長野県の須坂新校はコンテンポラリーズ+第一設計JVに、NSDプロジェクト4度目の挑戦でプロポーザルを突破できた勝因は?

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 建築設計者が基本計画から参加する「長野県スクールデザインプロジェクト(以下、NSDプロジェクト)」。その2年目の第2弾となる須坂新校(須坂市)の整備事業で、長野県教育委員会(県教委)は基本計画の策定支援者を選ぶ公募型プロポーザルを実施。2023年11月5日に2次審査を開き、即日に結果が出た。NSDプロジェクトは、これからの学びにふさわしい県立学校をつくろうという試み。23年度は佐久新校(佐久市)、須坂新校、赤穂総合学科新校(駒ケ根市)が、公募型プロポーザルの対象となった。

 なかでも注目されるのが須坂新校だ。農業・商業・工業の3科を持つ総合技術高校である須坂創成高校と、隣の普通科高校である須坂東高校を統合。普通科はみらいデザイン科として他の3科や地元と協働して地域づくりに取り組んでいく。「いわゆる専門学科と普通科の統合という新しいスタイルであり、2次審査候補者にはそれぞれ知恵を絞っていただき、甲乙つけがたい提案をしてもらった」。県教委事務局高校教育課高校再編推進室の宮澤直哉参事兼室長は、審査結果発表直後にそう語った。

須坂新校プロポの最適候補者による「沈床」のパース。この場所を中心にキャンパスを構成し、周囲の山々の風景を校舎に取り込む(資料:コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体)
同最適候補者による2階棟間のFLA(フレキシブルラーニングエリア)のパース(資料:コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体)
同最適候補者による2次審査提案書の最初の1枚 (資料:コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体)

授業のカリキュラムを分析してプランに生かす

 最適候補者に選ばれたのは、コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体(JV)だ。柳澤潤氏が率いるコンテンポラリーズ(横浜市)と第一設計(長野市)は、昨年からJVでNSDプロジェクトのプロポに応募しており、4回目の挑戦で最適候補者の座を勝ち取った。次点となる候補者は、イシバシナガラアーキテクツ(大阪市)とPERSIMMON HILLS architects(川崎市)によるイシバシナガラ・PHa 設計共同体だった。次々点となる準候補者は該当なしとされた。

 審査委員は昨年から変わっていない。審査委員長はこれまで通り赤松佳珠子氏(法政大学教授、シーラカンスアンドアソシエイツ代表)が務めた。委員は、寺内美紀子氏(信州大学教授)、西澤大良氏(芝浦工業大学教授、西澤大良建築設計事務所代表)、垣野義典氏(東京理科大学教授)、高橋純氏(東京学芸大学教授)、武者忠彦氏(立教大学教授)の5人。武者氏は体調不良のためオンラインでの参加となった。事務局アドバイザーは小野田泰明氏(東北大学教授)が務めている。

 コンテンポラリーズJVは「Open Campusとしての須坂新校」をテーマに、3つの柱を示した。1つ目が4つの異なる分野(科)がただ融合するだけでなく、お互いの良さを生かしながら協働し、かつ学年を超えた活動ができる環境を育むこと。2つ目は、周辺企業や商店街、住民などの地域と学校とがイベント時だけでなく、日常から交流できる場所を新校に確保。さらにまちづくりとして生徒がまちなかに出ていく仕組みをつくること。3つ目が広い敷地や既存の地形、樹木、庭園などを生かして大きなランドスケープとして学校を計画することだ。

 コンテンポラリーズJVの案は、大きく北西側の地域交流ゾーンと南東側の学生交流ゾーンに分けている。特筆すべきは、授業のカリキュラムを分析して、無理なく地域や異なる学科の生徒と交流できる教室配置を提案していることだ。例えば、学生交流ゾーンの1階では、「キャンパスストリート」と呼ぶみち空間が各専門教室をつなぎ、学科ごとと言うよりテーマごとに教室を配置して交流を促す。HR(ホームルーム)教室は、すべて2階に配置。運営に応じて各学科のHRを組み替えできるように考えた。HRが空き教室のときは隣接するFLA(フレキシブルラーニングエリア)と一体で使用できる。「フレキシビリティー」がキーワードとなっている。

2次審査の会場となった須坂創成高校。同校は2015年に須坂商業高校と須坂園芸高校の統合によって誕生した。後者の敷地を活用していることから、庭園や高木をはじめ緑がふんだんに見られる(写真:以下森清)
2次審査の公開プレゼンテーションや候補者への公開インタビューなどは、須坂創成高校の視聴覚室で実施した。会場には地元の人の姿がわずかに見られた

若手チームも交えて2次審査は混戦の様相

 2次審査(プロポーザル審査委員会)は11月5日の午前11時から始まった。2次審査対象者5組による公開プレゼンテーションは、それぞれ15分の持ち時間で行われた。プレゼンの順番は、直前にくじ引きで決めた。PRINT AND BUILD・miCo.共同企業体、カワグチテイ建築計画、コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体、トミトアーキテクチャ、イシバシナガラ・PHa 設計共同体という順だ。

 プレゼンに次ぐ、審査委員による候補者へのインタビューは、候補者を一堂に集めて公開で行った。時間は75分で、候補者はプレゼンと同様、受け答えに4人まで参加できるものとされた。「FLAを必ずどこかに盛り込んでいるが、なぜ必要なのか」「フィールドでの学びとICT(情報通信技術)による学びをどう融合するのか」「今後、先生にヒアリングすれば、FLAは減らされていくだろう。そうした教育の復元力にどう対応するか」。こうしたソフト面での質問が目立ったものの、「分棟配置にしている各棟をつなぎたくないと言われたらどうするか」「キャンパスの顔としてのアイデンティティーを端的に名詞で表現すると」といった質問も見られた。

 今回は現地で、公開プレゼンと公開インタビューを間近に取材した。これまでなら、「この2組から選ばれるだろう」と、かなり確信を持って予想できたが、今回はどの組にもチャンスがあると感じた。4科をどう融合させるか、地域にどう開くか、既存校舎や緑をどこまで生かすか——。5組の提案はいずれも練り上げられ、バリエーションに富んだものだったからだ。プレゼンやコンセプトの明快さという点からは、PRINT AND BUILD・miCo.共同企業体の提案が記憶に残った。

 非公開で行われた審議には約1時間半を費やした。ほぼスケジュール通りだ。候補者一同を集めての審査結果発表で、赤松委員長から最適候補者が読み上げられたとき、印象的だったのは、選ばれなかった4組の落胆ぶりだ。今回のプロポーザルが混戦だったことを物語っている。最適候補者となった柳澤氏をはじめとするコンテンポラリーズJVのメンバーは、穏やかな笑顔で周囲に会釈をした。

プランニングや断面計画の勝負だと見越し、そこに集中

 コンテンポラリーズ+第一設計JVの勝因はどこにあったのか。審査会終了後に柳澤氏へインタビューした。

——コンテンポラリーズ+第一設計JVとして今回、最も実現したかったことを教えてください。

柳澤 やはり4科の融合と、地域にどうやって本当に開くかです。地域と協働すると言って場を設けながらも、うまく実行されている例を知りません。それが実現できれば、建築として本当に魅力あるものができるのではないかというのが一番です。

——これまでNSDプロジェクトには3回応募しておられます。今までとは手法を変えたのですか。

柳澤 今までは、単体の高校や養護学校の計画で、小諸新校では、たとえ3科の融合と言っても比較的分野がはっきり分かれていました。でも今回は新たなみらいデザイン科ができて4科を本当に混ぜる。そういう気概を校長先生の話や説明を聞いたとき、さらにNSDプロジェクトの概念を照らし合わせて感じました。本当に混ぜることによって多様性をどうやって生み出すか。それはプランニングや断面計画の戦いになるなと思って本当にそこに時間を費やしました。

――やはり、プランにフレキシビリティーがあったことが勝因だと。

柳澤 そこは僕らが勝負だと思っていたポイントです。与条件をみてもわからないことが多かった。だから、決め付けだけはやめようと。それはNSDプロジェクトの大きな概念でもある。でも感覚としては、そうは言いながら結構、画一的なプランが選ばれているんじゃないかという見方を持っていて、どうせチャレンジするなら、そういうプランじゃない、もっとフレキシビリティーの高い運営と構成を許容できるプランがあるだろうと考えて今回提案しました。僕らのプレゼンはカリキュラムの分析から入っています。その分析がプランづくりのヒントになると思ったんです。

――プランで勝負する一方、地元にとってよりどころとなるアイデンティティーがないと、親しみにくいという面もありますよね。

柳澤 今回のポイントとして、ランドスケープデザインをヒュマスの髙沖哉さんに一緒にやっていただいています。既存の須坂創成高校は庭の手入れが行き届いており、まちなかを歩いていても樹木が生き生きとしていて、まちがランドスケープとして美しいと感じました。だから建築が勝ってしまうのではなく、何かその風景が浮かび上がるような建築のあり方を追求しました。校舎をある程度分散することによってランドスケープとちょうどいいバランスになると思い、水平に広げました。形の象徴性とか造形とかではなくて、自然と共生することが町の文化にも通じると考えました。

——今回の敷地周辺の地域を見て何を感じましたか。

柳澤 住民性まではわからないけど、市内のショッピングモールを見学に行ったとき、シャッターがほとんど閉まっているのにお店の方は全然めげていないんです。50年前から入っていて、あと10軒ぐらいしか残ってないけど「まだ頑張らないとね」と。この場所は高校生と一緒に再生していったら面白くなるなと思いました。

 須坂新校では、例えば校舎の1階にキャンパスストリートと呼ぶ開放的なみち空間を提案し、教室と一体で使えるように配慮しました。最初に応募した松本養護学校での提案の反省もあり、中廊下型にして、上にたまった暖気を微風で吹いて床を暖めるという案を出しています。この空間が我々が訪れたショッピングモールの幅と同じ6m。結果的に一緒になったんですが、まちとのつながりでこれしかないと。

——来年以降NSDプロジェクトの新たなプロポーザルにチャレンジしていきますか。

柳澤 NSDプロジェクトのプロポーザルは真剣勝負です。負けたら悔しいけど、すがすがしいですよね。負ける理由があるから。誰が選んでるかわからないようなコンペではありませんし。チャレンジはしますよ。松本養護学校のプロポーザルで最適候補者になったSALHAUSともまた対決しないと。

――NSDプロジェクトとして継続していくと、過去の案を研究した上で提案づくりをする設計者もおり、提出案が硬直化していく恐れがあります。柳澤さんの場合はいかがですか。

柳澤 今回みたいに本当にユニークなプログラムだとそのバリエーションは生まれると思います。これが、単体の高校だとすると、結構難しいですよね。今日のプレゼンテーションの中にも、プロポーザルで特定された設計者4組に聞いたというチームがいました。やり過ぎると提案が硬直化するし、傾向と対策になってしまう。特に若い設計者はデータ分析が得意です。でも、その罠に陥らないようにしないと、いい案は出てこないと思います。

2次審査に参加したコンテンポラリーズ+第一設計JVのメンバー。右から2人目がコンテンポラリーズ代表の柳澤潤氏で、その左手が第一設計常務執行役員の宮崎敏雄氏。右端は構造設計担当の鈴木啓 / ASA代表の鈴木啓氏、左端がランドスケープデザイン担当のヒュマス代表の髙沖哉氏

「学年中心、学科中心、どちらの運営にも柔軟に対応できる建築」

 最後に審査の視点について、審査結果の発表直後に行った赤松審査委員長へのインタビューをお伝えしよう。今回の審査だけでなく、昨年から複数のプロポーザルを重ねてきて、課題は生じていないのか。そんな視点からも質問を投げかけた。

——コンテンポラリーズ+第一設計JVが選ばれた最大の決め手はどこにあったのでしょうか

赤松委員長 今回のプロポーザルはかなり僅差でした。須坂新校では統合によって、農業や商業、工業の3学科にみらいデザイン科が加わる。それらの学科をどのように運用・運営していくかは、学校側の関係者を含めた多くの議論を経てこれから決まっていくことです。そのため、学科別運営が前提となっているなど、固定化しすぎている骨格案だと、それを変えなければいけないときに、なかなか対応が難しい。もちろん、決定に合わせてある程度組み直すことは可能だと思います。ただ、今回のプロポーザルでは運用・方針の仮定と建築の組み立て方を対応させすぎて、建築そのものの骨格にしている提案が多かった。

 そのなか、コンテンポラリーズ+第一設計JVの案は、学年中心、学科中心の運営の両方に対してきちんと検討されており、フレキシビリティーがある。そもそも学年、学科のどちらにするかによって建築の骨格そのものが全く変わってしまうというより、両方の検討の余地を残し、柔軟に対応できる建築を考えた提案であったということがポイントとして大きかったですね。同JVはまず4学科のカリキュラムの分析から入っており、1階も学科ごとと言うより、テーマごとに教室を配置するなど、4学科が融合するように配慮されていた点も評価のポイントだったと思います。

——イシバシナガラ・PHa設計共同体が次点になった理由を教えてください。

赤松委員長 同設計共同体の提案は、先ほどもお話ししたように、現在は学科、学年のどちらを主眼とした運営になるか決まっていないとはいえ、1、2年生棟と、3年生棟に分け、3年生になると選択授業が増えて、ほとんどHR(ホームルーム)教室にいなくなるという実際のアクティビティーに即している提案でした。ただやはり学科重視になっているが故の弱点は否めず、例えば、商業科とみらいデザイン科が少し離れすぎているため、学年での交流やまとまりみたいなものが育みにくいという点があります。この案を学年ゾーンごとに組み替えようとすると、それはそれでまたかなり根本的な考え方が変わってきてしまうと判断しました。

審査結果を発表する赤松審査委員長。発表に先立って、公開されたプレゼンの場に地元の参加者がわずかだったことを捉え、今後の懇話会やワークショップなどに、当事者としてぜひ参加してほしいと訴えた

——PRINT AND BUILD・miCo.共同企業体とカワグチテイ建築計画の提案は、学科ごとが骨格となった提案ながら完成度は高いものでした。

赤松委員長 そうですね。PRINT AND BUILD・miCo.共同企業体は、本質的な部分を相当考え、検討した上で構成してくれているなと感じましたが、学科ごとの固定感が強すぎた。彼らの思考の深さについては、審査員一同が認めています。これが学校側の方針として「運用は学科ごとのベースでやりますよ」と決まっていれば、こういうあり方もあったのかもしれません。質疑応答の中では、実際には各学科の特性をもうちょっと出していきたいとおっしゃっていましたが、学年ごとの融合など運用に対するフレキシビリティーへの疑問が残りました。

 カワグチテイ建築計画の提案も丁寧に組み立てられたいい案だったと思いますが、 FLAの大部分が廊下的な場所として捉えられているようで、教室と連続して学習が展開し多様に使われる場のイメージが見えにくかったことが惜しまれる点だったと思います。一方、トミトアーキテクチャの提案は、ラーニングパークという明快なコンセプトの下、1階部分での多様な活動や学びの展開の風景が大変魅力的でしたが、半面、教室ゾーンがかなり凝縮されており、日々の活動とのバランスで、運用的な部分での懸念が指摘されました。

——NSDプロジェクトとして昨年から複数校のプロポーザルを継続的に行い、審査員もほぼ同じ顔ぶれで審査するなか、応募者は昨年の最適候補者の提案を研究するなど、提案が硬直化してきている感じも見受けられます。

赤松委員長 それは今年度の審査の中でも議論に上がっています。応募者の皆さんは思っている以上に去年の内容をしっかりと勉強してくださっており、それはありがたいというか、審査員の我々としてはそこまで深く考えてくださっているんだと感じる半面、提案が一定の方向に向かってしまっているとも感じています。教室やFLAの組み立てや、教育そのものの内容など、本当に深いところまで達している一方、建築そのものの魅力や組み立て方としてはどうなのか。質疑応答の中でも、その辺のことを確認する時間が取れない中で審査に至っている状況もあります。

 もちろん審査の中でそういった点も考慮した議論をしているのですが基本計画から入ってもらうということもあり、より教育や学びの本質的な理解に対する議論、ソフトの議論に寄りすぎている感触もちょっとあります。どう刷新していけばいいのか、審査員や事務局と議論し、これからのNSDがより良い方向に向かっていけるよう、そしてより多くの方々に共感してもらい、参加したいと思ってもらえるようにしていきたいと思っています。(森清)

<NSDプロジェクトのプロポーザルに関する掲載記事>

<プロポーザル概要>

  • 名称:須坂新校施設整備事業 基本計画策定支援業務委託プロポーザル
  • 主催:長野県教育委員会
  • 最適候補者:コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体(構成員:コンテンポラリーズ、第一設計)
  • 候補者(次点):イシバシナガラ・PHa 設計共同体(構成員:イシバシナガラアーキテクツ、PERSIMMON HILLS architects)
  • 準候補者(次々点):該当なし
  • その他2次審査対象者:PRINT AND BUILD・miCo.共同企業体、トミトアーキテクチャ、カワグチテイ建築計画(以上、提案書受付順)
  • 審査委員会:委員長/赤松佳珠子(法政大学教授、シーラカンスアンドアソシエイツ代表/建築分野) 委員/寺内美紀子(信州大学教授/建築分野)、西澤大良(芝浦工業大学教授、西澤大良建築設計事務所代表/建築分野)、垣野義典(東京理科大学教授/建築・教育分野)、高橋純(東京学芸大学教授/教育分野)、武者忠彦(立教大学教授/地域分野)
  • 事務局アドバイザー:小野田泰明(東北大学教授)
  • 参加表明書の提出期間:2023年8月4日(金)~10日(木)
  • 1次審査書類の提出期間:2023年8月30日(水)~9月5日(火)
  • 1次審査の実施日:2023年9月24日(日)
  • 2次審査の実施日:2023年11月5日(日)
  • 2次審査の結果発表:2023年11月5日(日)