秘話②から続く。(聞き手:宮沢洋)

──コンペ結果の発表時には「2021年竣工」と聞いていましたが、着工までだいぶ時間がかかりましたね。
伊庭野大輔:はい。ここからは、コンペ以降に日建設計がバルセロナでどんなことをやっていたのかを、私(伊庭野)と大西、野村からご説明したいと思います。

──はい、今日はそれを楽しみにまいりました(笑)。先ほどの年表では、コンペ後はこんな流れでしたね。
【バルセロナ事務所開設から本工事着工まで】
・2016年5月27日 日建設計バルセロナ事務所開設
・2016年5月~7月 プレジデンシャルボックス(VVIPスペース)設計業務
・2016年8月~2017年7月 都市計画協議資料作成業務
・2017年8月~2018年3月 基本設計業務
・2018年4月~2019年5月 基本設計追加変更業務
・2019年5月~2019年12月 実施設計業務
・2020年1月~2021年12月 実施設計追加変更業務
・2022年9月~2023年1月 施工者選定(トルコのLimak社に決定、工事費960Mユーロ)
・2023年3月~2023年8月 施工者提案に対するデザイン監修業務
・2023年6月末 本工事着工
──2016年3月にコンペ当選が発表されて、5月にはもう日建設計バルセロナ事務所を開設したんですね。
伊庭野:コンペ当選者はバルセロナにオフィスを設置することが、コンペ応募の条件だったんです。応募するときには取れると思っていなかったので、深く考えていませんでした。当選してから大急ぎで事務所を開く準備をしました。
野村映之:私が一番最初にバルセロナに赴任して、伊庭野、大西という順で現地に行きました。設計だけで5年以上バルセロナにいることになるとは思ってもいませんでした。
大西吉人:私は実施設計の取りまとめのため、数カ月のつもりでバルセロナに行ったのですが、結局は実施設計完了まで3年以上バルセロナにいることになりました。

──テレビドラマのようですね。バルセロナオフィスはどのくらいの人数だったのですか。
伊庭野:協力会社も含めると、多いときは80人ぐらいでやってましたね。
──そんなに!
大西:大規模なスタジアムの設計は機能も複雑で、しかも多くの専門コンサルトも必要なのでそのくらいのスタッフが必要です。新国立競技場ザハ案の設計の際は総勢100人以上でやっていました。
増築すると道路にはみ出す?
──まずは、どんな作業から始まったのですか。
大西:コンペに当選した後で、都市計画の手続きが思ったほど進んでいないことが分かりました。既存のスタジアムを増築して大きくすると、道路にかぶってしまう。だから、道路を動かさなければいけない。我々が最初にやったのは、都市計画変更のための図面を用意するという仕事でした。
──なんと、そこから……。コンペ後に共同設計者である現地設計事務所が変わっていますよね? コンペ時はパスカル・アウジオ・アルキテクテスでしたが、b720という事務所になっています。
伊庭野:そうです。1年目は今お話しした行政手続きなどに追われ、2年目にいよいよ基本設計の契約という段階で、彼らがプロジェクトから降りてしまったんです。
大西:日建設計は海外では基本的に建築申請業務(AoR業務)を行わないのでAoRができる代わりの現地事務所を探しました。実績を考慮して、バルセロナでは比較的大きな設計事務所であり、海外事務所との協働実績も豊富なb720に入ってもらうことになりました。伊東豊雄さんがバルセロナで建てた「トーレス・ポルタ・フィラ」(2010年)も、b720と組んで実現したものです。
野村:個人的には基本設計の最初の3カ月くらいが一番つらかったですね。今まで一緒にやっていたパスカル・アウジオ・アルキテクテスが抜けて、b720のメンバーにプロジェクトを一から理解してもらわなければならない。基本設計の期間は8カ月とされていて、当時はまだ現地採用のスタッフもいなかったので、ほとんどの作業をバルセロナに駐在する我々日本人メンバーと、日本にて作業を行うメンバーの共同作業で進めました。
ラポルタ会長になり、プロジェクトが動く
──単刀直入にうかがいますが、着工までこれほど時間がかかったのはなぜなのですか。先ほどの年表を見ると、基本設計(8カ月)のあとに14カ月間、「基本設計追加変更業務」があり、実施設計(6.5月)のあとには24か月間、「実施設計追加変更業務」がありますが……。
大西:ステークホルダーが多いので、いろいろ要望が変わるんですね。変わった条件に対して提案をして、「予算が収まっていない」と言われてしまうと、また提案しなければならない。
伊庭野:乾いた雑巾を絞るような作業の繰り返しでした。
──なるほど。向こうにいた5年間、胃がキリキリしそうですね。バルセロナで楽しそうだ、と思っていました。すみません。
伊庭野:もちろん、楽しいこともありましたけれど、かなり鍛えられました。
──ようやく着工に至ったのには、何か要因が?
伊庭野:2021年3月にFCバルセロナの会長がジョアン・ラポルタさんに代わったタイミングで工事条件の見直しが行われました。
具体的にはコンペのときには、オフシーズンだけで段階的に改修工事を進める前提でしたが、今シーズン(2023年)と来シーズン(2024年)の途中までは工事のためにSpotifyカンプ・ノウを閉じる決断をされました。この期間はモンジュイックにあるオリンピックスタジアムがFCバルセロナのホームグラウンドとなります。
既存スタジアムの良さを生かす
──コンペ段階から大きく変わったところはありますか。
伊庭野:外観やコンセプトは大きくは変わっていません。計画面での大きな変更を言うと、コンペ段階では既存の1階席を解体して、1階席と外側に増築する計画でしたが、実施案では3階席部分を解体して新たにつくることになりました。



──現地ですごい勢いで壊していたのは3階席部分なんですね。

大西:1957年にフランセス・ミチャンスの設計でできた当初のスタジアムはとてもいいデザインで、我々はできるだけそれを生かそうと考えています。解体する3階席は、後から付け足したもので、増築にやや無理がありました。3階席をつくり直して、VIP席は2階席と3階席の間に設けます。




野村:1階席や2階席は、古くからのソシオで座席の権利を持っている人が多いので、動かしづらいということもあります。



──日建設計の現在の立場は。
伊庭野:2022年2月に、実施設計業務を完了し、我々は日本に戻りました。AoR(現地事務所)はIDOM+b720からTorella+JGに変更になりました。2023年1月に施工者がトルコのLimak社に決まり、我々は、今は「施工者提案に対するデザイン監修者」という役割でプロジェクトに関わっています。
(2023年のリポートはひとまずここまで。長い目で続報をお楽しみに)