新旧横浜市庁舎を題材に「M meets M」展、村野・槇両巨匠のパブリックスペース観を知る

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『M meets M 村野藤吾展 槇文彦展』が10月30日から横浜・馬車道の2つのBankART展示会場で始まった。槇文彦氏が設計に参加した新・横浜市庁舎が今年2020年6月末に全面開業したことを記念し、同時に村野藤吾の設計による旧庁舎の一部が解体されることを惜しむものだ。東京工業大学修士課程に在籍する加藤千佳さんが村野藤吾展と槇文彦展の両展をリポートする。(ここまでBUNGA NET)

「旧第一銀行横浜支店」(1929年)の一部が移築・保存され、槇総合計画事務所の設計により高層オフィスビルが複合された「横浜アイランドタワー」(2003年)。旧第一銀行横浜支店部分にある「BankART Temporary」が槇文彦展の会場だ。(写真:加藤千佳、以下も)

 市庁舎、それは全市民のためのパブリックスペースだ。納税や年金関係、介護や子育て、転居・転入、結婚・離婚の届け出など、老若男女問わず、あらゆる立場の人が様々な用事のために市庁舎に訪れる。利用者の層が幅が広いほど設計の可能性は無限にあり、「みんなのためのパブリックスペース」の提案には設計者の思想が色濃く反映される。村野藤吾氏(1891~1984年)と槇文彦氏(1928年~)による新旧の横浜市庁舎を扱った本展を見ることで、両巨匠のパブリックスペースへの思想の一端にふれることができる。

村野藤吾展:閉鎖的なパブリックスペース

村野藤吾展の展示風景。槇文彦展と道を1本隔てた「BankART KAIKO」が会場

 村野藤吾展で旧庁舎のはらむ内的な空間とディテールを見ることは、自分のパブリックスペースについての考えを改めるきっかけとなった。会場に設置されているパネルには、氏の庁舎建築について次のような説明がされている。

 村野においては、いずれもヨーロッパの伝統的な庁舎に似て、巨大な居室のような視線を内向きに集める閉鎖的な空間だった。横浜市庁舎の「市民広間」も同様である。村野は、機能よりもヨーロッパの伝統や品格を重視しながら、市民のための空間を象徴的にデザインしたと言えるだろう。(解説:笠原一人)

 「ヨーロッパの伝統的な庁舎に似て、(中略)閉鎖的な空間だった」という解説に驚く方もいるだろう。公共建築と聞くと、街に開かれた大空間を思い浮かべがちではないだろうか。それに対し、村野氏によるパブリックスペースは内向きの空間であり、階段や手すりといった細部が醍醐味であると言っても過言ではない。もちろん開放的な空間は、多くの人を包み込む市民のための建築である。しかし、どんな利用者の視界にも入り、実際に人が触れて使う部分を丁寧に設計した建築もまた、「みんなのための空間」なのだと気づかされた。

京都工芸繊維大学に寄贈されている貴重な図面資料と、同大学の学生が丁寧に製作した模型を見ることができるのも本展の魅力だ

槇文彦展:関係のない人々が空間を共有するパブリックスペース

 一方の槇文彦展は、「ヒルサイドテラス」(1969~92年)の紹介から展示が始まる。氏が73年の第2期工事の際に雑誌『新建築』に寄稿した論考で「みち空間」という言葉で言い表したような、歩行空間と建築が結びついたパブリックスペースを感じることができた。

槇文彦展の展示風景

 特に、会場の大きな窓に掛けられたスクリーン状の写真に写る「ヒルサイドテラス」は目を引く。日の光によって、照明を抑えた展示室内に代官山の街並みが柔らかく浮かび上がる。会場演出の意匠として美しいということに加え、写真にみられる都市風景は、氏にとってのパブリックスペースの理想だと想像できる。

槇文彦展の展示風景

 写真に見る「ヒルサイドテラス」の風景は、1人で階段に座る人や1、2人で歩く人をとらえた落ち着いた都市風景だった。著書『漂うモダニズム』(2013年)集録の「独りのためのパブリック・スペース」からうかがえるように、槇氏は都市における孤独にも言及している。人の交流を生みだす賑わいの創出といったものが安易にもてはやされることが多い最近だが、交わりはしない他人同士が同じ空間で思い思いに過ごし、大勢に囲まれる安心感と独りで過ごす安心感を同時に味うことができる場所も、都市における「みんなのためのパブリックスペース」だと気づかされる。

 新・横浜市庁舎の水辺テラスもこのような空間が体現されている。以前の「みち空間」が道路と建物が連続した空間であったのに対し、新庁舎では、川とプロムナードと建物の3層がシームレスにつながる空間が展開されている。サーフボードに立ってパドルを漕ぐSUPを川で行う人、川辺から見るみなとみらいの街並みをスケッチする人、プロムナードのベンチで休憩する人、プロムナードを子供と散歩する人、プロムナード沿いのカフェでお茶をする人。思い思いの楽しみ方をする人々がひとつながりの空間に共存する豊かなパブリックスペースを見ることができた。(加藤千佳)

桜木町駅方面連絡デッキから新庁舎の川辺テラスを臨む。新庁舎は会場であるBankART Temporaryに隣接して立っている

〈展覧会情報〉
『M meets M 村野藤吾展 槇文彦展』@BankART
BankART KAIKO(村野藤吾展):横浜市中区北仲通5-57-2 1階
BankART Temporary(槇文彦展):神奈川県横浜市中区本町6-50-1
開催期間:2020年10月30日(金)~12月27日(日)
休館日:毎週月曜日、11月8日(日)
開館時間:11:00~19:00(12月27日(日)は17:00まで)
料金:共通チケット一般1600円/大学生、専門学校生1000円/横浜市民、在住者1000円/高校生、65歳以上600円/中学生以下無料
公式サイト:http://bankart1929.com/MmeetsM/