秘話①から続く。(聞き手は宮沢洋)
──提案をまとめていくうえで、何がとっかかりになったのですか。
村尾忠彦(日建設計執行役員 グローバルデザイングループ プリンシパル):ワークショップの中でFCバルセロナの関係者から重要なキーワードがいろいろありましたが、一番刺さったのは「デモクラティック(民主的)」という言葉でした。FCバルセロナは「ソシオ」が運営している。だから「デモクラティック」なんだと。今まで日本で設計をしていて、「民主的な建築に」と言われたことはないので、感動しました。
──確かに、今の日本の建築ではあまり聞きませんね。
村尾:彼らは真剣に言うんですよ。今はメインスタンドの上のところだけに屋根があるけれど、このスタジアムに来たら、お金持ちもそうでない人も、観光で来た人も地元の人たちも皆が一緒になってピッチの中でFCバルセロナを応援する。そういう一体感の感じられるスタジアムをつくりたいんだと。そこで重要なのが屋根で、屋根は一体感をつくりだす民主主義の象徴なんだと。
そんなふうに言われてどうしようかと考えたんですけれども、ならば屋根はどこの断面をとっても同じ断面の屋根がかぶさるようにしようと。どの席から見上げても、一つの同じ屋根。それが民主主義だろうと。
想定されていなかった“外装なし”案
──外観を特徴づけるコンコースはどのように?
村尾:コンペ要項に載っていた想定図では、スタジアムの一番外側に、柔らかい外装をつけるような断面になっていたんです。僕らはそれに違和感があった。違和感がありながらもスケッチはみんなでいろいろ書きました。
でも、どれも煮え切らない。やっていく中で、「これ、外装ってほんまにいるんか」みたいな話になった。バルセロナは地中海に面しているので、冬でもけっこう暖かい。なので外装にお金をかけるのはもったいないのではないか。外装にお金を使う代わりに、既存躯体の柱から外側に3層にわたって、20m幅のバルコニーを付けてはどうかと。
オープンなバルコニーは試合時の人の流動に役立つだけではなく、人々の出会いの場や、憩いの場としても機能する。そこに飲食スペースを設ければビジネスとしても貢献できる。3層のオープンで気持ちの良いバルコニーを設けることで、スタジアム全体を公園もしくはパブリックスペースのような場所として機能させてはどうかと。10万以上の人がそこにいることが見えることこそが、このスタジアムの外装ではないかと。
12個のコアで歩行者デッキを不要に
──要項のイメージとは違う提案なんですね。
はい。これには、もう1つのカギになる提案がセットになっていて、そちらも要項とは違うものでした。それは、全部で12個あるコアです。階段とエレベーター、エスカレーター、設備シャフトが一体になったもの。これを工事が始まって最初の段階につくったらどうかと。
コンペ要項には、スタジアム外周の2階レベルにアメーバと呼ばれる歩行者デッキをぐるっと回す絵が載っていました。いったん人を2階に上げてから人をさばく、という考え方です。でも、シミュレーションしてみると、バルコニーをゆったりとって、12のコアで人を移動させた方が滞留しない。その方が、大きなデッキをつくるよりもコストもかからない。
失うものがないから提案できた
──このシミュレーションは日建設計が自社で?
村尾:いえ。シミュレーションはイギリスのモメンタムという会社でやってもらいました。社内でもシミュレーションできますが、日建設計が自分でやるよりも、信憑性が高いだろうと。FCバルセロナからしたら、それは本当か?みたいな話で。彼らにとっても衝撃だったようです。
ちなみに、なぜコアを12個にしたかというと、最初は6とか8とかで考えていたんです。でも、「サッカーは11人でやるから、サポーターを加えて12だろう」と。メンバーのみんながいい数字だって言うので、12にしたら実際、流れがすごく良かった。
12のコアを工事の最初の段階で先に作ることによってスタジアムの縦動線が確立できるので、8万人の席を確保しながら工事を行うという難題が解決できます。また既存の屋根形状の記憶を継承した斜めにカットしたバルコニー形状によって、コンコースに光も入ってくるし、風も流れる。風が流れることでピッチの芝の育成にも良い影響を与える。オープンバルコニーはいくつかの難題を解決しながら、さらにこんな楽しげな場所になりますと。
──そうした独自の提案で、最優秀に選ばれたんですね(結果発表は2016年3月8日)。
村尾:はい。失うものがない立場なので、提案できたものです。
次回(実施設計編)に続く。(2023年10月5日公開)