世界のウィズ・コロナ@ブラジル03:コロナ禍で加速するファヴェーラ・トランスフォーメーション

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隈研吾建築都市設計事務所ブラジル担当室長の藤井勇人氏に、ブラジルのウィズ・コロナの実情を寄稿してもらった。当初3回の予定だったが、読者の関心がかなり高い(広く読まれる)ようなので、全4回とした。第3回は、ブラジルの都市を考えるうえで避けて通れない「ファヴェーラ」と呼ばれるスラムについて。藤井氏が市役所で研修をしたときの実感を交えてリポートする(ここまでBUNGA NET)

世界最大級のリオのファヴェーラ“ホシーニャ”。下に見える歩道橋のデザインはオスカー・ニーマイヤーであることはあまり知られていない。(写真:Leonardo Finotti)

 今日の日本以外のほとんどの国には、都市内の極貧層が居住する過密化した地区が存在する。スラムと呼ばれるそうしたエリアには、主に給排水設備のインフラが脆弱でその日暮らしを送る住民が多く、今回のコロナウイルスの格好の標的になっている。

 国際連合人間居住計画(UN-Habitat)の統計によれば、21世紀初頭でおよそ10億人、2030年には30億人に増加すると予想されており、実に世界人口の2、3人に1人は都市のスラムに住むことになる。

 ブラジル国土地理院(IBGE)の2010年のデータによると、ブラジルでは全人口の6%にあたる約1170万人がスラム(ブラジルではファヴェーラと呼ばれる)に住んでおり、そのうち約49.8%はサンパウロ州とリオ州のファヴェーラに住んでいると言われている。

収入半減のファヴェーラ住民にNGOが支援

 専門調査機関Data Favelaによると、新型コロナウイルスによって、ファヴェーラの住民の80%の人々の収入がパンデミック前に比べて半分以下に激減しているというデータがある。また今回のコロナ禍に限ったことではなく、失業率上昇の影響を直接的に受けるのはファヴェーラの住民であることがほとんだ。政府が緊急支援金として毎月600レアル(約1万2000円)を各家庭最大で2人まで最低3カ月間支給することになっているが、前出のData Favelaによると、ファヴェーラの住民で受給希望者のうち40%の世帯にはシステムの不具合や詐欺により支援金が未だに支給されていないというのが現状だという。

 そんな中、政府が全てを支援できるはずがないと、いくつかのファヴェーラの住民組織やNGOなどは住民への支援活動を自主的に早い段階で開始していた。

 リオの市民活動系のNGO団体Meu Rioでコーディネーターを務めるデボラ・ピオは、彼女たちが長年かけて培って来た広報チャンネルを利用し、「#COVID19NASFAVELAS」というハッシュタグでオンラインによる寄付キャンペーンを4月から行っている。それまでは主に教会などを通して行われていた寄付を、オンラインプラットフォームを構築することで一元化し、よりスピーディーに幅広く、効率的に寄付金を集めて各コミュニティに食料品や衛生用品などの生活必需品キットを配布している。呼びかけから1週間で10万レアル(約200万円)の寄付金があり、リオ市内の8つのファヴェーラへ支援を行なっているという。
https://www.covid19nasfavelas.meurio.org.br/

(写真:Coletivo Conexão Favela & Arte, de Viradouro – Niterói)

 同じくリオに拠点を置き、国内全域に広がる複数のファヴェーラの住民たちにより協力して作られた国内最大規模の住民組織CUFA (Central Única das Favelas)は、Mães da favela(ファヴェーラの母たち)という支援キャンペーンを早々に立ち上げ、住民の中でも母子家庭を優先して生活必需品キットの実物配布の他、デジタルキットとしてアプリ経由で120レアルが希望者の住民に課金される2通りの支援を実施している。今までに国内に5000のファヴェーラ、90万世帯(約360万人)に対して総額1億レアル以上の支援を行っている。
https://www.maesdafavela.com.br/

希薄化したコミュニティが再結束する動きも

 サンパウロ市内最大のファヴェーラで、TV Globo(ブラジル最大の放送局)のドラマにもなったParaisópolisでも興味深い動きがあると聞き、住民組織のトップであるジウソン・ホドリゲスに話を聞いた。彼によれば、住民が10万人を超えコミュニティのマネジメントに悩まされていたが、今回の新型コロナウイルスにより住民同士が協力し合うようになり、コミュニティを再結束する起爆剤になっているという。

(写真:Movimento Fazendinhando)

 10万人という巨大なコミュニティで、しかもファヴェーラの内部は歩いてでも狭く感じる路地が多く、家自体も狭小であることから3密を避けること自体が非常に難しい。そのため、彼らはまず50世帯ごとに一人、ボランティアのケアスタッフ(通称:Presidente de Rua(ストリートリーダー))を配置して小さな単位で各世帯の健康状態を常に把握している。さらに、近所の公共病院では病床数が足りなくなることが容易に予想されていたため、住民組織が民間医療会社と独自に契約することで、常にファヴェーラの中に医者と救急車が常駐するという対策を行っている。

 このParaisópolisの仕組み、特にコミュニティを細分化して健康状態を管理するストリートリーダー制は、モデルケースとして他の14の州でも部分部分で実践されており、ファヴェーラ間でも今までになかった連帯が生まれているという。

若手建築家が“段々畑”を通して目指すエコシステム

 そのParaisópolis内の一つの地域であるJardim Colomboに住む若手建築家のエステル・カーホは、住民のゴミ廃棄場となっていた傾斜のある場所を、段々畑のような農園にして公園を作ると言う計画を住民と共に実践していた(下の写真)。

以前はゴミ廃棄場だった傾斜地を、農園を含めた公園へトランスフォーメーションしているエステルのプロジェクト(出所、写真:Movimento Fazendinhando、以下も)

 今回のCOVID-19により計画の中断を余儀なくされているが、彼女はそれにめげることなく、Insper工科大学が発案した”Projeto Campo Favela(畑とファヴェーラプラン)”と呼ばれる画期的なプロジェクトを導入支援し、現場で率先して指揮をとっている。

 このシステムは、コロナ禍により売り上げが約80%低下した農村地域の小規模農家による農作物を直接買い上げ、ファヴェーラの中で収入がゼロになってしまった住民へ分配、格安で販売するシステムだ(下図参照)。

 このシステムを導入することで、市場で売れない農作物を破棄せざるを得なかった小規模農家は収益を得ることができ、一方で仲介業者を通さないためファヴェーラの住民や商店は今まで買っていた市場価格よりも格安で、しかも新鮮な農作物を手に入れることができるようになった。まさに農家も住民もWin-Winの関係が構築されている。さらに、高カロリーで化学染料などが多分に含まれた加工食品を口にする機会が圧倒的に高く、国内でも肥満率が非常に高い低所得者層にとっては、新鮮で自然の恵そのままの農作物を食べる機会が上がれば上がるほど肥満率も下がる。全てが好循環していく画期的なシステムだ。
 
 現時点ではオンラインで集めたドネーションを主に農作物の購入資金にしているが、コロナ収束後住民の収入が元に戻れば、徐々にファヴェーラの住民と小規模農家の間だけで貨幣を循環させていくエコシステムが可能となるだろう。
https://www.campofavela.ong.br/home

一番右にいるのがプロジェクトを牽引する建築家のエステル・カーホ。彼女がリーダーを務めるJardim Colomboでは、独自で公立病院などと連携をし、ウィズ・コロナでの生活、特にうがい・手洗いを必須とするなど具体的に説明をして来たことで、未だにCOVID-19による犠牲者は出ていない(写真:Movimento Fazendinhando)

ファヴェーラの連帯を強化する好機

 もう20年ほど前の話になるが、私が1年間市役所の研修生としてファヴェーラの住民団体と共にプロジェクトを行った際に強く感じたのは、希薄化しつつあるファヴェーラ内のコミュニティの現実であった。連帯するという前に住民同士の嫉妬心が強く、いい家電を買っただの、高いブランドの服を着てるだの、まさに即物的な資本主義により住民同士に軋轢が生まれている現実をまざまざと見せつけられ、大学を卒業したばかりの当時の私はショックを受けたのをよく覚えている。

 今回のコロナウイルスによって多くのファヴェーラの住民の皆さんが犠牲になっていることは間違いのないことで、心からお悔やみを申し上げたい。その上で、今回のコロナ禍は、希薄化しつつあった住民同士のMutirão(相互扶助によって一つのことを実行すること)を再構築する機会になり、Projeto Campo Favelaのように小さな規模でも必要とされるものがうまくマッチングする持続性のあるビジネスがたくさん生まれてくることを切に願う。

 次回(最終回)は、建築家やデザイナーなど友人たちのインタビューを通して、ブラジルの建築・都市の今後を展望する。(藤井勇人)


藤井勇人(ふじいはやと)
隈研吾建築都市設計事務所ブラジル担当室長、現地家電量販店の建築部門部長兼務。多感な時期をリオで過ごす。リオのスラム(ファヴェーラ)改造計画で早稲田大学理工学部建築学科を卒業。日本のWEB業界と建築業界で経験を積み、2009年ブラジルへ移住。建設会社勤務時代に「ジャパン・ハウス サンパウロ」の立ち上げを行う。建築のみならずブラジルと日本のデザイン・アート界の交流を促進することを人生の最大の命題にする。現行のブラジル国認定建築士(CAU)唯一の日本人。
https://www.instagram.com/hayatobr

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