最強の道後建築案内06:長谷部鋭吉から「myu terrace」まで“日建大阪”を松山で知る_BUNGA NET

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 今回は松山市内にある日建設計の建築を巡る。私が『誰も知らない日建設計』という書籍を出したので、それの宣伝?と思われるかもしれない。それもあるがそれだけではない。皆さんにこの建築を知ってほしいからだ。

 松山市の中心部、第4回で紹介した「愛媛県庁舎」(設計:木子七郎)から南に徒歩数分のところにある「伊予銀行本店」である。

(写真:宮沢洋)

 この建物は数年前、たまたまこの辺りをぶらぶらしていて気付いた。全体の雰囲気は古典主義的だけれども、ディテールはモダン。細部にこだわりながらもやりすぎず、実に品格がある。誰の設計だろうと思って調べてみたら、日建設計工務(現・日建設計)の長谷部鋭吉(はせべえいきち)だった。なるほど、ただ者の設計ではなかった。

◆伊予銀行本店
松山市南堀端町1-1
設計:日建設計工務/長谷部鋭吉
竣工:1953年

日建大阪の気風をつくった長谷部鋭吉

 長谷部鋭吉は札幌生まれ・東京出身ながら、大阪の住友総本店に入り、日建設計の母体となる長谷部竹腰建築事務所(大阪)を竹腰健造と共に立ち上げた人だ。日建設計120年の歴史の中でも突出したデザイン力を持っており、日建設計大阪の気風をつくり上げたと言ってもよいだろう。大阪の「住友ビルディング」(1930年)の設計の中心になった人、といえば納得がいくだろうか。

 この伊予銀行本店は、長谷部鋭吉の戦後の代表作(といっても私は知らなかったが……)。1953年竣工で、登録文化財。奥行きのある開口部が住友ビルディングを思わせる。

 全体はクラシカルな印象ながら、この庇↓(バルコニー)は明らかにグロピウスのバウハウス校舎(デッサウ)を意識していると思われる。

 西側の増築部もなかなかに端正。この設計も日建設計だろうかと同社に聞いてみたところ、やはりそうだった。同社(当時は日建設計工務)の設計による1968年竣工の増築部で、担当者は中村甲一、津路善己両氏とのこと。

愛媛県美術館は何がモチーフ?

 この伊予銀行本店の評価の高さがあったからであろうか。松山には日建設計の建築が多い。

 伊予銀行本店から5分ほど歩き、堀を渡って城山公園に入ると、この「愛媛県美術館」がある。1998年竣工で、設計の中心になったのは、現在、同社のCDO(チーフデザインオフィサー)を務める大谷弘明氏だ。

◆愛媛県美術館
松山市堀之内
設計:日建設計
竣工:1998年

 丸みを帯びた展示室のボリューム群を太い柱で持ち上げ、それらをガラス張りの吹き抜けで包んで連結する。構造設計を担当したのは陶器浩一氏(現・滋賀県立大学教授)

2階からは城山公園と松山城本丸が見える
松山城本丸から見下ろす

 この形、見たことがないけれど、どこか日本的に感じる。

 この曲線は一体何がモチーフなんだろうとずっと思っていた。船? 焼きもの? 今回、松山城に登ってみて(こちらの記事参照)、もしかするとこの曲線は、城壁のラインと対(逆ライン)になっているのでは?と思った。意識せずともそれを脳が勝手に判断して、日本的に感じるのではないか。

松山大学樋又キャンパスは日建大阪らしい「直球」

 中心部から少し離れるが、日建設計の近作を見たいなら、城山公園の北側に広がる松山大学のキャンパスへ。「松山大学」と言われてもベテラン世代にはピンと来ないかもしれないが、1980年代まで松山商科大学だった私学である。

◆松山大学樋又キャンパス
松山市道後樋又6-3
設計:日建設計
竣工:2016年

 いくつかに分かれたキャンパスの1つ、「樋又キャンパス」の校舎は、日建設計の設計で2016年に竣工した。中庭をロの字に囲む構成。奇をてらったところは全くなく、それでもコンクリートスラブの水平ラインと素材感だけでビシッと全体を構成できてしまうのは、いかにも日建設計大阪らしい「直球」のデザイン。設計担当は勝山太郎氏や多喜茂氏だ。

「myu terrace 」はローコストを逆手に取った「変化球」

 これに続いて同じチームが設計した同大「文京キャンパス」の「myu terrace」は、一転して変化球のデザイン。

◆松山大学文京キャンパス myu terrace
松山市文京町4-2、10
設計:日建設計
竣工:2019年
参考サイト:https://www.matsuyama-u.ac.jp/topics/topics-191580/

 見てのとおりの、ローコストを追求した2階建て、半屋外テラスだ。基礎は、解体した1号館の地下躯体を活用している。以下、同社の設計主旨資料より。

 「キャンパスの中心、大学創設時の中庭に面する新たな交流拠点。その中庭に長らく影を落としていた教室棟の解体に伴い、既存地下躯体の上部に、ㇿの字型鉄骨フレームを配置し、軽い屋根をそっとかける最小限の手法を用いた。中庭とプロムナードを繋ぎ、風と視線が抜けるキャンパスライフの新しい核となる屋外パブリックスペース。現役学生のみならず、キャンパスに訪れた卒業生にもこれからの大学の原風景となることを目指した」

 「変化球」と書いたものの、これもシンプルさを追求した造形。日建大阪らしい。

 担当者の1人である甲斐圭介氏は、この「myu terrace」で第7回鈴木禎次賞に選ばれた。名古屋工業大学の建築学科同窓会「光鯱会」が主催する賞だ。

 余談だが、樋又キャンパス1階のレストランでランチセットのペペロンチー二を食べたら、値段の割においしくてびっくりした。最近の学食ってすごい。

 私は行く時間がなかったが、「松山大学御幸キャンパス」(1985年)も日建設計の設計で、見応えがありそうだ。御幸キャンパスには2020年に「クラブ アクティビティ エリア(100周年記念施設)」も完成している。

 今回の5件をブルーのピンでマップに加えた。松山の辺りを拡大してみてほしい。

 次回は、松山市内の安藤忠雄氏による建築をリポートする。(宮沢洋)

次回の記事:安藤忠雄巡り(2021年10月29日公開予定)