京都・岡崎の「細見美術館」は大江匡“和の時代”の卒業設計?──大江匡氏を偲ぶ02

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 建築家の大江匡(ただす)氏の一周忌を前に、大江氏の初期の建築を訪ねる。第2回は京都市左京区岡崎にある「細見美術館」だ。

(写真:特記以外は宮沢洋)

 プランテックアソシエイツ代表取締役会長兼社長(当時)の大江匡氏が急逝してもうすぐ1年がたつ。亡くなったのは2020年1月31日。享年65歳。この細見美術館は1997年、大江氏が43歳のときに完成した(開館は98年3月)。大江氏が“新しい和”の表現に取り組んだ時代のほぼ最後のもので、私(宮沢)は“和の時代の卒業設計”ではないかと思っている。

 場所は、平安神宮のすぐ近く。前川國男が設計した京都会館(1960年、現・ロームシアター京都、下の写真の右側)の西隣だ。

 細見家三代が収集した日本美術のコレクションを展示する民間美術館である。茶系のプラスターをくし引きで仕上げた外壁と、京都会館方向に約8m片持ちで伸びる屋根が目印だ。

下に向かって広がる空間

 外から見ると、やや大きめの住宅くらいの大きさだが、敷地内に入るとその広がりに驚く。鉄筋コンクリート造、地上3階・地下2階。印象としては、地下の方がずっと大きく感じる。日影規制を避けつつ高さを10m未満に抑え、容積の半分を地下に埋めた。そして大きな地下の広場(サンクンガーデン)を取り巻く形に諸室を配置した。

 展示室は敷地の南側に固めた。1階から展示室に入り、1階を見たらいったんサンクンガーデンを見下ろす外部階段(上の写真の左側)を下りて、地下1階の展示室に入る。そこを見たら、同じように外部階段を下りて地下2階へ…という具合に、らせん状にぐるぐる下に降りていく動線だ。

 地下2階には、ショップやレストランもある。今回訪れたのは冬なので、レストラン前には風を遮るためシート屋根が架かっていたが、気候のいいときには見上げれば青空が広がる。プランテックから竣工写真をお借りした。

(写真:小林浩志)

 地下2階とは思えない開放感だ。

 館を出るときには、北側の階段かエレベーターで地上に上る。サンクンガーデンをあらゆる高さ、方向から見せる。初期の安藤忠雄氏の建築を思わせる迷宮感があり、階段を上るのも楽しい。

片持ち屋根の理由は…

 私は見たことがないのだが、3階には茶室がある。茶室は数寄屋の名匠、中村外二(1906~97年)の作だ。茶室の前庭は瓦敷きで、水を張って池にすることもできる。

(写真:小林浩志)
(写真:小林浩志)

 外観を見ると、8m片持ちの屋根が大げさにも見えるが、上の写真を見ると、茶室から東山や京都会館の景色を横長に切り取るためであることが分かる。粋な演出だ。茶室はイベント時には見ることができる。

 実によく考えられた建築だ。大江氏は、「和はこれでやり切った」と思ったのではないか。大江氏はこの建築が完成する数年前から、参天製薬の研究所や工場など、生産施設の仕事を多数手掛けるようになっていた。そして、この翌年の1998年には東京・渋谷にパチンコ機大手であるSANKYOの本社ビルが完成する。以後、「和」を口にすることはほとんどなくなる。

 大江匡氏といえば、大型オフィスや生産施設しか思い浮かばない人にはぜひ見てほしい建築である。(宮沢洋)

細見美術館の公式サイトはこちら

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大江匡氏(写真:プランテックアソシエイツ)