前橋市のまちなかに藤本壮介氏設計の白井屋ホテルが2020年末に開業して以来、周辺にはカフェや飲食店、ギャラリーなどがオープンし、人の流れが戻ってきている。24年4月13日にまちびらきセレモニーが開かれたのは、同ホテルが面する馬場川(ばばっかわ)通りが生まれ変わったお披露目のためだ。「馬場川通りアーバンデザイン・プロジェクト」として3月末に竣工した。同じく3月には白井屋ホテルの隣に、SUPPOSE DESIGN OFFICEの設計で商食住の複合ビル「ばばっかわスクエア」も完成しており、にぎわいがさらに広がりそうだ。
幅員約12mの馬場川通りは、長さ約200mにわたって歩道と車道の段差をなくし、ともにレンガ舗装で覆った。レンガは、かつて前橋の街並みに数多く用いられていた素材だ。これまで水の流れがあまり見えなかった馬場川は、暗きょのふたを外して木製デッキで歩道と一体化。周囲には、赤城山系の植物も植えられ水と緑の遊歩道公園に一変した。特筆すべきは、官民が連携して、これら公共空間を「民間」主体で整備していることだ。
事業主体の「前橋デザインコミッション(代表理事:石川靖・朝日印刷工業会長、MDC)」は、民間の会費運営による一般社団法人。前橋市が2019年に策定した中心市街地のまちづくり指針「前橋市アーバンデザイン」の推進組織として設立された。都市再生推進法人として市が指定しており、周辺の地権者や市と都市利便増進協定を締結して馬場川通りの整備に当たった。
事業費のベースとなったのは地元の財界を中心とした「太陽の会(会長:田中仁・ジンズホールディングス代表取締役CEO)」の寄付だ。前橋市はその寄付金を元に、民間都市開発推進機構(民都機構)は国土交通省からの補助を得て、共同で共助推進型まちづくりファンドを設立。都市利便増進協定等に基づきMDCが主体となって実施する今回のプロジェクトに助成している。
MDCの日下田伸(ひげた・しん)企画局長は、セレモニー後の「まちプレゼンテーション」の冒頭で次のように説明した。「寄付金などをベースとした3億円に、いろいろな形でレバレッジを利かせて4億3000万円ほどを調達した。この先10年間、都市利便増進協定を結んでいる間のランニングコストも踏まえている。エリアマネージャーとして『馬場川通りを良くする会(会長:荻原高志)』が美観管理とにぎわい創出を担う。MDCの役割は各地区にこうしたエリアマネージャーを生み出して、その成功体験を水平展開していくことだ」
前橋の先人がつくってきた水のネットワークや緑のつながりを見える化
馬場川通りアーバンデザイン・プロジェクトのデザインについて、まちプレゼンテーションでの説明を基に見ていこう。公園・道路のデザインを統括したのはランドスケープ・プラスの平賀達也代表だ。同氏は、かつて利根川の流れが台地を削ってできた馬場川通りの地形や、緑や水に恵まれた前橋の自然資本を活用しながら、どのようにまちの活性化を図るか、その価値を世界に向けて発信できるかを考えたという。
平賀氏が初めて現地を訪れたとき感じたのが、「これだけ豊かな用水が流れているのに、車社会になって人の生活と川の関係が希薄になってしまっている」ということだ。地元の人に聞くと、以前は用水に入って遊んでいたなど、水との関係性が強いことが分かった。地元とも情報共有しながら提案したのが、馬場川通りに水と緑を取り戻すこと。ふたで覆われ、水が見える場所でも柵が張り巡らされていた馬場川を人が川に近づける環境にして、赤城山系の植生で植樹する。
計画段階で地元の人たちには川の柵を外した環境を体験してもらい、アンケートも取りながら、安全面などで案の修正も行って、どんどんと練り上げていった。平賀氏らが東京・立川で実際に柵をなくして地域の水辺環境を再生したデザイン例も見学してもらい、前橋での実現を周囲が後押しする状況が生まれた。
そうしたなか、ハードルとなったのが、整備後の責任の所存だ。馬場川通りは、道路と河川、公園に管理者が分かれる。「柵や手すりを外させてくださいとお願いしたとたん、責任はどこが取るのかでプロジェクトが止まってしまった。市の市街地整備課が責任をもって管理するとおっしゃっていただいてから、地域の皆で管理していこうという動きが生まれた。地域の方々が思いを持って自分たちでやろうと言ってくれた瞬間に、新しい風景の実現が可能になった」(平賀氏)
水辺にはいろいろな工夫が見られる。例えば、手すりの代わりに取り付けたコーヒーテーブル。水の流れを目の前に食事を楽しむことも可能だ。利根川から取水している水は、気温が30度を上回る夏場でも、水温は20℃ぐらいで、涼を取る場にもなる。周囲の緑は、赤城山系の植生を生かしたもので、生態系がつながっていく。「前橋の先人がつくってきた水のネットワークや緑のつながりを、見える化した」(平賀氏)
公衆トイレの設計で海外著名デザイナーと国内の若手建築家が協働
馬場川通りアーバンデザイン・プロジェクトによって、海外の著名なプロダクトデザイナーがデザインした公衆トイレも生まれている。英国のジャスパー・モリソン氏がデザインを、高濱史子建築設計事務所が建築設計をそれぞれ担当した。ジャスパー氏は通り沿いに白井屋ホテルが立っていることを踏まえて、商店街の起点となる西端だが、目立つ表現の建物は必要ないと判断。前橋の風景になじむシンプルな形状で、10~20年後もデザインが古びず、まちの一部になっていく建築を提案した。それが切妻屋根を持ち外装に木材を用いたデザインだ。
トイレのプランは、MDCや市と詰めた。西側には男女の区別なく、2つのゆったりしたトイレブースを備える。東側には、まちのイベントに使う備品などを収める倉庫を配置。その前には、変電用の地上機器3機を配して、地上機器を隠すようにスライディングドアなどで前面を覆っている。
ジャスパー氏の意向は、屋根の板金の形まで反映している。「ジャスパーさんはアーキテクトではない。どのようにデザインを詰めていけばいいのか手探り状態だった。オンラインミーテイングは20回を数えた。すべて本人が1人で参加し、我々が用意した資料やサンプルなどを見て判断をしてもらい、設計をまとめていった」。そう高濱史子氏は振り返る。
時間を要したのは、外装の木材の検討だ。メンテナンスに関して、ジャスパー氏もいろいろなアイデアを出しながら検討した。行き着いたのが、時間をかけてきれいにエージングしていく木材だ。薬剤を用いず、水蒸気加熱処理で寸法安定性や耐久性を確保した木材を選んだ。
小さな公衆トイレだが、プロダクトをデザインしていくように時間をかけて細部まで詰めていった密度の濃い建築だ。
ぶらぶらと散歩してぼんやりと過ごす場所に
この日のまちプレゼンテーションでは、馬場川通り沿いの新たな民間プロジェクトも発表された。白井屋ホテルやばばっかわスクエアとは通りを挟んで反対側の敷地で計画している「ばばっかわ Garden Park(仮称)」だ。ばばっかわスクエアと同じ合同会社マーズが事業主体となる。設計を担うのは藤原徹平氏率いるフジワラテッペイアーキテクツラボだ。
当初は白井屋ホテルに専用の駐車場がないことから、VIPの宿泊も踏まえて専用の駐車場をつくるという話からスタート。まちがにぎわうような工夫ができないだろうかと、ランドスケープのデザインチームを抱える藤原氏の事務所に白羽の矢が立てられた。
「市民が寄付を集めて橋や通りをつくるというのは、江戸時代からあったことで、日本のまちをつくってきた原動力でもある。前橋のまちなかで民間の発意でそうした通りをつくっていることに感銘し、通りのような建築をつくろうと考えた」と藤原氏は説明する。
藤本壮介氏は白井屋ホテルの設計で、馬場川通りの地形が、利根川の河岸段丘として形成されたことから、緑の丘をつくった。藤原氏は、建築と庭を積層したような建物をイメージし、白井屋ホテルの丘を眺める丘のような場を提案している。「1階はパーキングで、キッチンカーや移動書店など、車に載せたいろいろな機能が利用できる場。その上に庭に囲まれたような店があって、ルーフトップガーデンを頂く。スペイン・バルセロナのグエル公園を小さくしたようなイメージだ」(藤原氏)
前橋のまちなかを歩いている人たちが、休息のために自由に上って買い物をしたり、食べたりしながらぼんやりとまちを眺める——。「東京では目的地ばかりで、ぼんやりとする場所がない。ぶらぶらと散歩してぼんやりと過ごす場所は、10年後、20年後を見据えると、建築家として大きなポテンシャルを持つと思う」。こう藤原氏は語る。
筆者にとって2021年9月以来の訪問となった馬場川通りは、水と緑で予想以上に大きくイメージを変えていた。地元出身であるジンズホールディングスの田中CEOが田中仁財団を設立。14年に前橋市の活性化活動「前橋モデル」を主導する活動の一環として、かつての名旅館「白井屋」の再生プロジェクトに着手した。それから10年、田中CEOの思いは多くの賛同者や結果を生み出し、新たなスタートを切った。(森清)