世界のウィズ・コロナ@ブラジル01:EU諸国がすっぽり2つ入ってしまう国で起こっているコロナのホントの話

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ブラジルに移住して11年になる藤井勇人氏(隈研吾建築都市設計事務所ブラジル担当室長)に、同国のウィズ・コロナの実情を寄稿してもらった。3回にわたり掲載する。まずは、世界から「ノーガード戦法」と批判されている国の対策と、各自治体の対策の温度差について。(ここまでBUNGA NET)

南米最大のビジネス街、サンパウロのパウリスタ大通りも人影はまばら。リナ・ボ・バルディ設計のサンパウロ美術館(1968年完成)も閉館が続いている(写真:藤井勇人)

 「新型コロナウィルスはただの風邪のようなものだ」という発言により、一躍世界のメディアの格好のネタになってしまったブラジルのボルソナロ大統領。その大統領が最近、新型コロナウィルス検査で陽性反応が出たことで、改めてブラジルのコロナ対策が注目を集めている。感染者が累計で204万人、死亡者は7万7000人と米国に次いで多く(7月17日時点)、7月に入ってピークは迎えたものの、実際のところブラジルの現状はどうなのだろうか。

 まず、ブラジルはスケールがデカイ。世界第5位の国土で日本の23倍。面積で比較すると、27カ国あるEU諸国がすっぽり2つ入ってしまう大きさだ。連邦制が敷かれ27の州(正確には26の州と首都が置かれるブラジリア連邦直轄区)に分けられた国土に、様々な肌の色をした2億1000万人の国民が暮らしている(人口は世界第6位)。

 その広大な国土と人口を抱える国であるがゆえに、各州に相応な自治権が与えられており、例えば今回のコロナ対策では、連邦政府がガイドラインを作るものの、実生活に直結する指針や規制は27の州、さらに小規模の自治体である5500を超える市が独自に定めている。結果、自治体によって対策にばらつきがあり、ロックダウンを発令した自治体もあれば、経済活動を優先したところもあるというのが現状だ。

(出所:ブラジル保健省に著者加筆)

 上の分布図は、新型コロナウィルスによる死亡者をプロットしたもの(左)と死亡率(人口10万人における死亡者数)を州ごとに色分けしたもの(右)だ。死亡者数だけで見ると大都市が多い沿岸部に集中しているように見えるが、死亡率で見るとサンパウロやリオなどの大都市の他、インフラがより脆弱で低所得者層が多く、病床数が少ない北部の州の死亡率が高いことがわかる。この図からも地域によって対策が異なってくるのは必然と言えるだろう。

 私が在住しているサンパウロ市は、日本の本州と同等の大きさがあるサンパウロ州(上図の赤く囲った部分)の州都で、人口は約1200万人。紛れもなくブラジル、南半球最大の都市だ。ブラジルでは2月26日に第一感染者(イタリアから帰国したブラジル人)が確認された。国内で本格的に感染者が増え始めたのは5月に入ってからだったが、サンパウロ州ではそれよりもだいぶ前の段階(3月17日)に自宅待機命令が出された。専門家の話によれば、この早期の自宅待機命令が出たことによって、感染拡大のスピードが抑えられたと言われている。

「ファヴェーラ」(スラム)はテレワークできず

 とは言え、州人口の1割、つまり約40万人が感染するだろうという専門家の初期の予測通り感染者は増加しており、7月17日現在で40万人に達している。ブラジル全土で見られる現象と同様、市内でもインフラが脆弱で低所得者層が多く住むエリア、特に「ファヴェーラ」と呼ばれるスラムや不法占拠地区での感染者、死亡者が多く見られる。(下図参照)

(出所:サンパウロ市役所に著者加筆)

 “A favela não está em home office ”(「ファヴェーラはテレワークの状態にはない」)というあるファヴェーラのコミュニティのリーダーの発言の通り、これらの地域では日銭がなくては食べていけない世帯がほとんどで、仕事自体がリモートでは成り立たない職種(守衛や料理人、配達員など)に従事する住民が多いため、やむを得ず働きに出て感染するケースが多い。

 また、以下のマトリックス(所得×年齢)によると、所得が低く、さらに50歳から90歳に犠牲者が多いことが一目瞭然だ。今回の新型コロナウィルスは持病を持った高齢者の致死率が高いというのは世界的に言われていることだが、サンパウロ市でもそれはデータとして表れている。

(出所:Medida SPに著者加筆)

サンパウロ州では死亡者数や空き病床数を「見える化」

 こうした現状に対し、連邦政府はG D Pの約16%に相当する緊急経済対策を施しているが、G D Pの約30%を占めるサンパウロ州はどのような対策を講じてきたのだろうか。

 サンパウロ州では3月17日の外出自粛命令発令後、スーパーや銀行、薬局、建設資材店など生活に不可欠な店舗以外はデリバリーやテイクアウトでの販売を除いて全て営業禁止。市内の公園や主要な広場、学校も全て封鎖。医療崩壊が想定されていたため、自粛命令発令後早々に市内2カ所(サッカースタジアムと巨大イベント会場)に軽症患者専用の仮設病院を建て、約2000床を確保した。5月からは外出時のマスク着用が義務化され、違反者には500レアル(約1万円)の罰金が科せられている。また、医療従事者などに対しては、PCR・抗体検査を無料で積極的に行っている。

 7月現在、外出自粛命令が発令されてから4カ月が経過し、商店の営業などは徐々に緩和されつつあるが、興味深いのは州政府が、毎日更新される自粛状況や感染者数、死亡者数、空き病床数などのデータを元に、地域別進捗状況を毎週アップデートして見える化し、一般公開していることだ。これは、サンパウロ州のドリア知事が経済活動の正常化を目的にQuarentena Inteligente(知性のある外出自粛)として発表した「サンパウロ・プラン」の一つで、5つのフェーズに分けて業種別に正常化へのロードマップを数値とビジュアルで明確に市民へ示している。

(出所:サンパウロ州政府)
地域によってどのフェーズにあるのかが一目瞭然で、病床数や感染率、入院率、死亡率などが数値化され色分けされていて、一般市民にとっても自分が住む地域がどのレベルにあるのか把握するために大変分かりやすい内容になっている(出所:サンパウロ州政府)

 このように、大統領の過激な発言により、ブラジルのコロナ対策は「ノーガード戦法」と世界のメディアから揶揄(やゆ)されたが、各々の自治体がそれぞれの対策を講じている状況を鑑みると、一言でノーガードと言ってしまうのはあまりにも乱暴だ。国レベルだけで捉えてしまうとこの国はあまりにも多様すぎて一筋縄にはいかないのだ。

 今回はブラジルのコロナ対策をマクロ的な視点で述べてきたが、次回は現地に住む一生活者として具体的なウィズコロナでの生活をお伝えしたい。(藤井勇人)

第2回はこちら


藤井勇人(ふじいはやと)
隈研吾建築都市設計事務所ブラジル担当室長、現地家電量販店の建築部門部長兼務。多感な時期をリオで過ごす。リオのスラム(ファヴェーラ)改造計画で早稲田大学理工学部建築学科を卒業。日本のWEB業界と建築業界で経験を積み、2009年ブラジルへ移住。建設会社勤務時代に「ジャパン・ハウス サンパウロ」(下の写真)の立ち上げを行う。建築のみならずブラジルと日本のデザイン・アート界の交流を促進することを人生の最大の命題にする。現行のブラジル国認定建築士(CAU)唯一の日本人。

ジャパン・ハウス サンパウロ。隈研吾建築都市設計事務所の改修設計により2017年に開館した日本文化の発信拠点(写真:宮沢洋、2020年2月に撮影)