陸前高田「みんなの家」が惣菜店で新たなスタート、金獅子賞の空間でイートイン

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 陸前高田の「復興建築スタンプラリー」の記事(震災から10年、陸前高田は隈・伊東・内藤・丹下で「建築観光」にも注力)を書いたのは1年半前のこと。新たに内藤廣氏設計の陸前高田市立博物館がオープンしたということで陸前高田を再訪。それについては他のメディアの依頼で見に行ったので詳しくは書けないのだが、まだ報道されていない別の建築ネタに出会った。これである。

(写真:宮沢洋)

 おお、陸前高田の「みんなの家」、移築されていたのか。

 当初のみんなの家は、東日本大震災後に「人が集う場所」になることを目指して陸前高田市内に建設された。設計は伊東豊雄、乾久美子、平田晃久、藤本壮介の4氏による共同設計。震災翌年の2012年11月に完成した。

 以下は、設計者の1人である乾久美子氏の事務所のサイトから引用(太字部)。

 津波により立ち枯れした杉でつくる「みんなの家」 東日本大震災の被災地、陸前高田市内に建設された集会所です。4人の建築家による共同設計で、津波の塩害で立ち枯れしたスギの丸太19本を柱にして、階段をらせん状に外周を回すように設置した木造2階建ての建築です。キッチンのある土間スペースや縁側での団欒の時間や、最上部の物見台からの陸前高田の町や太平洋の眺めを共有することで、地域の方々だけでなく、この地域を訪れる方々に広く開かれたコモンズとなることが目指されました。

 第13回 ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展では、この設計・建設プロセスを展示した日本館が最高賞の「金獅子賞」を受賞。国際的にも注目を集めた。

 だが、2016年に復興工事(盛り土による嵩上げ)のため解体された。部材は保存されたものの、再建方法は決まっていなかった。それが場所を変えて、新市街地の中心部にある惣菜店「おかず屋和笑輪(わわわ)」の隣に再建されたのだ。

 再建されたこの建物、まだ使われていないようだ。近くで見てみると、惣菜店の「隣に建つ」というより、ほぼくっついている。

 これはもしかして「惣菜店の一部?」と思い、ちょうど小腹も空いていたので、おにぎりなどを買いつつ、店の方に尋ねる。「あれはみんなの家ですよね? この店の一部になったんですか?」。すると、その方は、オーナーの橋詰真司さんで、「そうなんです!」と即答。ありがたいことに中を見せてくれた。

 橋詰さんによると、市の土地に惣菜店を建てることになった橋詰さんが、みんなの家の再建先が決まっていないことを知り、店舗に連続する形で建てることを決断したのだという。みんなの家と連続性が出るように、店舗の設計は平田晃久氏に依頼した。

 みんなの家部分はまだ準備が整っていないが、遠からずイートインスペースとして使い始める見込み。従来のように市民の集まりにも開放したいという。

 参考までに、私が食べた炊き込みおにぎりはめちゃめちゃ美味しかった。きっと他の惣菜もこのレベルで美味しいと思われる。ここで、惣菜を食べながら一休みは贅沢な時間だ。

周辺の建築密度がすごい

 そして、有名建築の密集度がすごい。下の写真を見てほしい。先行して移築された伊東豊雄氏設計の️「交流施設 ほんまるの家」(旧SUMIKAパヴィリオン)とは、道路を挟んではす向かいの関係。

写真右奥にみんなの家と 陸前高田市立博物館が見える

 私が本来の仕事で行った陸前高田市立博物館からは徒歩1分ほど。隈研吾氏設計の「まちの縁側」からは徒歩2分。
こんな至近距離に有名建築が集まっている濃密建築エリアは、東京の表参道くらいでは?

 冒頭のスタンプラリーのスタンプは、まだ陸前高田市立博物館もみんなの家もできていなかった。残念。スタンプができたら、また行かなくちゃ。(宮沢洋)