ロンドン在住の若手建築家ユニット、PAN-PROJECTSに3回にわたってロンドンの注目建築をリポートしてもらう。2回目となる今回、八木祐理子氏と高田一正氏がピックアップしてくれたのは、運河を行き来するボート、運河にかかる橋だ。ともに可動装置を持ち、驚きのある空間を生み出している。(ここまでBUNGA NET編集部)
夏至も近づき、ロンドンも天気の良い日が増えてきた。この時期になると私たちはよく運河沿いを散歩する。そんな私たちの散歩ルートに現れるプロジェクトを今回は紹介したい。
ロンドンには運河が多く存在する。かつて産業を支える貨物の動線として活発に使われていたが、今日、その風景は変わりつつある。ボートハウスで運河を移動しながら暮らす人々、天気の良い日に散歩する人々のにぎわい、現在のロンドンの運河沿いはレジャーや芸術、文化活動のスポットとして変化してきている。そして、そこに付随する建築も新たな運河のシンボルとして、ユニークなプロジェクトが点在する。今回紹介するプロジェクトは、かつて都市の大動脈であった運河の上を動き回る、ひとつの様相、ひとつの場所に留まらない自由な建築である。
イベントスペースをボート上に——Thomas Randall-Pageと Benedetta Rogersによる「AirDraft」
イーストロンドンにある私たちのスタジオからすぐ、いつも多くの人々が行き交う人気の散歩道リージェンツ運河には遠くからでも目に入る特徴的なオレンジ色の物体が浮かんでいる。
この運河沿いは、かつて産業でにぎわっていた様子を今でもうかがえる倉庫も多く、それら工業的な素材や色味の中でオレンジ色は一際目立っている。色に引かれて近づいてみると、ボートの上に風船が載っているような建築「AirDraft」に出会った。


AirDraftは1930年代の貨物ボートを再利用して生まれたプロジェクトだ。このボートはかつて運河内で重たい貨物を載せ、運びまわっていた。現在は、その鋼鉄製のボートの上に、軽く、弾むように楽しげな空間を収めている。
ロンドンの運河では、ボートを2週間に1度移動することで自由に運河内で停泊することが可能である。
「AirDraft」も自由に移動し続けるために、古い橋の下を通れる高さ制限をクリアしつつも、イベントスペースとして多くの人々を内包することができる大空間をつくり出す必要があった。
そして生まれたのが、風船のように空気によって膨らむ建築である。AirDraftは最小限の材料で大きな空間をつくるということ、そして布を膨らませたり縮めたりするというパフォーマティブな性質が、まさにイベントスペースとして最適なつくりや印象を与えている。
内部の様子。床も空気によって膨らましている
(写真:Jim Stevenson)既存ボートと上部膜の間にはスリット窓のように透明なテキスタイルが使われている(写真:Jim Stevenson)
軽やかで楽しげな場所をつくり出している膜構造は2層構造となっており、下側の膜が床を、そして上側の膜が雨や風から人々を守るシェルターとなる。
AirDraftは、建築でありボートでもある。AirDraft自体が様々なイベントを受け入れるポップアップ的な場所となるだけでなく、運河のほとりに点在する草の根的な芸術機関や文化拠点を巡り、運河沿いの既存の小さな会場と提携し、より大きなイベントを開催することを可能としている。
かつての産業を思い起こさせる、重たく強そうな鋼鉄製のベース(船体)と、それに相反する上部の風船のような空間。この2つが交じりあう姿は、過去の産業のための場所であった運河の風景、そして機能が変化してきていることを伝えているように感じる。


レールの上を回りながら橋が移動——Thomas Randall-Pageによる「Cody Dock Rolling Bridge」
AirDraftから少し離れた別の場所にも、ロンドンの運河の新しい風景をつくる“建築”がある。
歩行者や自転車利用者が運河沿いを回遊路のように利用する際、途切れること無くアクセスするには廃墟となったドックが障害となってしまい、心地よかった散歩道が中断されてしまうことがある。そのような障害に文字通り橋をかけ、人々の回遊と活動をつなげたプロジェクトが「Cody Dock Rolling Bridge」だ。


この橋がかけられた「Cody Dock」は元工業用の巨大なドックであった。いまだ周囲には工業地帯が残るエリアだが、近年様々なアーティストがスタジオを構えるなどして、かつての産業、そして一度廃墟となった歴史を乗り越えて現在は創造的なコミュニティエリアへと変化してきている。
ローカルな雰囲気、静かな周囲、またロンドンで一番安い(と私たちは思っている)カフェがあるので、ウオーキングやサイクリングの寄り道にはぴったりなエリアだ。
そんなエリアのセンターピースとも言えるこの橋だが、気に留めていないとそのシンプルな外観から見逃してしまいそうになる。しかし一度橋の上で立ち止まり運河を覗き込むと、この橋がいかにユニークで遊び心があり、魅力的であるのかに気づき感銘を受ける。
先ほどのAirDraft同様、ボートハウスなど様々なボートが現在も頻繁に通るロンドンの運河では、橋の開閉が多様な方法で頻繁に行われている。扉のように開く橋、上部にダイナミックに開く橋、スライドして収納されるように開く橋。このような多種多様な橋の開き方があるなか、Rolling Bridgeは名前の通り、転がりながら橋を開閉する。
覗き込んだ運河の側面には起伏のあるレールが敷かれており、橋のフレームに付く歯車のような形をした部分がかみ合わさり、この橋は180度回転する。コロコロと転がりながら、人を通す橋としての役割と船を通すゲートとしての役割を行き来する。
上部のフレームの歯と壁面のレールがかみ合う
(写真:Guy Archard)上部のフレームには歯車の歯のようなピースが取り付けられている(写真:Guy Archard)
また驚いたのは、総重量13トンあるこの橋を回転させるために、モーターや電気など一切必要ないということだ。橋につながった一本のワイヤとハンドウィンチのみで回転させることができるという。フレーム上部には廃材や廃コンクリートの粉砕片が入れられ、歩行者が通るデッキの重量とバランスを取っている。この絶妙な重心のバランス、そして回転時に重心が水平に移動するレールの形状により、人の手一つでの橋の回転を可能としている。
「Cody Dock Rolling Bridge」はシンプルな立ち姿であるからこそ、橋自体が回転する様子はとても楽しげで、ここを訪れる人々の記憶に残る瞬間になっている。

レールの終わりから出る一本のワイヤのみで柱は引っ張られ回転する(写真:PAN- PROJECTS) 可動用のワイヤ全体を見る (写真:PAN- PROJECTS)
「AirDraft」、そして「Cody Dock Rolling Bridge」は、ロンドンの変わりゆく運河沿いの中で、この新しい変化を象徴するプロジェクトであるように思う。運河を漂い、運河の上を転がり続ける様子から私たちが感じた楽しげで活動的なイメージは、まさに今後ロンドンの運河が向かっていく新たな風景なのかもしれない。
[AirDraft 概要]
所在地:53, 55 Laburnum St, London E2 8BD, United Kingdomによく停泊している
設計者:Thomas Randall-Page, Benedetta Rogers
完成時期:2018年
行き方:Overground線のHoxton駅より徒歩10分
[Cody Dock Rolling Bridge 概要]
所在地:Cody Dock, London E16 4TL, United Kingdom
設計者:Thomas Randall-Page
完成時期:2022年
行き方:DLR線のStar Lane駅より徒歩15分

(写真:PAN-PROJECTS)
PAN-PROJECTS:2017年に八木祐理子氏と高田一正氏がコペンハーゲン(DK)で共同設立 。19年よりロンドン(UK)へ拠点を移し世界的に活動を展開する。多様性のある社会を盛り立て、推し進める建築の在り方を目指し、建築設計を主軸とし、アートインスタレーション、プロダクトデザインなど多岐にわたるプロジェクトを手掛ける。www.pan-projects.com
※本連載は月に1度、掲載の予定です。