祝着工「Spotifyカンプ・ノウ」秘話①“ダークホース”日建設計はこうしてコンペで選ばれた

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スペイン・バルセロナで進む「Spotifyカンプ・ノウ」(FCバルセロナの拠点)の再生計画について、日建設計の設計チームに独占取材した。その内容を3回に分けてお伝えする。(聞き手は宮沢洋)

──バルセロナで書いた「Spotifyカンプ・ノウ」着工の記事がすごく読まれました。現地ではお忙しいなか、ありがとうございました。

全員:こちらこそありがとうございました。

改修前のSpotifyカンプ・ノウ(資料:以下特記以外は日建設計の提供)
左から野村映之・日建設計グローバルデザイングループアソシエイトアーキテクト、大西吉人・同ダイレクターアーキテクト、村尾忠彦・執行役員グローバルデザイングループプリンシパル、伊庭野大輔・同アソシエイトアーキテクト、澤田伸一・同リスクマネジメントグループ海外リスク対策検討室シニアエキスパートの各氏(この写真:宮沢洋)

村尾忠彦(執行役員 グローバルデザイングループ プリンシパル):宮沢さんには『誰も知らない日建設計』(日本経済新聞出版より2021年刊)でも「Spotifyカンプ・ノウ」を取り上げていただいて、大体のことはご存じと思いますので、今日はまず、コンペのときの生々しい話を私からさせていただき(笑)、その後でコンペ後の話を伊庭野からさせていただきます。

──おお、コンペの話も! それはよろしくお願いいたします。

コンペ時の完成予想図
コンペ時の完成予想図

村尾:まず、経緯を年表にしてみました。

【コンペ要項発表からコンペ当選まで】
・2015年6月5日  カンプ・ノウ国際コンペ要項発表(工事費予算360Mユーロ)
・2015年7月6日  カンプ・ノウ国際コンペ 資格審査成果品提出(世界中から26社が応募)
・2015年7月17日  新国立競技場 Zaha案の白紙化を安倍首相(当時)が表明。
・2015年9月1日  新国立競技場整備事業公募型プロポーザル公示
・2015年9月7日  日建設計はZaha Hadid Architectsと設計チームを組成し、新国立競技場公募型プロポーザルへの参加を表明
・2015年9月8日  カンプ・ノウ国際コンペ ファイナリスト8社発表
・2015年9月18日  新国立競技場公募型プロポーザルについて, 日建設計+ Zaha Hadid Architectsチームは建設会社との共同企業体の組成に至らず、プロポ応募を断念
・2016年3月8日  カンプ・ノウ国際コンペ当選

【バルセロナ事務所開設から本工事着工まで】
・2016年5月27日 日建設計バルセロナ事務所開設 
・2016年5月~7月 プレジデンシャルボックス(VVIPスペース)設計業務
・2016年8月~2017年7月 都市計画協議資料作成業務
・2017年8月~2018年3月 基本設計業務
・2018年4月~2019年5月 基本設計追加変更業務
・2019年5月~2019年12月 実施設計業務
・2020年1月~2021年12月 実施設計追加変更業務
・2022年9月~2023年1月 施工者選定(トルコのLimak社に決定、工事費960Mユーロ)
・2023年3月~2023年8月 施工者提案に対するデザイン監修業務
・2023年6月末 本工事着工

──すごい、これだけでも今日来た甲斐がありました。いつか書籍をつくりたいと思っていたので、助かります(笑)。スタートは2015年6月なんですね。これは公開コンペなんですか。

村尾:はい。Spotifyカンプ・ノウは1957年にできた建物で、Francesc Mitjans(フランセス・ミチャンス)という人の設計です。これまで大きく2回増築が行われていて、席の間隔や通路の間隔が十分でないとか、客席の屋根がメインスタンド側にしかないとか、VIPのエリアが少ないといった問題がありました。それと、施設周辺の地下に駐車場があるのですが、駐車場スロープが広場の真ん中にあって、試合の時には車と人の動線が交錯してしまっていました。

参加を決めたのは“あの事件”よりも前

 コンペは2段階方式でした。ファーストフェーズは実績やチーム体制、コンセプトなどの資格審査です。セカンドフェーズが具体的な案を提示する方式でした。要求はこういう内容です。

【コンペ方式】
2段階選定方式
1st Phase :資格審査(実績、チーム体制、コンセプト等)
2nd Phase :具体的な案の提示

【コンペ要求事項】
■座席数: 99,354席(1階席3.2万、2階席3.9万、3階席2.8万)
⇒105,000席へ拡張(1階席2.0万、2階席3.8万、3階席4.7万)
■全席を覆う屋根の設置
■縦動線(エレベーター、エスカレーター増設)を含めた新しいファサードの提案
■観客のための空間の全面更新(VIPルーム、ラウンジ等)
■ミュージアムとメガショップの拡張
■改修工事期間中も80,000席以上を確保(14.2万のソシオ会員のうち8.5万人は自席を持つ。)
■工事期間:2017年-2021年(コンペ時与件)

【審査員】
■FCB: Josep Maria Bartomeu,・Susana Monje,・JordiMoix・Emili Rousand
■建築家: Juan Pablo Mitjans(現カンプ・ノウ設計者のご子息)
■カタルーニャ建築協会 Lluis Cameron, Arcadi Pla, Joan Forgas
■バルセロナ市 Aurora Lopez(都市計画局)
■FCB テクニカルチーム チームリーダー:William Thomas Mannarelli

 一番難しい要件は、改修工事期間中も8万席以上席確保するという点です。FCバルセロナは「ソシオ」と呼ばれるファンによって運営されていて、ソシオは当時14万人ぐらいいたのですが、そのうち8万人くらいがSpotifyカンプ・ノウに自分の席を持っていました。だから、なかなか「工事中は別のスタジアムで試合をやります」というわけにいかない。

──ちょっと聞きにくいんですが、新国立競技場のザハ案の実施設計をやっている段階で応募を決めたということですか。白紙撤回になったのは2015年7月17日でした。

村尾:はい、その前に決めました。現地の設計事務所と組むというのが条件で、我々はバルセロナのパスカル・アウジオ・アルキテクテスと組みました。日建設計にスペイン人の社員がいて、「パスカル事務所が日建設計と組んでコンペに出たいと言っている」と聞きました。私は当時、新国立競技場ザハ案の実施設計をやっていました。さっきも言いましたが、とりあえずファーストフェーズには出してみるか、くらいのつもりでした。

──新国立のリベンジというわけでなかったのですね

村尾:7月6日にファーストフェーズの応募資料を提出したのですが、9月8日に「ファイナリスト選ばれた」という話があって、そのときは社内がちょっと騒然としました。

最初は期待されていなかった?

──9月8日というと、日本では……。

村尾:新国立競技場のやり直しプロポにザハ事務所と再度組んで参加しようという話をしていた頃ですね。もし両方とも通ったらどうするんだ、みたいな話になりましたが(※日建設計は最終的にやり直しプロポへの参加を断念)、両方とも取り組めばいいだろう、ただSpotifyカンプ・ノウの方は勝てるわけがないなと(笑)。何しろ、選ばれていたのがこの8者でしたから。

【セカンドフェーズに進んだ8者】
NIKKEN SEKKEI + Joan Pascual i Ramon Ausió Arquitectes
AECOM + b720 Arquitectes
AFL + Mateo Arquitectura
Arup Sport + Taller d’Arquitectura Ricardo Bofill
BIG + IDOM + BAAS Arquitectes
GENSLER Sport + OAB
HKS + COX + Batlle i Roig Arquitectes
POPULOUS + Mias Arquitectes + RCR Arquitectes

──リカルド・ボフィルやBIGが残ってますね。

村尾:日建設計を一番上に書きましたけれど、実際には一番下からのスタートだったと思います。でもそれが良かった。日建設計が国内でコンペに出るときには変な質問はできないし、奇をてらった案も出せない。要項に遵守した案の提出が求められる。でもこのコンペはおそらく一番最後で選ばれたのだから、自分たちに何ができるかを考えた。

──第2段階は提案一発勝負なんですか。

村尾:ワークショップ形式でやるって言われたのです。「これはチャンピオンズ・リーグだ」って。打ち合わせをして、段階的に案を詰めていくなかで、4者に絞り、2者に絞り、1者に、というふうに決めていくと。

──どうやって最後尾からはい上がっていったのですか。

村尾:最初はあまり期待されていなかったと思うのですが、新国立競技場をやっていたチームが主体で臨んでいますから、ワークショップの際に聞かれた質問になんでも答えられたんですよ。新国立競技場ザハ案では世界最高峰の難しさでいろんな条件を全部検討していたので。向こうが質問することに、全部スラスラ答えられる。屋根はどうあるべきかとか、どうやってピッチに風を流すのかとか。ワークショップで会話をするなかで、こいつらなかなかやるなと思われていきました(笑)。

──新国立競技場のメンバーがほとんどそのままSpotifyカンプ・ノウにスライドしたのですか。

村尾:伊庭野は、社内募集があったときに自分で手を挙げて参加しました。こんなメンバーでした(メンバー名は非公開)。これだけのメンバーが並ぶのは前代未聞でしょうね。特に、プレゼンテーションに力を入れました。言葉よりも、絵で伝えようと。

次回(決戦編)に続く。(2023年10月4日公開)