「素材」が建築をつくり、建築が「素材」をつくる──山梨知彦連載「建築の誕生」08

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 建築と素材は、密接な関係にある。

<写真1>後述する「レサのスイミングプール」(設計:アルヴァロ・シザ)。岩盤と一体となった最小限のコンクリートの歩道と塀の素材感が魅力的(写真:山梨知彦、以下も)

 ギザのピラミッドやアテネのパルテノン神殿は、石が主要な構造体と仕上げ材として使われており、その素材の特性が建築に影響を与えている。一方、古代ローマの建築は、一見石造に見えるが主要な構造体はローマンコンクリートであり、これが壮大な内部空間や大スパンを可能にしている。パンテオンの大ドームやコロッセオの巨大な空間は、ローマンコンクリートという素材の性能を最大限に活用した例といえるだろう。

 モダニズム建築では、鉄、コンクリート、ガラスが中心的な役割を果たしている。アドルフ・ロースは「モダニズム建築を構成する材料は、鉄とコンクリートとガラスである」と宣言し、その後のモダニズム建築や現代建築もこれを踏襲している。特に、摩天楼や超高層建築は、これらの素材なしには存在しえなかったであろう。

 このように、素材がもたらす特性によって建築は大きくその姿を変える。建築と素材は、時代や文化を超えて緊密な関係を保っている。

まずは「生産性」と「経済性」から素材を考える

 なぜ特定の建築に特定の素材が採用されたのか。

 上述の通り、建築と素材の関係は、多くの場合、経済の観点から説明されている。また現代社会において、建築プロジェクトは大規模な経済イベントと見なされることが多い。この前提から、素材が選ばれる基準として重要なのは「生産性」と「経済性」ということになってくる。
 
 例えば、ギザのピラミッドは主に石灰岩で作られているのだが、この選択はギザ周辺で大量に石灰岩が産出されて経済的であり、加工が容易で生産性が高いという具合に説明されている。
 
 モダニズム建築で、鉄、コンクリート、ガラスが多用される理由も、産業革命以降、これらの素材が大量生産可能となり、コストが低減したからであるとされている。例えば鉄は、産業革命以前は大量生産ができず高価で壊れやすかったが、産業革命期に新しい精錬や加工方法が開発され、建築分野での採用が増えていった。コンクリートに関して言えば、古代ローマ時代には、ローマンコンクリートが開発され使われていたが、産業革命期には現在使用されているポルトランド・セメントと、それに鉄筋を加えた「鉄筋コンクリート」が登場した。鉄筋コンクリートは強度が高く、多様な形状を作ることができるため生産性が高く、大量生産も可能でコストも比較的低いため経済性も高い。ゆえにモダニズム建築に広く採用されるに至った。

 一般に、建築と素材の関係は以上のように説明される。この「生産性」と「経済性」による素材の選択は、我々が日常生活で感じる経済の制約によく合致している。そして、さらに、ここで前提となっているのは、まず素材が存在し、その後に建築が生まれる、すなわち石があってピラミッドが作られ、鉄・コンクリート・ガラスがあってモダニズム建築が誕生したという一方的な関係性である。

続いて、「希少性」や「意匠性」から素材を考える

 建築が完成した後に振り返ってその建築と素材の関係を考察する場合、先述のような説明も一定の説得力を有する。しかし、特に創造のプロセスにおいて建築と素材の関係を考えたとき、これだけでは不十分であると僕は考える。

 例えば、ギザのピラミッドにおいては「ターラ石灰岩」という、きめ細かい結晶質の石灰岩が厳選され、外部仕上げに用いられている。その選定理由は、太陽光を受けて白く輝く外観を作り出す目的があったとされている。すなわち、建築家が最持っていたビジョンが先行し、そのビジョンを具現化するために「希少価値」や「意匠性」という生産性や経済性とは一線を画す価値観から、素材が選ばれているのだ。

 次に、モダニズム建築とガラスの関係を考えてみよう。注目すべきはロンドン万博のクリスタルパレス。建設されたのは1851年、ガラスはまだ高価な手工芸品に近い存在の時代であった。1922年、ミース・ファン・デル・ローエによるガラスの摩天楼計画が描かれたが、品質の安定したフロートガラスが発明されたのは1950年代になってからであり、その後、総ガラスビルが急増しだした。この事実は、品質の高いフラットなガラスに対する憧れがまず新しい建築形態を生み、それを具現化する素材が生み出される原動力となった例といえるのではなかろうか。

「素材」の現代的なテーマ

 いささか大げさな例であったかもしれないが、僕たちが日々手がけるごく普通の建物においても、生産性や経済性だけでなく、希少性や意匠性といった側面からも素材が選ばれていることは、しばしばある。また現代では、環境保全やエンボディードカーボンの最小化といった新しい観点からの素材選びが、建築デザインのテーマにもなってきているため、こうした視点からも材料を選択するケースが増えつつある。昨今隆盛の大型都市建築における木材の利用はその代表例といえるだろう。

 建築は大きな経済的イベントであり、そこで使われる素材には生産性や経済性が重視される。しかし、それだけではない。建築のコンセプトが先行し、次にそれを具現化する材料が選ばれるプロセスもまた重要であると指摘したい。つまり、素材の生産性や経済性といった側面と、希少性や意匠性、さらには環境への影響といった側面が複雑に絡み合いながら、建築が誕生する。素材と建築の関係において、このような多角的なフィードバックが大切であると僕は考える。

ズントーの「ヴァルスの温泉」

 ここでは、僕自身が触発されこうした問題意識を持つに至った、素材と密接な関係を持つ二つの建築を紹介する。

<写真2>ヴァルスの温泉の外観

 最初の例は、ピーター・ズントーの「ヴァルスの温泉」である。ズントーの作品からは、彼の素材に対する深い関心が明白に感じられる。実際、ズントー自身が以下のようにその重要性を説明している。

 「私が建築を始めるとき、最初に考えるのは素材感である。建築とは、紙(ドローイング)でも形でもなく、空間と素材が重要であると考えている。」

 ヴァルスの温泉は、スイスの山間部にあるヴァルスという小さな村の温浴施設である。この施設は鉄筋コンクリート造りだが、内部と外観は、地元で採れる灰緑色のヴァルサー石灰岩で仕上げられている。施設に実際に足を運んでみると、その素材感やデザインも卓越しているが、施設へ続く道の途中で見る風景や、地形自体がこの石から出来ていて、この石材をこの建築の素材として選択したことが必然であったという物語を形作っている。
具体的な体験に迫ってみよう。

・多くの訪問者は、イルンツ近くから車で山道を登ってヴァルスに到達する。
・道沿いのヴォルダーライン川や削り取られた山肌にも、その印象的な灰緑色のヴァルサー石灰岩が見られる。
・ヴァルスに近づくと、その石灰岩の色合いが変わり、施設との出会いへの期待が高まる。

<写真3>ヴァルスに向かう山道。削り取られた山肌から、ヴァルサー石灰岩が顔を出し、来訪者を迎えてくれる。

 このように、施設へのアプローチ自体が石材の選択が正当であると説明している。施設を訪れた人々は、この経験を通じて、施設が地元の素材で形成されていることに気づくはずである。ヴァルスの温泉という建築が誕生したことで、周囲の「ありふれた」石灰岩が「ヴァルサー石灰岩」として新たな存在感を持つようになったのである。

シザの「レサのスイミングプール」

 二つ目の例は、ポルトガルの巨匠、アルヴァロ・シザが設計した「レサのスイミングプール」である。この施設はポルト市中心からわずか10km圏内の海岸沿いに位置する。敷地の地形と岩盤を活かした設計で、建物は道路からほとんど目立たない。目を引くのは、自然の岩盤を活用したプールである。

<写真4>レサのスイミングプール。岩盤に僅かな堰を加えることで造られたプール

 こちらの建築では、構造体すらも岩盤をベースに、必要最低限のコンクリートと木材が加えられただけで形作られている。

<写真5>レサのスイミングプール。最小限に加えられたコンクリートの部材も、既存の岩盤と見事に融和して、独特の美観を放っている

 訪れた時期はシーズン直前で施設は閉鎖されていたが、メンテナンス中だったため特別に内部を見学することができた。車を道路沿いに停め、スロープを降りて建物を抜けると、前面には海が広がり、波で洗われている岩盤がコンクリートの堰で区切られてプールとなっていた。ただそれだけの建築なのだが、このプールはコンクリートと自然の岩盤が見事に一体化して独特な存在感を呈していた。

<写真7>レサのスイミングプール。海側より、道路側に据えられた施設を見る。施設の後ろにはすぐ車道がある
<写真8>レサのスイミングプール。歩道から、海岸を見る。右側が施設で、左側が海

 小規模であるにもかかわらず、飽きることもなく数時間もその場に留まってしまった。その魅力は、間違いなく素材に起因するものである。ここでは、コンクリートや木材、そして岩盤が一体となり、新たな素材の可能性を引き出している。この建築は、素材によって新しい感覚を生み出している。この建築と素材との関係性は、単に生産性や経済性から説明できるものではない。素材の独特な対話から、斬新でいながら心地よい建築が生まれている。

素材と建築の新しい関係

 ここで取り上げた二つの建築から得た「素材と建築」の関係性を以下のように整理してみた。

・素材は生産性や経済性だけでなく、建築と一体となり独自の価値を生み出す。
・素材は建築に先行するだけでなく、建築の創造によって新しい素材も生まれうる。
・最終的に目指すべきは、以上の要点を融合し、社会的なテーマや課題に対応する新しい建築と素材を創出することにある。

次回は、このテーマを別の角度から見て、「素材設計」について考察してみたいと思う。

山梨知彦(やまなしともひこ):1960年生まれ。1984年東京藝術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院都市工学専攻課程修了、日建設計に入社。現在、チーフデザインオフィサー、常務執行役員。建築設計の実務を通して、環境建築やBIMやデジタルデザインの実践を行っているほか、木材会館などの設計を通じて、「都市建築における木材の復権」を提唱している。日本建築学会賞、グッドデザイン賞、東京建築賞などの審査員も務めている。代表作に「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「NBF大崎ビル(ソニーシティ大崎)」「三井住友銀行本店ビル」「ラゾーナ川崎東芝ビル」「桐朋学園大学調布キャンパス1号館」「On the water」「長崎県庁舎」ほか。受賞 「RIBA Award for International Excellence(桐朋学園大学調布キャンパス1号館)「Mipim Asia(木材会館)」、「日本建築大賞(ホキ美術館)」、「日本建築学会作品賞(NBF大崎ビル、桐朋学園大学調布キャンパス1号館)」、「BCS賞(飯田橋ファーストビル、ホキ美術館、木材会館、NBF大崎ビルにて受賞)」ほか。

※本連載は月に1度、掲載の予定です。これまでの記事はこちら↓。

(ビジュアル制作:山梨知彦)