野沢正光氏の「飯能商工会議所」、レシプロカルな木造架構に師・大高正人の遺伝子を見る

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 建築家の野沢正光氏(野沢正光建築工房)が4月27日に亡くなった。78歳だった。直前までSNSに投稿したり、私(宮沢)の記事に反応してくれたりしていたので、人づてにその知らせを聞いても「ウソだ」としか思えなかった。けれども、4月30日に毎日新聞のサイトに訃報が載り、さすがに本当なのだと観念した。それでもGW前半はなんだかフワフワした気持ちのままとなったため、ずっと気になっていたこの建築をGWの中日(5月1日)に見に行った。埼玉県飯能市にある「飯能商工会議所」だ。

(写真:宮沢洋)

 野沢正光氏の近作で、2020年に完成した。構造設計はホルツストラの稲山正弘氏。2023年日本建築学会作品選奨や、JIA優秀建築選2022(100選)に選ばれている。JIA100選の方は、私も審査員の1人で、一次審査(2022年夏)で票を入れた。ただ、その先の「日本建築大賞」を選ぶ現地審査対象には残念ながら残らなかった。一次審査の段階では私も実物を見ていなかったので、あまり強くは推せなかった。でも、すごく見たいと思わせる建築だった。

 ようやく、実物を見た。

 野沢正光建築工房のサイトに掲載されている主旨説明を引用する(太字部)。文責はスタッフの石黒健太氏と思われる。

 2018年プロポーザルにより選定され、この春(2020年春)竣工を迎えた。プロポーザルでは、「地域商工業振興」「観光振興」「西川材振興」「交流・コミュニティ」の拠点として機能すること、また地域材である西川材と新しい木質材料であるCLTを活用し建設することが求められた。

西棟の屋上から東棟を見る

 (中略)準防火地域、延床面積500㎡以上、木造2階建ての事務所という条件において、西川材の製材とCLTの両方を現しとすること、また「地域商工業振興」の拠点として、材料のみではなく地元の職人や企業の技術により建設が可能とすることを前提とした。耐火建築物である木造の中央棟を挟み込むことで(別棟解釈:昭和26年3月6日住防発第14号)、執務室のある西棟と大会議室のある東棟の木架構を現しとした。

東棟の大会議室
西棟の前面道路側には観光協会があるので、ここまでは誰でも入れる

 CLTを用いた先進的な木架構や建具工事での加工を想定した組子格子耐力壁は、特殊な金物や加工が必要ないよう地元の職人や加工場との協議を綿密に行い、地産地消型の木造建築を提案すると同時に、現代の構造解析や新しい木質構造技術と日本古来の軸組工法との融合により独創的な木造建築をつくることを目指した。(後略)

真横からも見えるCLT架構

 突然思い立って見に行ったので、大会議室のある東棟は、開口部のスクリーンが下りていた。たぶん、ちゃんとした取材で行ったらスクリーンを上げて待っていることだろう。けれども、スクリーン越しに見える組子格子耐力壁が木漏れ日のように見えて、写真で見るよりもむしろ心地よく感じた。

 西棟のCLT架構(平行弦トラス)も、写真ではなかなか理解できない組み方だ。こういうものをレシプロカル構造(接合部に多くの部材が集中することを避け、部材同士が支え合うことにより立体的に釣り合いを保つ構造)と呼ぶのだろう。

 組み方の面白さに加えて、見せ方も面白い。2階に向かう階段の途中で、CLT架構が真横から見えるのだ。あれほど複雑に見えた木組みの中に、ある一点でスパッと六角形のトンネルが現れる。「気づいた?」という野沢氏の笑顔が頭に浮かぶ。

階段を上っていくと…
おおっ!
階段から CLT架構を見下ろす。 いろんな高さから見よ、と誘導されているよう

この方向ももっと見たかった…

 実は野沢氏、いや野沢さんは私が前職『日経アーキテクチュア』に配属されて1年目の早い時期に取材した建築家だった。その頃から偉ぶらず、かといって軽くもない人だった。

野沢正光
1944年 東京都生まれ
1969年 東京藝術大学美術学部建築科卒業
1970年 大高建築設計事務所入所
1974年 野沢正光建築工房設立

(事務所サイトのプロフィルより)

 野沢さんは東京芸術大学出身で、当時、同大学で教えていた吉村順三の影響を強く受けている。と言われていたし、私もずっとそう思っていた。この飯能商工会議所も、中庭側に開かれた心地良さは吉村順三をほうふつとさせる。

 だが、単純なものの組み合わせを複雑に見せる木造架構は、所員として実務を学んだ大高正人を思わせるように感じた。プレキャストの部材を複雑かつ繊細に見せることにおいて、大高正人は日本一、いや世界一の建築家だったと思う。その遺伝子を野沢さんは受け継いでいたのだ。

 この飯能商工会議所が野沢さんの代表作の1つであることは間違いない。同時に、本当ならば後期・野沢正光の出発点になるものだった。早く実物を見て、野沢さんにそう伝えたかった。

 野沢さんにはまだ注目作が残っている。その1つが師・大高正人が設計した「海員組合本部会館」のリノベーションだ。工事完成は2024年秋ごろの予定。それまで私が前述の賞の審査員をしているかは分からないが、今度は完成したらすぐに見に行こうと思う。(宮沢洋)

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