リレー連載「海外4都・建築見どころ案内」:ブラジル・リオ×藤井勇人氏その1、建築関連サイトで「今年の家」に選ばれたスラム内の住宅

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リレー連載の2番手は、ブラジル・リオデジャネイロ在住で、隈研吾建築都市設計事務所ブラジル担当室長の藤井勇人氏だ。3回にわたってリオ近辺の注目建築を紹介してもらう。藤井氏が初回に選んだのは、ファヴェーラと呼ばれるスラムに立つ住宅。建築関連サイトArchDaily主催の「Building of the Year 2023」の住宅部門でトップに輝いた。リオから450km離れたブラジル第6の都市、ベロ・オリゾンテへ取材に飛んでもらった。(ここまでBUNGA NET編集部)

世界的な建築関連サイトで2023年住宅部門トップに、Coletivo LEVANTEによる「Casa no Pomar do Cafezal(ポマール・ド・カフェザルの家)」

 今年の2月の終わり、「ブラジル貧民街の個人宅、『今年の家』に建築専門サイトが選出」というニュースがブラジル国内のみならず、地球の反対側にある日本のメディアでも取り上げられた。そもそも、ブラジルのニュースが日本のメディアで報じられること自体がまれなことだが、さらに今回は建築、しかもファヴェーラ(いわゆるスラム)の中の住宅である。私は一瞬目を疑ったが、記事を読んだ後、程なくしてその住宅を設計した関係者にコンタクトしていた。

遠くから見たら周囲の住宅と全く違和感のないたたずまいの「Casa no Pomar do Cafezal(ポマール・ド・カフェザルの家)」(写真:Leonardo Finotti)

 今回、建築関連サイトArchDaily主催の「Building of the Year 2023」の住宅部門でトップに選ばれたのが、Coletivo LEVANTEによる「Casa no Pomar do Cafezal(ポマール・ド・カフェザルの家)」という66m2の住宅であった。主催者は授賞理由として、地域によく使われる素材を用いつつ、適切な配置計画と採光や換気に配慮し、良好な居住環境を創出したモデルケースである、と評価していた。

 パッと見はファヴェーラで一般的によく使われる赤土色のセラミックレンガを組積してつくられており、遠くから眺めると周囲の住宅に完全に溶け込んでしまうほど自然な建物である。確かに、海外の方々からは、チリのアレハンドロ・アラヴェナ率いる設計集団エレメンタルがつくったソーシャルハウジングのようなインパクトを今後期待されてのことなのかもしれない。しかし、セラミックレンガの住宅が立ち並ぶ風景をすっかり見慣れてしまった私からすると、少々物足りなさを感じてしまったと同時に、受賞理由はもっと他のところにあるのではないか、と居ても立っても居られなくなり、リオから450km離れたブラジル第6の都市、ミナス・ジェライス州ベロ・オリゾンテへ飛ぶことにした。

一般的に丘(モッホ)の傾斜に沿って建てられるのがファヴェーラの住宅群。場所によっては地盤が緩い建設禁止の傾斜地に建てられるため、大雨が降ると家ごと流されるリスクが非常に高いエリアでもある。ちなみに今回受賞した住宅はこの写真のど真ん中に位置している。周囲の住宅と全く違和感がなく、実に地味だ(写真:Leonardo Finotti)

 この住宅を設計したColetivo LEVANTE(コレチーボ・レバンチ)のFernando Maculan(フェルナンド・マクラン)に、今回受賞した住宅があるAglomerado da Serra(アグロメラード・ダ・セーハ)という、約5万人が住むブラジル国内でも有数のファヴェーラを案内してもらった。車を降りて人が一人なんとか歩ける70㎝程度の幅の細く入りくねった道を100mほど下ったところに住宅があった。接道義務や区画という概念がないファヴェーラの中に建てられた住宅である。工事施工者はさぞかし施工が大変だっただろうと想像してしまうほど車道から奥まったところに位置していた。

住宅のアイソメ図。ファヴェーラの中では贅沢な間取りといえる(資料:Coletivo LEVANTE)

 3mx3mのモジュールを2段に配置し、1階にリビング&ダイニング、屋外デッキと水回り、2階にベッドルーム、そして丘の上にある立地を生かし、街を眺望できるベランダという間取りだ。鉄筋コンクリートの使用は必要最小限に抑え、露出したままのセラミックレンガ、スレート製のカウンタートップや端部の納まり、鉄製のサッシ、Vermehão(ベルメリャオン)と呼ばれる赤い焼成セメントの床など、ファヴェーラの住宅には日常的に使用されている建材ばかりである。周辺を見渡せば同じような素材を使っている住宅がそこかしこに建てられている。

 しかし、この住宅は実に居心地がいいのである。家が密集するファヴェーラの中では換気を確保するのがなかなか困難であるが、この住宅は傾斜を利用して土の移動を最小限にし、開口部を多用することで換気問題を軽やかに解決しているからかもしれない。加えて、それら基本的な建材で地味な操作をしていながらも、そのバランス感覚が絶妙だ。

  もう一つ、マクランの口から度々出てきた言葉にCompartilhar(シェア)というものがあった。元来、ファヴェーラの中の住宅はほぼ全てがセルフビルド(自助建設)でつくられ、Mutirão(ムチラォン)という日本でいう「結(ゆい)」のような住民同士の相互扶助の力によって少しずつ家が出来上がっていくのが通常の仕組みで、いわば住民たちの力だけで完結する建築家なしの住宅だ。


 それに対して彼らがこの住宅に込めた思いは、建築家が考えたこの家の設計や工法、ディテールをどんどんコピーしてください、というシェアの精神だった。この住宅がファヴェーラの中で一般的に使用されている建材を使って建てられたモデル住宅として、いわば一つのソースコードのように各部位ごとにどんどんコピーをして拡散してもらいたいという設計者の意図が込められていたのである。

1階のキッチンにいるのは、住宅のオーナーであるアーティストのKdu dos Anjosさん(写真:Leonardo Finotti)

 今までブラジル国内では様々な都市で不法占拠や土砂崩れのリスクが高い危険な地域に建てられた住宅が社会問題になり、行政が別の土地にソーシャルハウジングなどを建設して住民たちに引っ越しを誘導してきた。ここ10年来は、行政が外部の建築家に委託してそれらの建物を提案することが相当数増え、意匠の面でもクオリティーが上がってきてはいたが、それぞれが独立していて共通したデザイン言語もなければ共通仕様書などもほぼ存在していなかった。そんな今までの行政主導のソーシャルハウジング政策を根底から覆すポテンシャルを持った今回の住宅とその設計手法は、まさに称賛に値するものだろう。

 しかし、ここである疑問が沸く。ファヴェーラの中でこれだけの住宅をつくる必要があったのだろうか。これだけの住宅をつくれる資金があるのであればファヴェーラの外に出て普通に家を建てればよかったのでは、と。そんなことを考えていると、設計者のマクランがもう一軒同じコミュニティーの中につくったカルチャーセンターがあるから行ってみないかという。どうやら彼らがこの住宅を完成させた後に竣工した物件がもう一軒あるらしい。

地域活性化の源となっているCentro Cultural Lá da Favelinha(ラ・ダ・ファヴェリーニャ カルチャーセンター)

バス通りでもあるファヴェーラのメインストリートに面したカルチャーセンター(写真:藤井勇人)

 住宅がある地域とは違ってコミュニティーの中でも特に人や車の往来が激しい通り沿いに、ひときわ目立つ建物があった。その名もCentro Cultural Lá da Favelinha(ラ・ダ・ファヴェリーニャ カルチャーセンター)。2015年に設立された非営利団体で、地域住民の子どもや若者を対象に教育、文化、そして人間形成を促進することを目的に、コミュニティースペースと職業訓練の場を提供し、現在では50を超える無料のワークショップを毎週開催している。ワークショップの他にも様々なイベントを開催し、Remexeというサステナブルファッションブランドをはじめ、社会問題解決を目的とした教育的・起業的な性格を持つソーシャル事業プロジェクトを支援する活動も行っている。

 そして、このカルチャーセンターを設立したのが、先の住宅のオーナーであるKdu dos Anjos(カドゥ・ドス・アンジョス)をはじめ、彼の家族であった。訪問当日、カドゥが海外出張をしていたため、彼の妹のCysi dos Anjos(シヂ・ドス・アンジョス)がこの施設が生まれた経緯について説明してくれた。

ひときわ異彩を放つLá da Favelinhaカルチャーセンター(写真:Leonardo Finotti)

 父親は運転手、母親は屋台でホットドッグを売ったりパーティー用の食べ物をケータリングしたりする仕事をしていたという、ファヴェーラの中で典型的な家族だったと話す。それが1997年、地域では既に好評だった母親が提供する食べ物を注文できる店舗を開こうと、もともと起業家気質があった父親と共にDoce Doçuraという軽食レストランをオープン。その後、5人の子どものうちの3人目のカドゥがMCラッパーとして市内で活躍し始め、多くの友人がDoce Doçuraのお客さんとなり、お店は雑貨を販売するなど事業を拡大した。彼がラップのワークショップを開くようになったことで、地域住民だけではなく様々な人々が出入りするようになり、たくさんの本の寄贈などがあったことから、店内に図書館コーナーをつくり始めたのが2008年ごろ。これがカルチャーセンター創設のきっかけになったのだという。

 そして2017年、ファヴェーラの中でブラジル中小企業支援サービス(SEBRAE)のオーガナイズでファッションのアップサイクリングに関するワークショップが行われた際に、カドゥと建築家のマクランが出会い意気投合したことで建物の改修計画案がスタートする。と言っても、資金ゼロという状態から始まったプロジェクトである。マクランはまず同じ志を持つ建築家やエンジニア、学生を集めてLEVANTEという設計集団をつくり、彼らを中心に建材サプライヤーからの現物支給や建設会社からの無償技術援助などを取り付け、それでも足りなかった残りの工費12万レアル(約350万円)は、クラウドファンディングで資金調達し、足掛け約3年の月日をかけてようやく完成したのが現在の建物だ。

設計集団Coletivo LEVANTEの建築家や学生、デザイナー、裁縫家、建設会社、レンガ職人、鉄工職人、ガラス職人、塗装職人などが参加した共同作業で、約3年かけて行われた。現在では約3000冊以上の書籍も自由に閲覧できる(写真:Leonardo Finotti)

 特徴的なファサードは、先のファッションブランドRemexeが農業資材である防風ネットをアップサイクルしたもので、屋上テラスの天井からファサードへと連続するこの柔らかな素材は、直射光を和らげ、前面通りと内部空間を柔らかく仕切り、コミュニティーの顔ともいえる個性を強烈に放っている。内部に入ると、そこはまさに色の世界。ブラジルの現代アーティストで環境アートの先駆的存在としても知られていたHelio Oiticica (エリオ・オイチシーカ)の代表作である「色の身体」をそのまま建築に具現化したような色とりどりの空間が広がり、中を歩いているだけで気分が高揚してくる。マクラン曰く、この空間のコンセプトは、このカルチャーセンターで活動する人々の喜び、バイブ、創造力を反映し、具現化したものであるという。

内部には扉が設けられていないため、様々な色の窓(フレーム)が存在する。ちなみに塗装作業はコミュニティー内の塗装職人が音頭を取って、カルチャーセンターに通う生徒たちが塗ったという(写真左上:Fernando Maculan、右上と下:Matheus Angel)

 屋上テラスへ上がると、粋のいいファヴェーラ生まれの音楽、ファンキの音に合わせて丁度ダンスワークショップの真っ最中であった。現在ではワークショップだけでも、バイオリン、ファンキ、ヴォーグダンス、歌、ピラティス、ヨガ、刺繍のクラスがあるそうだが、創設当初から最も認知されているのはファンキのダンスだ。特にGrupo Favelinha Danceというグループは、ベロ・オリゾンテ州のみならず、他州や海外でもプレゼンテーションを行うなどこのカルチャーセンターで育ったプロのダンサーグループだ。

屋上テラスで行われていたファンキのワークショップ。カルチャーセンターの中は平日にもかかわらず大勢の生徒であふれていた(写真:藤井勇人)

 その他にも、先述したLá da Favelinha発のサステナブルブランドRemexeは、ファヴェーラでは昔から当たり前のように実践されてきた洋服の再利用、リメイクの手法を改めて見直し、現代風にアップサイクリングブランドとして誕生した、いわばファヴェーラ発のスタートアップだ。カルチャーセンターの重要な収入源になっているのに加えて、今ではブラジル国内のみならず国際的にも注目され始めている。このブランドの誕生から始まり、今では、Lá da Favelinha主催で毎年Favelinha Fashion Weekというファッションショーが開催され、パリコレを目指して若きデザイナーたちが切磋琢磨(せっさたくま)している。このFavelinha Fashion Weekは既にロンドンでも開催されたというから驚きだ。
https://www.youtube.com/watch?v=oZM0SpSfGfo

 カルチャーセンターを訪問している間に、たくさんの生徒から「ボアタルヂ!(こんにちは!)」と満面の笑顔で声をかけられた。年齢に関係なく元気いっぱいの生徒たち。そして客人をもてなそうとするサービス精神が旺盛で、すこぶる礼儀正しい。建築は住人の人柄が反映されるとはよく言ったものだが、この建築はむしろ逆で、この空間にいる人々が建築という集合体をつくり出している、そんな気にさせられた。不思議と気分が高揚し、クリエイティブ心がくすぐられ仲間たちと何かをやりたくなる、そんな不思議な求心力を持つ建築であった。

 翻って改めて考えてみると、この建築が立っているのは、生と死がすぐ隣で繰り返され、安定という状態が全く存在しない「動的な」日常生活があるファヴェーラという場所である。しかし、だからこそ住民たちは協力して助け合って生き抜いている。かつてコミュニケーションツールの発達によってコミュニティー内のフィジカルなつながりの希薄化が著しいといわれていたが、皮肉にもコロナの際、最も弱い立場にある家族に食料、避難所、情報を提供し、連帯と人道的キャンペーンを早急に組織した最大の事例は、まさにファヴェーラの住民組織だった(その模様はぜひここを参照いただきたい)。

 コロナの終焉(しゅうえん)と並行して建てられた今回紹介した2軒の建物。コロナによって再び住民の間でつながりの重要性が意識されている今、今後どのようにこの建物が住民たちやコミュニティーを変容させ、もしくは建物が変容していくのだろうか。既に新しい動きは始まっており、カドゥとマクランがタッグを組んでリオやマナウスのファヴェーラで、現地のリーダーたちとコラボレーションして新しい施設をつくるという計画が始まっているという。また、ブラジル国内で最大のファヴェーラネットワークであるG10グループとも交流が始まっており、マクランらが設計した今回の住宅がオープンソースとしてブラジル全土のファヴェーラに展開していく日もそう遠くはないのかもしれない。 

 取材も終盤に差し掛かったころ、いつの間にかカルチャーセンターには夕日の光が降り注いでいた。あれだけ完成度の高い住宅をファヴェーラの中でつくる必要があったのだろうか、という浅はかな自分の問いはどこかに吹っ飛び、むしろ強い夕日に導かれたように、彼らが生み出している別次元の”動的な”ムーブメントに胸が熱くなってしまった。

 カドゥとマクランのコミュニティーに対する強い思いと建築を通した新しい試みは、ファヴェーラという特殊な地域性を超えて、新たな可能性を提示してくれるに違いない。(藤井勇人)

左側が住宅のオーナーでLa da Favelinhaのファウンダーでもあるカドゥ、右側がColetivo LEVANTE代表の建築家・マクラン
https://www.youtube.com/watch?v=g2EzOKL3oCU

〔Casa no Pomar do Cafezal(ポマール・ド・カフェザルの家)概要〕
所在地:Vila Novo São Lucas, Aglomerado da Serra, Belo Horizonte, Minas Gerais, Brazil.
設計者:Coletivo LEVANTE (代表:Fernando Maculan, Joana Magalhães)
完成時期:2020年
行き方:関係者の付き添いが必要です

〔Centro Cultural Lá da Favelinha(ラ・ダ・ファヴェリーニャ カルチャーセンター)概要〕
所在地:Vila Novo São Lucas, Aglomerado da Serra, Belo Horizonte, Minas Gerais, Brazil.
設計者:Coletivo LEVANTE(代表:Fernando Maculan, Joana Magalhães)
完成時期:2021年
行き方:関係者の付き添いが必要です

藤井勇人(ふじいはやと)
隈研吾建築都市設計事務所ブラジル担当室長。多感な時期をリオ・デ・ジャネイロで過ごしたことからアンテナが地球の裏側ブラジルに。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、サンパウロ近郊の市役所職員としてスラム(ファヴェーラ)の住民組織と共に家づくりを学ぶ。帰国後、デザイン・建築設計事務所を経て2009年にブラジルへ移住。建設会社勤務時代に外務省の日本文化対外発信拠点ジャパン・ハウス サンパウロの立ち上げを行う。現在はリオにて、主にブラジル国内における小売業界の店舗開発などを推進する傍ら、ブラジル国内の大学での講演、ブラジル先住民の椅子や雑貨の輸出などカルチャー全般に関わる活動を行う。現行のブラジル国認定建築士唯一の日本人。ソーシャルニュースメディアNewsPicksプロピッカー
https://www. instagram.com/hayatobr

※本連載は月に1度、掲載の予定です。

(写真:PAN-PROJECTS)