日曜コラム洋々亭24:3年後には解体開始? 佐藤武夫の旭川市庁舎が問う「クロノデザイン」

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 北海道に出張があったので(札幌ではない)、ずっと気になっていた旭川市庁舎(1958年、設計:佐藤武夫)を見に行った。気になっていた、というより後ろめたく思っていた、が正確かもしれない。

(写真:宮沢洋、以下も)

 というのは、2019年に発刊した『昭和モダン建築巡礼 完全版1945-64』でこの庁舎を取り上げていないからだ。「完全版」と言いながらこの名建築を…。すべての書籍は、校了間際から反省から始まるもので、この本にも時間切れで取材に行き切れなかった建築がいくつかある。その1つが旭川市庁舎だ。その懺悔の意味を込めて、ここで現状をお伝えしたい。

新庁舎は久米設計JV、現庁舎は駐車場に

 現庁舎の北側では、新庁舎の建設が始まっている。コロナ自粛のさなかの今年4月に着工。現在は地下部分のコンクリート打設を行っている。2023年11月の供用開始を目指す。

 旭川市の庁舎建設課でもらった資料がこれだ。

 新庁舎の設計は久米設計を中心とするJV(久米・柴滝・中原共同企業体)。地上9階建てなので、現庁舎(地上9階)と高さはそれほど変わらない。

 新庁舎が完成すると、現庁舎は取り壊されて屋外駐車場となる計画だ(上の配置図の右側)。現状でも、庁舎敷地の地下にかなり大きな駐車場があり、そんなに駐車場が必要なのだろうか…。と、東京から来て1時間くらい見た人間が言うことではないかもしれないので、無責任な批判はやめておく。

見た目だけではないレンガ外壁

 現庁舎はとにかく外壁のデザインがかっこいい。コンクリートのフレームとピンク色のレンガ積みが、面一(つらいち)でびしっと納まっている。レンガというとノスタルジックになりがちだが、これは現代的でシャープな印象だ。そして何より、築62年とは思えない外壁のきれいさに驚く。これは、竣工時の「新建築」の説明を読むと納得がいく。

 旭川は、北海道でも、極寒多雪地帯として知られ、寒冷地対策には、とくに留意した。ディテイルについては、市建築課から数名の職員が加わり、協議しながら設計を進めた。凍害に対してはできるだけ建物の表面凸凹を避け、特に繰り返し凍融に対してできるだけ鋭角的な入隅角部を作らぬ方針を採った。(中略)そのほか、雪解けによる外壁の汚れを防ぐための水切りに対する留意、防水層の押さえ、犬走り部分の根雪対策など、種々検討を行った。(新建築1959年2月号から引用)

 つまり、面一の納まりは、単にかっこいいからではなく、雪対策なのである。そしてそれが極寒多雪地帯での60年の寿命を担保したのだ。

 レンガについてはこう説明している。

 外壁のコンクリート打ち放しの骨組みと、レンガ積みの赤い色との採り合わせは、半年は灰色の陰鬱な世界にとじこめられる市民に、色彩による慰楽を与える効果を狙った(新建築1959年2月号から引用)

 佐藤武夫はこの建築で日本建築学会賞作品賞を受賞している。佐藤も素晴らしいが、これを評価した審査員も素晴らしい。

 内部はエントランスホールの吹き抜けが見せ場のはずなのだが、エレベーターが設置されたことと、目隠し壁が追加されていることなどにより、良さがよく分からなくなっていた。執務スペースには天井から配線が雨のように垂れ下がっていて、この時代に使いにくそうだな、というのは分かる。

市民アンケートが解体の根拠

 新庁舎が完成するのは今からちょうど3年後の2023年11月なので、現庁舎は、早ければ3年後から解体が始まる可能性があるわけだ。

 この建築には、日本建築学会が2015年に保存要望書を出しているほか、2016年3月に日本建築家協会(JIA)北海道支部旭川会を中心に「赤レンガ市庁舎を活かしたシビックセンターを考える会」が設立され、保存活動を展開してきた。同会の発起人には、田根剛氏や藤本壮介氏ら、旭川ゆかりの建築家が名を連ねる。旭川駅(2009年)を設計した内藤廣氏も発起人の1人だ。

 同会のWEBサイトを見てみると、解体が決定的となっていたはずの今年2月にも集会を開いている。まだ、諦めていないぞ、ということだろうか。

 市は、そうした専門家の意見は踏まえつつも、市民に聞いたアンケートの結果を重視するとしている。(旭川市庁舎整備に関する市民アンケートの結果について、2014年2月)

問:現在の総合庁舎は昭和34年度日本建築学会賞を受賞しており、長く市民に親しまれ,旭川市のシンボル的な建物のひとつと言われています。仮に庁舎を建て替えた場合、現庁舎をどのようにすべきと考えますか。 
・完全に解体して撤去する─47.3%
・特徴的な部分だけを保存し、その他は解体し撤去する─22.4%
・耐震補強改修等を実施した上で、部分的に保存する─12.3%
・耐震補強改修等を実施した上で、現在の姿のまま保存する─6.6%

旭川市庁舎整備に関する市民アンケートの結果について(2014年2月)より

 まあ、そうだろうな、と思う。自分で書いていても思うが、これが普通の市民にとってどう魅力的であるのか、お金をかけて補強して使い続けるとどんないいことがあるのか、私には伝える力量がない。美術館や文化施設ならばいろいろ書きようがあるのだが…。庁舎の名建築が残りづらいのはよく分かる。

空間価値から「時間価値」へ

 少し話は変わるのだが、北海道出張から帰ると、内藤廣氏から1冊の本が届いていた。『クロノデザイン』。内藤氏がナビゲーターを務めた対話集だ。

クロノデザイン~空間価値から時間価値へ
定価2000円+税、2020年10月、彰国社
内藤廣 編 浅見泰司・赤松佳珠子・山本佳世子・和田 章・伊藤香織・小野 悠・嘉門雅史・ 神吉紀世子・城所哲夫・木下 勇・斎尾直子・坂井 文・田井 明・竹内 徹・林 良嗣・福井秀夫・船水尚行・南 一誠・保井美樹 著
20世紀は資本主義の経済倫理を背景に、限りない空間占有を追い求めた世紀であった。21世紀はどのように変質するのだろうか。本書では、空間価値から時間価値にシフトした「クロノデザイン」を掲げ、建築・都市・土木・情報という4領域での議論を通じて、その輪郭を浮き彫りにする。
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 「クロノデザイン」って何だろうと思ったのだが、そうか、「クロノ=時間」か。「空間価値から時間価値に舵を切らないと、世の中みんな容積率パンパンのビルになって社会が崩壊する」というようなことが論じられている。

 それってまさにこの旭川市庁舎の話だ。私が「一般の人に向けて書くことがない」と言っているのも、「空間価値」で語ろうとしているからかもしれない。

 「クロノデザイン」、一般にも浸透する言葉になるといいかも。そのときに向けて、私も時間価値で建築を語る技術を磨いていこう。(宮沢洋)