池袋建築巡礼13:さすがレーモンド、折板構造が原色の帯に包まれる「カトリック豊島教会」

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 私(宮沢)が「池袋建築巡礼」というシリーズを始めた理由の一つに、この建築をちゃんと見てみたいということがあった。ようやくそれが実現した。想像以上の建築だった。アントニン・レーモンド(1888〜1976年)の設計で1956年に完成した「カトリック豊島教会」の聖堂である。

(写真:宮沢洋、以下も)
東京都豊島区長崎1-28-22

 場所は池袋駅西口から徒歩20分ほどの山手通り沿いだ(徒歩での最寄駅は西武線の椎名町駅か有楽町線の要町駅)。私はこの建物の前を車で数百回通っており、ずっと気になっていた。だが、敷地内に入ったことはなかった。

 2020年4月にBUNGA NETを立ち上げ、同時に「池袋建築巡礼」をスタートさせた。すぐにここの取材アポを取ろうと思ったが、コロナ拡大による緊急事態宣言で教会の礼拝は中止に。それからも時折、教会のサイトをのぞいてはいたものの、そのたびに使用を制限している様子が伝わってきたので、様子を見ていた。

 国の制限が解かれ、そろそろどうだろうと思ってサイトを調べていたとき、たまたまこの教会の見学会が実施されることを知った。「まちなかアート体験」が主催する「【見て学ぶ建築入門】フランク・ロイド・ライトからアントニン・レーモンドまで 豊島区の名建築:自由学園明日館・カトリック豊島教会」という講演会&見学会のイベントだ。企画者の木川るり子さん(まちなかアート体験代表)にお願いして、11月6日に開催される教会の見学会に参加させてもらった。

 木川さんは教会に併設されている幼稚園(聖パトリック幼稚園)の卒園生。豊島区国際アートカルチャー特命大使でもある木川さんが、「建物がアントニン・レーモンドによりつくられた素晴らしいものだという事を一人でも多くの地元の皆さんに知ってほしい」という想いで企画。教会と交渉して見学会を実現した。私はアポ取りの苦労をせずにそれに乗ったというわけで、木川さんに大感謝である。

 当日、現地を案内してくれたのは、建築史家の和田菜穂子さん(東京建築アクセスポイント代表理事、東京家政大学准教授)。贅沢なガイド付きで、いろいろ調べる手間がはぶける。

作品集では見たことがないツウ好みの建築

 冒頭に「想像以上の建築であった」と書いたのは、なめていたわけではなく、この教会に関する建築的な情報がほとんどないからである。私の知る限り、どのレーモンド作品集にも載っていない。真剣に調べれば何かには載っているのかもしれないが、これの少し前に完成した「聖アンセルモ目黒教会」(1954年竣工)があらゆる作品集に載っているのとは対照的だ。それでも、この建築をレーモンドが設計したことは間違いない。以前にレーモンド事務所OBの三沢浩氏がこれについて語っているのを読んだことがある。だから、ずっと気になっていた。

 前振りが長くなったが、その素晴らしさをリポートしよう。

 まずは、山手通り側(東側)の正面外観。ほぼ線対称の造形。切妻屋根の端部が折れて、水平になっている。「このピヨッと羽のように折れた形は、ライトが設計した自由学園明日館を連想させる」と和田さん。なるほど、そういう見方もできるか。なぜライトの建築を引き合いに出すかというと、もともとレーモンドはライトの助手として帝国ホテルの建設のために来日したからだ。このピヨッと折れた形の理由は後述する。

 入り口の庇は半円形。コンクリートスラブが薄い。端部でテーパー(勾配)をつけて薄く見せているのだろうか。現在では見ない薄さだ。

 私が二十年くらい前に知ったときから、建物は今のように白い外壁だった。だが、もともとはコンクリート打ち放しだったという。そのままだったらさぞや、とは思うものの、白く塗られても安っぽい感じはしない。それは正方形のグリッドが出目地の陰影によって浮かび上がるからだ。正方形による構成を見せたいという強い意志が伝わる。こういうひと手間が長い年月を経たときに建築の価値を分けるということがわかる。

いよいよ聖堂の中へ

 聖堂の中はこんなことになっていた。まずは祭壇を真正面から見る。

 内部は今もコンクリート打ち放しのまま。2階以上のコンクリートの壁は折板構造だ。1階は柱・梁と壁で支持されている。

 左右を見ると、折板の壁の祭壇側に色ガラスがはめられている。聖アンセルモ目黒教会も「ジグザク壁で祭壇側が開口部」だが、ガラスは色ガラスではない。

 色ガラスが、向かい合う壁を照らし、鮮やかな光の帯となる。こんな表現は初めてみた。自分で撮ってなんだが、いい写真。

 祭壇。側面と上部から色ガラスを介した光が差す。

聖水は、できた当時は入り口を入ったすぐの所に台があり、その上に大きな貝の中に入っていた。現在は祭壇の左側に見える丸い筒状のものが洗礼盤

 祭壇上部(塔屋の下)には現在、ガラスがはまっているが、これは当初はなかったという。施工した白石建設のサイトに当初の写真が載っていると聞き、調べてみると「聖パトリック教会」の名前で掲載されたモノクロ写真には確かにこのガラスはなかった(交差した梁はもとからある)。白石建設の当該ページはこちら。ちなみに白石建設は「聖アンセルモ教会」や「東京ゴルフ倶楽部クラブハウス」など、レーモンドの建築を数多く施工している。

 祭壇中央の天蓋はコンクリート製。シェル構造の上部が信じられないほど薄い。目視では10cmを切っているように見える。この薄さで鉄筋は入っているのだろうか。この天蓋だけでも、資料があれば1本記事が書けそうだ。

 入り口の脇にある円筒形の小部屋。現在は「泣き部屋(infants room)」と呼ばれる。ここにも色ガラス。

この部屋は、木川さんが通っていた当時は黒い柵で前面が覆われ、カギがかかるようになっていたという

 祭壇の脇にある小聖堂は、一転して開口部が障子。

敷地奥から見た外観もかっこいい!

 北西側から見た外観。こんな形だったのか。正面よりもこっちの方がダイナミックだ。

 和田さんが「ピヨッとした形の屋根」と言っていたのは、折板構造の上に切妻の屋根を無理なく着地させるためだったわけだ。

 この建築、1956年竣工なので当然、旧耐震の時代だが、耐震診断を行ったところ、大きな補強はほぼ必要がなかったという。

 西側にそびえる塔屋の周りを見ると、レーモンドがこの建築で正方形グリッドをデザインテーマに据えていたことがよくわかる。正方形は磯崎新氏の十八番と思っていたが、レーモンドもさすがのうまさだ。

 「作品集に載っていない」=「本人が納得いかない出来だった」と考えがちだが、どうもこの建築には載せない理由が別にあった気がする。レーモンド作品として、何らおかしくないクオリティーだ。これからレーモンドを研究する人は、レーモンド史に堂々と加えてほしい。

 とはいうもの、信者でない人はこういう見学会でもない限り、中を見る機会がない。しかし、朗報である。過去2年はコロナで行われていなかった「ウィンターコンサート」が、今年は12月4日(日)15時からここで開催される。演奏は、コンセール・リベルテ・オルケストル・ドウアルモニー吹奏楽団。入場無料で、150人まで。興味のある方は教会のサイトを確認してほしい。

 そして、案内してくれた和田さん、改めてありがとうございました。お礼に近著の宣伝をしておきます!(宮沢洋)

和田さんの近著『山手線の名建築さんぽ』。エクスナレッジ刊、1800円+税。このカトリック豊島教会は、山手線から距離があるからか載っていないけれど、自由学園明日館は詳しく載っている。詳細はこちら

和田菜穂子さん。建築史家・博士(学術)。新潟生まれ。東京建築アクセスポイント代表理事、東京家政大学准教授。慶應義塾大学大学院修了。神奈川県立近代美術館、コペンハーゲン大学、東北芸術工科大学、東京藝術大学、慶應義塾大学等に勤務。大学教育と並行して、建築やアートに関する国際展や国際アートプロジェクトに従事。「東京建築アクセスポポイント」による建築ガイドツアー、こども向けワークショップ、品川区主催の建物公開イベント「オープンしなけん」など多数企画。主な著書に『北欧モダンハウス』( 学芸出版社)、『北欧建築紀行』( 山川出版社)、『アルヴァ・アアルト もうひとつの自然』(国書刊行会)など。なお、カトリック目黒教会(聖アンセルモ教会)は11月26日に開催される建築公開イベント「オープンしなけん2022」(主催:品川区、企画協力:東京建築アクセスポイント)で13:30~16:00に特別公開されます