坂茂氏設計「豊田市博物館」に谷口吉生ファンも安堵、ピーター・ウォーカーがつなぐ静と動

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 坂茂氏(坂茂建築設計)が設計を担当した豊田市博物館が4月26日にオープンした。豊田市周辺の自然・歴史・産業など幅広い分野を扱う総合博物館として、「豊田市美術館」(設計:谷口吉生)と隣接する旧豊田東高校跡地に新設された。坂茂氏が一般の人向けに講演を行うということで、4月29日(祝)に見に行ってきた。

豊田市博物館(写真:宮沢洋、以下も)
4月29日(祝)に行われた講演会の様子。これまで手掛けた建築と災害時の活動について講演。笑いを交えた1時間半

谷口吉生ファンとしては期待半分、不安半分…

 これまで何度か書いてきたように、筆者(宮沢)は谷口吉生建築のファンである(例えば下記の記事)。

 毎年、プリツカー賞が発表される度に、「ああ、今年も違う建築家だった」とがっかりしている。多分、村上春樹ファンが毎年のノーベル文学賞を楽しみにし、かっがりしているのに近い。

来るたびに「ここは本当に日本なのか?」と思う豊田市美術館。谷口吉生氏の美術館の中でも傑作
豊田市美術館のランドスケープの特徴は、巨大な水盤と南北にストライプ模様を描く植栽

 その谷口吉生氏の代表作の1つである「豊田市美術館」の隣地に、すでにプリツカー賞を受賞している坂茂氏が博物館を建てるのだ。筆者は前職時代、『NA建築家シリーズ 坂茂」を企画・編集したので、坂氏の建築にもひとかたならぬ思いがある。坂氏にも頑張ってほしい。だが、頑張り過ぎて豊田市美術館がオマケみたいにならないか心配だ…。

 行ってみて安堵した。建物のデザインの方向性はかなり違う。ざっくりいえば、谷口氏の静に対して坂氏は動だ。だが、美術館のランドスケープに対するリスペクトには拍手を送りたくなった。

右手前が美術館、左奥が博物館。ランドスケープが自然に連続する
そして博物館へ

プロポ時からランドスケープの連続を重視

講演会で進行役を務めた村田眞宏館長

 博物館の狙いについては、公式サイトに載っている村田眞宏館長のあいさつがとても分かりやすかったので引用させていただく(太字部)。

 豊田市博物館は市の中心市街地に接する高台に、豊田市美術館と並び建つかたちで2024年4月に開館しました。ここは江戸時代に挙母藩内藤家の居城(七州城)があり、また明治以降は小学校(現童子山小学校)や挙母高等女学校(現豊田東高等学校)が建てられたところで、豊田市の歴史と文化を継承する博物館にふさわしい場所でもあります。

上(北側)の学校跡地に博物館ができた

 国際的に活躍されている建築家・坂茂氏による博物館の建物は、そこに市民が集い交流する21世紀の博物館にふさわしい、明るく開放的な空間を特徴としています。それはモダニズムの名建築として知られる谷口吉生氏による豊田市美術館と、絶妙なコントラストと調和を生み出しています。ランドスケープ建築家として知られるピーター・ウォーカー氏によってデザインされた両館の庭園とともに、この二つの建物を体験していただくだけでも十分にご満足いただけることと思います。博物館の庭園には「むかしの家」を中心に「観察池」や「どんぐりの森」など、さまざまな体験と観察の場が配置されています。

 ここで補足。豊田市美術館と今回の博物館のランドスケープ設計は、いずれも米国のランドスケープ・アーキテクトで“幾何学的ランドスケープ”のムーブメントを生み出したピーター・ウォーカー氏(1932年生まれ)が中心となった。日本では、兵庫県立先端科学技術支援センター(設計:磯崎新ほか)の外構やさいたま新都心のけやきひろばの設計などでも知られる。坂氏は、公募型プロポーザルで設計者に選ばれたが、その時点で、ピーター・ウォーカー氏と組んでいた。 博物館の村田眞宏館長は前豊田市美術館館長で、そのプロポーザルの審査員の1人だった(審査員長は五十嵐太郎・東北大学教授)。

 開館特別展示として、プロポーザル時の提案が展示されていた。当選後に建物の形はかなり変わり、博物館前の水盤はなくなったが、ランドスケープの基本的な考え方は変わっていないことが分かる。

プロポーザル時のイメージ図
実施案の模型

 両施設のつなぎ目(地上2階レベル)は分かりすくボーダー模様の植栽が延長され、博物館の1階入り口前には、新たなシンボルとなる六叉路サークル(円環)がデザインされている。坂氏によると、設計の中心になったのはピーターの息子だそうだが、当然、本人もチェックしているだろう。坂氏は当選後、谷口氏にも説明に行ったという。

 両建物が接する部分に一部工事中の箇所があり、まだ最終形ではない。が、ひとまず「谷口吉生ファンにもおすすめできる」と言ってよさそうだ。

カラッと明るい常設展示室

 博物館としてもなかなか面白かった。再び村田館長の説明に戻る(太字部)。

 豊田市博物館の運営のコンセプトは「市民とともにつくり続ける博物館」。博物館には幅広い人々が集い、交流し、さまざまな活動をとおして「地域のあゆみをうけつぎ、その魅力をさぐり、豊田市の人と未来をつくる」ことをめざしています。具体的には、博物館活動の基本である資料の収集、保存、調査研究はもとより、えんにち空間での展示などの事業にも「とよはくパートナー」をはじめとする市民の皆さまに、さまざまなかたちでご参加いただきます。

 常設展は「とよたの自然の人々の営み」をテーマに、「とよた」にかかわるモノや人々の記憶の展示を通じて、ご来館の皆さまが「とよたに出会い、対話し、探究していただく」ことができるようにしています。また、幅広いテーマによる企画展を開催し、国内外の歴史や文化、自然の特質や魅力にも触れていただけます。 

 「人々の営み」の展示と聞くと、昭和のジメッとした博物館を思い浮かべるかもしれないが、展示手法も空間もカラッと明るい。規模はさほど大きくないが、見ていて楽しい。

 前述したプロポーザル提案が展示されているのは、企画展示を行う「展示室1」。ここでは5月26日まで「特別企画『ペーパー・サンクチュアリ』-ウクライナ難民の現実と詩-」も行われているので(展示室1は入場無料)、坂氏の活動に注目している人は早めに訪れたい。(宮沢洋)

坂茂が考案した「紙の間仕切りシステム(PPS)」をキャンバスに、ウクライナ難民の現状を伝える「特別企画『ペーパー・サンクチュアリ』-ウクライナ難民の現実と詩-」の展示風景
デザイン以外の話でいうと、この博物館は蓄電池付き太陽光発電装置を備え、発災後72時間は電気を供給できる。「ZEB Ready」認証を取得した国内初の博物館で、かつ、防災拠点としての機能も持つとのこと。なんだかすごいぞ!