なぜカーテン天井? 没後40年「村野藤吾と八ヶ岳美術館」展で“肝心なこと”の答えを探す

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 村野藤吾が晩年に設計した「八ヶ岳美術館」(1980年開館)で、「没後40年建築展『建築家 村野藤吾と八ヶ岳美術館』」が4月1日から6月2日まで開催中だ。新緑の空気を味わいがてら見に行ってきた。

ここに来るだけで気持ちがいい(写真:宮沢洋)
村野藤吾展を開催中の企画展示室

 八ヶ岳美術館は信州の原村・八ヶ岳山麓に立つ。文化功労者で日本芸術院会員であった原村出身の彫刻家・清水多嘉示(1897~1981年)による作品の寄贈を契機とし、1980年(昭和55年)、当時では全国的に珍しかった村立美術館として開館した。設計は村野藤吾。村野は1891年生まれなので、完成時88歳(竣工は1979年12月)。91歳で完成した谷村美術館(新潟県糸魚川市)と並んで、晩年の代表作の1つだ。

美術館の入り口

 以下、公式サイトから企画意図を引用する(太字部)。

 村野藤吾は佐賀県東松浦郡満島村(現・唐津市)に生まれ、早稲田大学を卒業後、渡辺節建築事務所をへて1929年に村野建築事務所を開設し、数々の名建築を手がけた日本を代表する建築家です。生涯でおもに5つの博物館・美術館・展示施設に携わり、それらは村野建築の代表作となっています。(中略)1975年の小諸市立小山敬三美術館に続き、1979年に八ヶ岳美術館が竣工されました。のちの1983年には谷村美術館が竣工されています。

清水多嘉示(1897~1981年)の彫刻を展示した常設展示室

 このたびは八ヶ岳美術館の模型や設計図、写真などの建築資料を中心に、村野の手掛けた美術館や関連する建築について、図面や模型などの資料から紹介します。新たに石田雄琉氏による八ヶ岳美術館の模型を制作展示、松川元希氏が建築を3Dデジタルデータ化し、会場にVR映像を投影します。これまでに訪れた来館者や施工担当者の撮影した写真も展示し、八ヶ岳美術館の建設当初の姿をあらゆる角度からご覧いただけます。

SANAA出身の石田雄琉氏が制作した八ヶ岳美術館の3Dプリント模型
松川元希氏によるVR映像(左)も見入ってしまう

 会期中には、第一線で活躍する建築家や研究者による連続建築講演会を開催し、没後40年を経た村野藤吾建築について理解を深めていきます。

 連続講演会の1つとして4月29日に開催された藤森照信氏(建築史家、建築家、江戸東京博物館館長)による講演会の様子を、原村教育委員会のYouTubeで見ることができる。

 これが冒頭から実に面白い。藤森氏は開口一番、「村野さんは一筋縄ではいかない方だった」と言う。「ほとんど本心を言わない。全然言わないのならいいんだけれど、ちらちらっと周辺のことは言うのに、肝心なことになると黙っちゃう」。

 そうそう、そこが村野藤吾! と言いたくなった。

答えのない“肝心なこと”を想像する楽しさ

 この美術館の設計意図についてもまさにそうなのだ。開館時の「八ヶ岳美術館図録」に掲載された文章の中で、村野はこんなふうに記している。

 「その時(設計の初期の段階で)ふと私の脳裏に浮かんだことは、故朝倉(文夫)先生から伺った話である。岡田信一郎先生が設計された東京都の美術館(1926年に完成した東京府美術館)の彫刻の陳列についてのお話であったが、彫刻を陳列にする所に建物の線が出るのは困るという主旨であったように記憶している。そういえば、朝倉先生のアトリエ、即ち現在の朝倉美術館には線というものがない。壁はすべて曲面のように見える。そのことを思い出したので今度もそんなものにしたいというのが発想のもとである。」

 この建物を見た建築関係者が知りたいのは、なぜドーム屋根の繰り返しなのか、なぜ天井がカーテンなのか、だろう。村野の説明文は、なぜ壁が曲面なのかは説明しているが、本当に知りたい部分には答えていない。「ちらちらっと周辺のことは言うのに、肝心なことになると黙っちゃう」のである。

 歴史家にはとってそういう姿勢は困るのだろうと思うが、筆者のような単なる“建築好き”には、答えがないことを想像するのはかえって楽しい。

 以下は今回の展示を見ての筆者の想像である。驚いたのはこの施工中写真だ。

 なんと、ドーム屋根はプレキャスト(工場製作)だった! 村野藤吾=職人芸的現場打ちコンクリ―トだと勝手に思い込んでいた。

施工中の写真を見ると、壁は現場打ちだが、ドーム屋根はプレキャストを連結させたものであることがわかる

 プレキャストは、積雪地なので工期短縮をはかるためだろう。だとすると、カーテン天井は“プレキャストをプレキャストと感じさせない”ための村野流のねじれた表現なのではないか。60~70年代に他の建築家たちがプラモデルチックに表現して行き詰まり見せていたプレキャストを「オレならもっと柔らかく見せられる」と老建築家は思ったのではないか。

 繰り返しになるが、これは筆者の妄想に過ぎない。あなたは村野の真意をどう読むか。この機会にぜひ足を運んでいただきたい。(宮沢洋)

■展覧会概要
名称:没後40年建築展「建築家 村野藤吾と八ヶ岳美術館」
会期:2024年4月1日(月)~6月2日(日)
会場:八ヶ岳美術館(原村歴史民俗資料館)長野県諏訪郡原村17217-1611
入館料:大人(高校生以上):510円(460円)、小中学生:250円(200円)
主催:八ヶ岳美術館、原村、原村教育委員会

■八ヶ岳美術館建築ツアー
5月26日(日)10:00~11:30
講師:小泉悦夫(館長)
要予約(定員40名程度)

■講演会
「村野藤吾 建築と思想」
講師:松隈洋(近代建築史・村野藤吾研究/神奈川大学建築学科教授)
日時:5月11日(土)13:30~15:00

村野藤吾を語る「家族からみた村野藤吾」
村野藤吾のご遺族が村野先生の思い出を語ります。
日時:6月2日(日)10:30~11:30(10:30~1時間程度)
語り人:村野藤吾の孫 藤田早穂子氏、竹中聡子氏
要予約(定員60人程度)
公式サイト:https://yatsubi.com/exhibition/article.php?post_id=3666