11月26日にオープンした伊東豊雄氏の新作「茨木市文化・子育て複合施設 おにクル」を見てきた。人づてに何やらすごいものができたと聞いていたのだが、オープンして2週間たっても建築的な情報がほとんど流れてこない。ならばBUNGAの出番、と行ってきた。

結論から言うと、「何やらすごい」ではなく、確実にすごい建築だった。筆者のような50代以上の建築関係者は、きっと伊東氏が設計した「せんだいメディアテーク」(2000年竣工)を思い起こすと思う。あれが出来上がったとき、大きな感動と共にどこかで感じた“スッキリしない感”が、四半世紀を経てここで解消される感じがするのだ。
詳しい解説は建築専門誌に任せるとして、ここでは写真中心にざっとリポートする。

おにクルはJR茨木駅と阪急茨木市駅の中間の位置にある(大阪府茨木市駅前三丁目9番45号)。いずれの駅からも徒歩約10分。茨木市役所の目の前だ。

地上7階建て、延べ面積約2万m2。外部仕上げはほぼコンクリート打ち放しで、スラブと柱を強調したデザインは“リアル・ドミノシステム”という印象。ただ、それほど強い主張はなく、何も知らずに来たら、市役所の分庁舎かなと思うかもしれない。
この抑えた外観はギャップ萌えを狙ったのだろうか。中に足を一歩踏み入れると、「おおっ」と声が出る。

真ん中にどーんと円形の吹き抜けがあり、7フロア全体がワンルームに近い。吹き抜けに架かるエスカレーターは並行・折り返しではなく交差している。パリのシャルル・ド・ゴール空港を積層したような感じで、吸い込まれるような上昇感。この吹き抜けは「縦の道」と名付けられた。
複合のカギは”図書館の解体”
ざっと、こんな機能が入っている。
<1階>
★エントランス広場・オープンギャラリー
★縦の道
★調理実習室
★きたしんホール(定員245人)
★屋内こども広場 まちなかの森 もっくる
★芝生広場・大屋根広場
★ティ・コ・ラッテ Terrace店
<中2階>
★一時保育室
★おにクルオフィス
★ロッカー
★共創推進課
<2階>
★子育て世代包括支援センター
★子育てフリースペース わっくる
★健診ルーム
★えほん広場・おはなしのいえ
★大屋根テラス


<3階>
★アートライブラリー
★リハーサル室・多目的室
<4階>
★ホールホワイエ
★ゴウダホール(1201席)


<5階>
★おにクルぶっくぱーく
★読書テラス
<6階>
★おにクルぶっくぱーく


<7階>
★市民活動センター きゃぱす
★市民交流スペース
★コワーキングスペース・テラス
★屋上広場
★交流ホワイエ
★きたしんプラネタリウム
★会議室
★和室
とにかく各機能間の複合ぶり、ボーダレスぶりがすごい。




ひとつには、同一フロア内の仕切り壁が少ない。利用者を見ても、何のために来た人なのか判別できない。テラスにも自由に出られる。

ただ、それだけならば最近の複合施設では珍しくない。この施設のカギは、図書館の機能が各階に分散されていることだ。
図書館のメインは5〜6階だが、2階は子ども向け、3階はアート系、7階は宇宙、という具合に、各フロアに関係する本を「縦の道」の近くに置いている。本を読みに来た人が実際の活動に触れる、あるいはその逆もあるだろう。ツタヤ書店がすでに平面的には似たようなことをやっているが、それを縦にバラした形だ。



「縦の道」の視覚的インパクトは、「一体この先は何があるのだろう」と、利用者を上まで引き上げるポンプの役割を果たす。


実際、7階にもたくさんの人がいた↓。経験上、コミュニティ施設の上の方って、ほとんど人がいないものだ。

せんだいメディアテークの「何くそ」が出発点?
冒頭のせんだいメディアテークの話に戻ると、公開コンペの募集時(1995年)、審査委員長の磯崎新氏は新しい時代の文化の複合を「メディアテーク」と名付けた。普通ならば「仙台市図書館等複合施設公開設計競技」だろう。「メディアテーク」とすることで問い掛けのハードルが全く違う。当時20代だった筆者は「すげえな、磯崎新」と思ったものだ。
当選した伊東氏の案は、波打つチューブ群という構造・設備の新しい表現で圧倒的なインパクトだった。誰が見ても1等だった。完成した建築も期待を裏切らなかった。筆者が前職(日経アーキテクチュア)時代に企画した「平成の10大建築」の第1位にも選ばれた(こちらの記事)。だが、その一方で、「あれがメディアテークの答えなの?」と感じていた人も少なくなかっただろう。筆者もその1人で、筆者が思ったくらいだから、たぶん伊東氏に直接言った人もいたと思う。
以前にも書いたが、伊東氏は「何くそ」という感情を次につなげる人である。
伊東氏は四半世紀も心の奥底で燃やし続けていた「何くそ」を、ここで返してみせた。この空間構成は、アイデアとしては思いついたとしても、発注者が共感しないと実現しない。きっと、発注者がこういうことに乗ってくる社会になるまでに四半世紀かかったということなのだろう。



筆者はこの施設を勝手に「令和のメディアテーク」と呼びたい。「子育てがメディア?」と言う人もいるかもしれないが、今の時代、子育てする人たちこそが最大の発信者だと思う。大阪方面に行く人は必見だ。(宮沢洋)