杉前堂01:こだわり金物でおなじみ「堀商店」が移転、新橋のレトロビルはどうなる?

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日々新しくつくられる建築もあれば、消えてゆく建築もある。このコラムでは、文筆家の杉前政樹氏が、惜しまれつつも役割を終えて解体されたり、姿を変えたりしてしまう建築を取りあげていきます。第1回は東京・新橋の「堀商店」ビル。現在のショールームは9月25日(金)までです。

(写真:杉前政樹、以下同じ)

 新橋駅の喧騒から虎ノ門方向に少し歩くと、交差点の角地にスクラッチタイル張りのレトロなビルが建っている。「堀商店」は創業1890年、錠前や建具金物の老舗で知られ、重厚感のある真鍮のドアノブや鋳鉄風の建具金物は、おそらくどこかで見たことがあるのではないだろうか。

https://www.hori-locks.co.jp/company_bilding.html

 この新橋の本社ビルは関東大震災後の昭和7年(1932年)に完成した。設計は公保敏夫とその実兄の小林正紹。公保については堀ビル以外の仕事がほとんど知られていないが、兄の小林は大蔵省や内務省の営繕課で活躍し、国会議事堂や神宮外苑絵画館の設計に携わっている。

 この堀ビルは、金物屋さんだけあって、細部が本当に美しい。単にレトロで「味がある」建物は都内にまだそこそこ残っているが、窓枠まわりの金具装飾をうっとり見入ってしまうような建物は、もはや都内では希少な存在ではないかと思う。

現ショールームは東新宿に移転

 内部はショールームになっていて、金物やドアハンドルの実物を手で触れて、使いごこちを試してみることができる。これが大変気持ちいいのである。

 真鍮のドアノブに触れたときのひやっとした感触。エレガントに磨き上げられたドアハンドルの優美な曲線。筆者は新橋近辺に用件があった折の時間つぶしに、よくこのショールームに足を運んでいた。ガウディのデザインしたドアノブのレプリカが展示されていたり、奥のほうには、世界の錠コレクションのコーナーがあり、西アフリカのドゴン族の木製錠とか、江戸時代の蝉型や茄子型をしたかわいい錠が置かれていたりとか、見どころたっぷりなのである。まさに新橋のオアシスであった。

 ところが先日、堀商店のホームページを見ると、9月28日から休業に入って、東新宿に移転して10月5日から業務を開始すると告知されているではないか。

https://www.hori-locks.co.jp/index.html

 「すわ、堀ビルも解体か! 」 居ても立ってもいられず、新橋に駆けつけたところ、解体ではなく、改修工事の告知が貼られていた。ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、店員の方から衝撃の事実を知らされる。改修が終わった後は、オフィスビルとして貸し出され、堀商店は東新宿から戻らないというのである。ああ、さようなら私の新橋のオアシス。

 東新宿でもショールームは続けるとのことだが、このレトロ建築にあるからこその雰囲気は失われてしまう。また、現在は金物やドアノブを直売しているのだが、東新宿では直売も辞めてしまうとのこと。引き出しのツマミや、動物や人形をかたどった壁フックなど、お手軽な値段で買えて、しかも本格感たっぷりの小物類がその場で買えなくなっていまうという。何とも惜しいことである。

 改修後のオフィスにはどんな会社が入るのか、現在は未定だそうだが、この素晴らしい建築に対して理解のある借主が、とりわけ一階の空間の魅力を生かすように(高級スーツの仕立て屋さんのようなテナントが入るのが理想的ですが)使い続けてくれることを願わずにはいられない。

 新橋の堀商店本社ショールームの営業は9月25日(金)まで。平日8:45~17:30、 土日祝祭日休業。東京都港区新橋2-5-2。

(杉前政樹=日曜文筆家)