長野県の小諸新校は西澤奥山小坂森中JV、伊那新校は暮らしと建築社・みかんぐみJVに軍配、審査委員が2会場を車で移動して“ダブルヘッダー”

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 「長野県スクールデザインプロジェクト(以下、NSDプロジェクト)」の2弾となる小諸新校(小諸市)と伊那新校(伊那市)の施設整備事業で、長野県教育委員会は基本計画の策定支援者を選ぶ公募型プロポーザルを実施。2022年11月6日に小諸市と伊那市でそれぞれ2次審査を行い、当日に結果が出た。2つの審査は高校関係者や一般に公開するとともにYouTubeでライブ配信された。審査委員や事務局は、2校の審査の合間に約90km離れた審査会場を車で移動するという前代未聞の“ダブルヘッダー”をこなした。

コンテンポラリーズ+第一設計JVは次点にとどまる

小諸新校プロポの最適候補者による外観パース。南北に長い新校舎は学校とまちの活動によるモノやコトが堆積していく軸となる。アクティビティそのものがファサードになる提案(資料:下2点も西澤奥山小坂森中共同企業体)
同最適候補者によるピロティ部分(コモロピロティ)のパース。学内活動と地域連携の中心となる
同最適候補者による2次審査用プレゼン資料の最初の1枚。右上の図は学校の内外に広がる学習空間のイメージを分類しながらまとめたもの

 小諸新校プロポで最適候補者に選ばれたのは、西澤奥山小坂森中共同企業体(JV)。次点となる候補者はコンテンポラリーズ+第一設計JV、準候補者は齋藤和哉・YMA・ティーハウス設計共同体だった。コンテンポラリーズJVはNSDプロジェクト初弾の1つである松本養護学校のプロポでも候補者に選ばれていた。

 西澤JVは、西澤徹夫氏による西澤徹夫建築事務所(東京都中央区)、奥山尚史氏による奥山尚史建築設計事務所(同世田谷区)、小坂怜氏と森中康彰氏による一級建築士事務所小坂森中建築(同渋谷区)の3者JVだ。西澤氏は青木淳建築計画事務所(現AS)出身で、奥山氏と小坂氏、森中氏の3人はともに乾久美子建築設計事務所に籍を置いていた。1974年生まれの西澤氏に対して、ほかの3人は82年もしくは84年生まれの若手だ。

 小諸新校は、小諸高校と小諸商業高校の統合によって生まれる。普通科と商業科、音楽科から成る構成だ。建設地となる小諸商業高校には、音楽科の学びに対応した施設がないことから、既存校舎を活用しながら音楽科用などの施設を整備する。3科が融合するとともに生徒1人ひとりに寄り添った学習空間が求められた。開校は2026年度の予定だ。

 西澤奥山小坂森中JVは、小諸市の置かれた状況を捉え、「ありふれた日常」から小諸ならではの価値を問い直す、という考えを提示。大きく3つの基本方針を示した。学校内部だけでなく、まち全体のモノとコトの関係と捉えて、外部的・長期的な視点を生かす、既存校舎の課題を補い改善する配置・接続計画とする、多様な主体とともに議論を進めることで地域住民の主体的な参加を促し、プロセス自体を学びとする――ことだ。

 新校舎は既存校舎に寄り添うように南北に長い配置とし、地下1階となるグラウンドレベルに地域連携協働室を配している。新校舎の1階をコモロピロティとして学内活動と地域連携の中心に位置づけた。既存校舎とは回遊動線によってつないでいる。既存校舎は、耐震要素はそのままに、建具の工夫によってFLA(フレキシブルラーニングエリア)などを確保。校舎は竣工時にZEB Ready(ゼブレディ)を実現する考え。施工コストまで踏まえて、ち密に計画された案だ。

地域密着の「暮らしと建築社」を中心にチームで臨む

伊那新校プロポの最適候補者による鳥瞰パース(資料:下2点も暮らしと建築社・みかんぐみ共同企業体)
同最候補者による校舎の断面図。木造校舎は平屋で方杖ラーメン構造とする
同最適候補者による2次審査用プレゼン資料の最初の1枚

 伊那新校のプロポで最適候補者になったのは、暮らしと建築社・みかんぐみJVだ。次点となる候補者にはSALHAUSが選ばれ、準候補者は該当者なしとされた。SALHAUSはNSDプロジェクト初弾、松本養護学校のプロポで仲建築設計スタジオとJVを組んで最適候補者になった。今回は単独で“連勝”を狙ったが惜敗した。一級建築士事務所暮らしと建築社を共同主宰する須永次郎氏と須永理葉(みちよ)氏は、ともにみかんぐみから独立し、現在伊那市内に事務所を構えている。みかんぐみ時代に「伊那市立伊那東小学校」の設計を担当。現在、森に学びの場をつくる活動などにも参加する。

 伊那新校は、伊那北高校と伊那弥生ヶ丘高校の統合によって誕生する。建設地は現在の伊那北高校の敷地で、自然豊かな伊那谷にあり、中央アルプスや南アルプスを見渡す高台に位置している。伊那北高校の既存校舎は、老朽化が進んでおり、生徒や地域からも新校舎を望む声が多く上がっていた。新校は2028年度の開校を予定している。

 暮らしと建築社・みかんぐみJVによる提案は、地域のネットワークを最大限生かして、伊那らしい新しい学習空間をつくろうというもの。例えば、今後実施される教員や生徒、地域との対話の場としてスクールデザイン会議を発案。誰でも参加できる市民ワークショップ(WS)を施設完成後まで継続させることを提案している。WSは県内のファシリテーターなどにも参加してもらいまとめる考えだ。

 配置計画では、まちぐるみの活動が可能になる場を想定している。敷地の西側に地域開放エリアを配置、小さなポケットパークや学校を一周できる散策路を設置するなど、まちの一部として捉え直す。また、校門は東西南北に設けて高校生が主体的に、自由に過ごせることに配慮する。子どもたちの見守り文化がある上伊那地域だからこそ可能になる提案だ。

 敷地北側の新校舎は、木造の平屋とし、ZEB(ゼブ)以上の環境性能を目指す。この中に生徒の居場所となるメインコモン、深い学びができる専科コモン、先生のための教員コモンなどを、中庭を囲むように配置する計画だ。統合する2校が引き継いできたそれぞれの学校林を活用する提案もしている。

審査委員が昼に小諸から伊那まで約90kmを移動

小諸新校の2次審査は、22年11月6日の午前9時から、小諸高校の音楽科ホールで行われた。小諸高校は、普通科に音楽科を併設している。小諸商業高校との統合で新校に再編される(写真:長野県教育委員会)

 2つの2次審査のタイムスケジュールを振り返っておこう。審査委員会の委員長は、初弾の松本養護学校と若槻養護学校と同じく、法政大学教授でシーラカンスアンドアソシエイツ代表の赤松佳珠子氏が務めた。このほかの5人の審査委員のうち、西沢大良氏(芝浦工業大学教授、西沢大良建築設計事務所代表)、寺内美紀子氏(信州大学教授)、垣野義典氏(東京理科大学教授)、高橋純氏(東京学芸大学教授)は、初弾と同じ顔ぶれだ。地域計画の専門家として今回、武者忠彦氏(信州大学教授)が加わった。小野田泰明氏(東北大学教授)が初弾同様、事務局アバイザーを務めた。

 小諸新校の2次審査は、小諸高校の音楽科ホールで午前9時から始まった。候補5者のプレゼンテーションは、それぞれ持ち時間15分。休憩を挟み、5者を一堂に集めて審査委員からのインタビューを75分間の予定で実施した。初弾と異なるのは、インタビュー時に学校関係者からも質問ができたこと。生徒会長が冒頭に「学習空間について、場所や考えで一番大切にしているのは何か」と候補者全員に尋ねた。インタビューが終わったのは12時15分ごろだ。

 2つの審査の合間は約2時間半。この間に審査委員などは、小諸市から伊那市まで約90kmの道のりを車で移動した。伊那新校の2次審査が始まったのは午後3時。同様の時間配分でプレゼンとインタビューが行われた。インタビューが完了したのは午後6時30分ごろだ。

 結果が審査委員長から発表されたのは午後8時を少し回ったころ。オンラインでマスコミの取材陣に伝えられるとともに、事務局から候補者に連絡された。

伊那新校の2次審査は、11月6日の午後3時から、伊那北高校の同窓会館で行われた。伊那北高校と伊那弥生ヶ丘高校の統合で新校に再編される(写真:長野県教育委員会)

学校内外の活動自体がファサードを形づくる

 審査結果発表後、日を改めて最適候補者に、NSDプロジェクトの中から応募の対象校を選んだ理由、提案で実現したかったこと、今後の地元とのやり取りなどにおける豊富について、コメントを文面でもらった。まずは小諸新校の最適候補者である西澤奥山小坂森中JVを代表して、西澤徹夫建築事務所代表の西澤徹夫氏から。

 「新しい建築が、3科の融合の触媒になれる可能性にとても大きな魅力を感じたこと、まちと学校との距離感が人的にも歴史的にもとてもよく結びついていること、それゆえに学校をつくることがまちを考えることと同じだと思えるくらいの規模感であること。これがプロポーザルの応募に当たって小諸を選んだ理由だ」

 「そういった地域連携を含む学校内外の活動が、学校のファサードそのものになっていくように、コモロピロティという大きな空間を考えた。ここは既存校舎からも地域連携協働室からもグラウンドからも、様々な活動がはみ出し、それを受け入れるような場所だ。そんなイメージを共有しながら学校を、まちを、どのようにしていくかをみなさんと一緒に考えていきたい」

小諸新校の建設地である現在の小諸商業高校。正門前から望む。22年11月19日に訪れたときに撮影(写真:下も森清)
小諸商業高校の校舎とグラウンドを見る。正面奥には第2体育館が立つ

 伊那新校については、暮らしと建築社共同代表の須永理葉氏にコメントを寄せてもらった。「伊那新校は私たちの暮らすまちの高校だ。この美しい上伊那の環境を未来の高校生に引き継ぐために建築ができること、ZEBであり、学校林をはじめとする地域産材で学校をつくることは必須となる。また、環境ファーストの建物は、地球規模の課題へ学びをつなげ、地域への誇りを持てる学校になるとも考えている」

 「これから先生方や地域の方との対話が始まるが、上伊那の教育の指針『はじめにこどもありき』がぶれることなく、地域の歴史や経験を未来の高校生にどう伝え、どう生かすのか、まちにどう広がるのか、それを対話できるのが上伊那であると私たちは信じている。地域の一員として、真摯に建築で応えていきたい」

「西澤JVは既存校舎との連携でコンテンポラリーズJVに決定的な差」

 2校のプロポの審査を見て気になったのは、候補者へのインタビュー時間の不足だ。2校の審査の合間に小諸市から伊那市までの移動時間を取らざるを得なかった今回、所定の時間は確保されていたものの、インタビューの最後のほうは、審査委員の質問も、候補者の答えも時間の制約を受けた。そのためか、質問も具体的な計画内容に対するものが大方となり、特に小諸新校の審査では、コンペで案を選んでいるような印象を抱いた。

 現実には難しいのかもしれないが、審査を2日に分けてキャラバンのように審査会場を移動すれば、ある程度、時間の余裕を持ちながら、地域へのPRもできるのではないだろうか。

 審査当日の結果発表直後、マスコミが赤松委員長にオンラインで合同インタビューする機会を得た。今回の審査で感じた疑問も含めて赤松委員長に聞いた。

――小諸新校の最適候補者の選定で決め手となったポイント、どこが高い評価を受けたのか、その辺りを教えてください。

赤松委員長 小諸新校の審査では非常に様々な議論がありました。最適候補者となった西澤奥山小坂森中JVは、学びの本質や個別的で多様な学びの場の在り方、さらにはそれがまちへも展開していくことまで多岐にわたって検討されていました。さらに、3科がどのようにここで融合していくのか。既存校舎と新しい校舎が一体となることで、音楽科だけではなく、普通科や商業科の生徒たちがまとまっていく連携まできちんと考えられており、非常に評価が高い提案でした。既存校舎の改修については、今後、議論が必要になると思います。

――次点となる候補者のコンテンポラリーズ+第一設計JVを、最適候補者が上回った絶対的な違いというのはどの辺にあるのでしょうか。

赤松委員長 コンテンポラリーズJVは、音楽科の新しい可能性を提示しており、小諸ストリートやステージ、音の小路(こみち)などによる「音の森プロジェクト」という提案はとても魅力的でした。さらに、出来上がったときの風景も印象的で、南側に面した生徒たちの居場所という観点からも評価は非常に高かったです。その半面、既存部分との連携について議論があった。

 音楽ホールなどが敷地の北側に配置されているので、既存校舎とは、内部空間でうまく行き来しにくかったり、かなり距離が離れてしまったりする。その部分が3科の融合を考えたとき、どうだろうかという点です。そこが一番、最適候補者との違いとして議論されました。コンテンポラリーズJVは、地域との連携についてもとても丁寧に考えており、非常に評価は高かったのですが、新旧校舎の連携が、決定的に最適候補者と違っていた部分だと思います。

――今回の審査で地域連携が評価に占めるウエート、同じく建物のファサードやデザインが評価に占めるウエートはどんなものか教えてください。

赤松委員長 地域連携に関してはとても重要なポイントでした。その地域とのつながりに加えて、既存校舎とのネットワークという2点は、評価の中で相当議論されました。エレベーションであるとか建物のデザインという部分ももちろん議論はしましたが、その建築の空間がどのように生徒たちの生活、学びに対して、様々な場をつくっていけるか。さらには、柔軟性といいますか、これから基本計画を進めていく中で、いろいろと議論を経て変わっていく部分があると思うのですが、そういった検討に対応できるのかまで踏まえて、最適候補者のプレゼンテーションの中に可能性を感じたということです。

――同様に、伊那新校で最適候補者を選んだ決め手のポイント、評価するに至ったところなどを教えてください。

赤松委員長 伊那新校の審査もとても難しいものでした。最適候補者の暮らしと建築社・みかんぐみJVは、伊那のまちのこの場所に、どういう学びの場があるべきなのか、1つの建築、高校をつくるという域を超えて考えられていた。教育を超えたライフサイクル、つまり、伊那というまちのこれから先について、自然環境を含めて考えが及んでいる。地域の特性を熟知しているからこそだと思います。それは、学校林に関しての提案であったり、伊那の人自体の学びにつながるといった考えだったりします。地域とともに新しい学びの場をつくっていくことのできるチームなのではないかと議論をしました。

――次点となる候補者のSALHAUSとの決定的な違いはどこにあったのでしょうか。また審査員の皆さんの満場一致で最適候補者は決まったのですか。

赤松委員長 審査の最後は、この2者のどちらを最適候補者に選ぶかという議論になりました。最終的には満場一致で最適候補者が決まった形にはなります。けれどもSALHAUSの提案は計画的にも非常によく考えられていて、かなり理想的な学校の計画であったことは間違いないと思います。本当に力のある人たちだということも改めて認識しました。

 一方、最適候補者の暮らしと建築社JVには、この伊那の場所をどうしていくのか、どのようにこの場に人々が関わっていくのかという問題意識といいますか、人々の心を動かしていく切実な思いといったものが感じられました。学校林の使い方やプランニングなど、まだまだ検討しなければいけない課題が多くありますが、このチーム体制の中で乗り越えていっていただけるのではないかと捉えました。またNSDとして新しい学校づくりのプロセスそのものの在り方といった意味からも、審査委員会としては、この方たちにかけてみようと思った、という面もあります。(森清)

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