日曜コラム洋々亭12:スノーピーク白馬を見て思う、隈事務所の“建築愛”

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 前職の「日経アーキテクチュア」時代に、「『月刊 隈研吾』をつくったらどうか」と飲みながらよく話していたのだが、昨今はそれが冗談ではないほどの隈建築ラッシュである。隈氏が建築デザインを監修した「角川武蔵野ミュージアム」が8月1日に一部、先行オープンしたことはすでに下記の記事で報じた。

速報!「重くて軽い」角川武蔵野ミュージアムは隈研吾氏の新境地、8月1日プレオープン

 そして今回は、その数日前に見に行った「Snow Peak LAND STATION HAKUBA(スノーピークランドステーション白馬)」を紹介したい。今年4月にオープン予定だったが、コロナ対策のため段階的に利用を開始し、7月23日にグランドオープンを迎えた。

(写真:宮沢洋、以下も)

 この施設は、アウトドアブランドのスノーピーク(新潟県三条市)が、長野県白馬村に建設した体験型複合商業施設だ。以下は、ウェブサイトからの引用。

 北アルプスの峰をイメージした屋根と、木の枝と雪の結晶をモチーフとした独特の木組みが象徴的な当施設は、全体の意匠設計を世界的建築家、隈研吾氏が担当しています。

 なるほど、この木組みは「雪の結晶」のイメージなのか…。引用を続ける。

 白馬村内の交通・商業の中心に位置し、白馬三山の雄大な景色を望む広々とした敷地には、「店舗エリア」「野遊びエリア」「イベントエリア」の3エリアを展開。野遊びの楽しさと周辺地域の魅力を体感できる場として発信するとともに、白馬を訪れる方々と地域の方々が交流するコミュニティ拠点としての利活用を目指します。

 場所は、JR白馬駅から徒歩10分ぼど。夏に白馬を訪れたのは初めてだ。そういう人をもっと増やしたい、という施設なのだろう。

 私が見に行ったのはグランドオープンから3日目。あいにくの雨だったが、日曜日ということもあって、多くの人でにぎわっていた。広い芝生広場には、“出店(でみせ)”となっているテントが並ぶ。

ダイナミックな木組みは意匠?

 やはり目を引くのは、カフェなどがある左側部分の木組みだ。お客さんが軒下でこの木組みを見上げながら、「これは隈研吾が…」と話しているのを耳にした。商業建築で建築家の名前を一般の人が口にするなど滅多にあることではない。しかも東京ではなく、白馬で。「隈研吾」の浸透度に改めて驚く。

 ぱっと見には、誰がどう見ても「木の建築」だ。だが、これはおそらく構造形式としては鉄骨造だ。柱はスチールで、軒下のダイナミックな木組みは、屋根を支えているわけではなさそう。軒の出は深いが、かなりの量の鉄骨梁を使っているので、鉄骨造として自立しているようだ。仮に木組みが構造的な意味を持っているとしても、鉄骨のサポート的な役割だろう。 

 室内の屋根も、やはり木組みが構造を持っているようには見えない。

 私は隈氏の建築のリポートでしばしば「コスパのいいデザイン」という表現を使ってしまうのだが、この施設もまさにそう。この建築を全部、木造でつくろうとしたら、設計期間も建設費も大変なことになっただろう。白馬なので雪の対策も必要だ。そんなにコストをかけて木造にしたとしても、出来上がった建築の印象が現状と大きく変わったかというと、そうでもなかった気がする。あくまで想像だが。

「ミクニ伊豆高原」は本気の木造架構

 だからといって、隈氏が「なんちゃって木造」の建築家であるなどと思ってはいけない。 

 例えば、私が昨年秋に見たこの建築と比較してみよう。2019年10月に伊豆急行線・伊豆高原駅前(静岡県伊東市)に開業したレストラン「ミクニ伊豆高原」だ。「オテル・ドゥ・ミクニ」のオーナーシェフ、三国清三氏がプロデュースし、隈氏が設計を担当した。

 駅前の急斜面に立つ「懸けづくり」の建築である。

 主要な柱と梁(はり)は鉄骨造だが、屋根を支える格子状の梁は木造。板材はアラスカヒノキだ。梁のヒノキの交差角は直角ではなく、47度。ひし形に交差している。見た目の木の密度感が高く、テラスに落ちる影も美しい。

 驚くことに、軒下で交差するこのヒノキの板は、室内側まで貫通している。1本ものの長いヒノキの板を交差させ、それを鉄骨のフィーレンデール梁で受ける形だ。
 
 実は階段もすごい。上り切った先の踊り場(コンクリートスラブ)を支持するのに1本鉄骨柱を用いているが、階段本体は木造だ。

 おそらく、一般の人が見たら、「スノーピーク」も「ミクニ伊豆高原」も同じように「隈さんぽい木の建築だね」ということになるだろう。木材が構造を持っているかなどということは、一般の人が空間を感じるときの判断要素ではない。

 隈氏はそれをよく分かっている。しかし、建築家として、新たな構造や技術にはチャレンジしたい。だから、「やれるプロジェクトではギリギリまでやる」。そして「そこまで無理の効かないプロジェクト」では、「やれる範囲でやる」。「ミクニ伊豆高原」は前者、「スノーピーク」は後者だろう。

 そして、隈氏のすごいところは、後者の建築でも、「構造化できないなら、もういいや」という諦めがない。やれる範囲で全力を注ぐ。なぜそう言い切るかというと、「スノーピーク」の軒下で、こんなディテールを発見したからだ。

 え、何がすごいかって? では、もっと鉄骨柱に寄ってみてみよう。

 木組みが鉄骨柱を貫通しているかに見えるよう、角材の端部を斜めに切って足している! これに気づいたとき、思わず、「おおっ」と声が出そうになった。

 これは隈氏本人ではなく、担当スタッフの工夫かもしれない。しかし、あれだけの数のプロジェクトを設計しながら、こんな細やかな配慮。事務所としてすごいではないか。まさに建築愛!

 このディテールを見て、「ああ、白馬まで見に来てよかった」と、一瞬にしてこの建築が好きになった。ミクニ伊豆高原もいいけれど、これもいい。

 寡作なクリエイターの平均クオリティーが高いのは、ある意味、当たり前だ。世間では、寡作の人を褒める風潮があるが、多作で当たりはずれの少ない人ももっと評価すべきではないか。

 私は、「作品数が多いのにがっかり率が少ない」建築家として、アントニン・レーモンドを敬愛している。漫画でいえば石ノ森章太郎、音楽でいえば筒美京平、映画監督でいえば三池崇史などなど。彼らはどんな注文にも応えて結果を出す。その中で小さくとも新しいことを試みる。その結果を見て、新しい依頼があり、その中で前の挑戦をさらに膨らませる──。私もこんな駄文をまき散らしながらも、そんなクリエイターになりたいと、ひそかに願っている。(宮沢洋)

「Snow Peak LAND STATION HAKUBA」の詳細はこちら