうですね。なかなか大変な仕事です。
──私は知人から「元・設計者が描いている建築家が主人公の漫画がある」と聞いて、1巻を読みました。読んで、衝撃を受けました。女性が主人公だというので、恋愛9:設計の話1くらいかと思っていたのですが、8割がた設計実務エピソードという印象でした。
はい、技術の話を描きたかったんですよ。男性の設計者が主人公だと、無口に考え込んでしまって展開が難しいので、元気な若い女性を主人公にしました。
──2巻の帯のコメントとして私が書いた「学べる度、教科書級」という言葉は全く偽りはなくて、『日経アーキテクチュア』や『建築知識』の連載であってもおかしくない実務解説です。これはもともと『漫画ゴラク』の連載ですが、雑誌の読者はついてこれるんですか?
始めるときは私も編集担当さんも心配していたんですが、ふたを開けてみたら、読者アンケートの反応がすごくよかったんです。
──そうなんですか。私は、単行本はマニアが読みそうだけれど、雑誌の読者はどう思っているんだろうかと思ってました。
雑誌の読者さんの評価は最初からすごく良かったのですが、単行本1巻分がたまったところでいったん連載が終わってしまったんです。
──え、どうしてですか?
雑誌の連載が人気でも、単行本が売れないというケースはけっこうあるみたいなんですね。
──なるほど、単行本をたくさん売って元をとる、というビジネスモデルなんですね。だから、単行本の売れ行きを見極めようと。私も出版社勤務だったので、なんとなく分かります。で、1巻が出たあとはどうだったんですか。
発売から1週間で重版が決まりました。
──良かった! それで連載が再開し、今回の第2巻にこぎつけたと。
はい、良かったです。
──私は2巻になったら、もう少し色恋に向かうとか、建築家としてのサクセスストーリーに向かうとか、大きな流れにシフトするのかなと思っていたのですが、1巻と同様、濃密な実務漫画ですね。ネタを考えるの大変じゃないですか?
大変です。実際に設計をやっていたので、物語のとっかりになる実務ネタは思いつくんです。でもそれだけを描いても漫画として面白くないですから、それに人間模様をからめて、最後に何かオチをつけなければならない。
──あー、それ、私も「ケンチクくん」を描くのに同じような思いをしてました。実務の「あるある」から始めて、漫画として面白く終わらせなければならないですからね。
1話を完成させるのに100枚くらいネーム(漫画のシナリオ)を描いた回もあります。
ぜひどなたかドラマ化を!!
──今も連載は続いているんですか。
今は3巻のネーム作業と日経クロステックさんのイラストの作業をしています。
──『漫画ゴラク』さんはまた「単行本2巻の売れ行きを見極める」と?
今回は逆で、編集部は「続けてほしい」と言っているんですが、私が「3巻のネームができてから連載を再開したい」と。
──えーっ、単行本1冊分のネームを描いてから連載を始めるんですか?
心配性なんですよ。これなら行けると思えるまで始められないんです。
──色恋の方にシフトすると、1話分をもっと楽に進められるのでは?
うーん。でも、やっぱり技術の話が描きたいんですよね……。連載再開は6月の予定です。
──2巻の売れ行きも好調とのことなので、これで3巻が出たら、「ドラマ化したい」といった話も出てきそうです。
ああ、いいですねえ。
──そうなってくれると、私も「あの『矩子の設計思考』の帯を書いたことあるんだぜ!」と自慢できます。
そうなるといいです、本当に。
──今日はお忙しいところ、ありがとうございました。ちょっとダメモトでお願いがあるんですけど……。
なんでしょう。
──ここに来る直前に、色紙を買って、これを描いてきたんです。
おお、「ケンチクくん」。
──左側に矩子(かなこ)さんを描いてもらえませんか。
いいですよ。でも、いったん預かって後でお送りします。色紙だと失敗できないので。
──恐縮です。楽しみにしています。改めてありがとうございました!!
と言って、誠実な鬼ノ先生の事務所を後にし、その日の夜に送られてきたスキャン画像がこれだ。
さすが。私が描いたケンチクくんとは、細部の繊細さが100倍くらい違う。ああ、私もこういう女性を描けるようになりたい…。
鬼ノ先生、ありがとうございました。3巻も楽しみにしています。そして、いつの日かドラマ化を! (宮沢洋)