日曜コラム洋々亭13:日本財団の「デザイン公共トイレ」全部見た!ここまでやるならこれもお願い!

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 遅ればせながら、「THE TOKYO TOILET」プロジェクトで完成した5つの公共トイレを見に行った。実はもっと早くリポートするつもりだったのだが、車で見に行こうとしたところ、我が家のポンコツカーが道の真ん中でエンストし、レッカー車で運ばれる事態に…(涙)。やむなく、熱中症リスクと闘いつつ、電車と徒歩で見て回った。

槇文彦氏が設計した恵比寿東公園トイレ(写真:宮沢洋、以下も)

 見て回った価値はあった。想像していたよりクオリティーが高い。もっとハリボテっぽいものかと思っていたが、どれもしっかりできている。ただ、それゆえに言いたいこともある。暑さの中、地道に見て回ったので、言わせてもらおう。

 「THE TOKYO TOILET」プロジェクトとは何か。以下、プロジェクトを進める日本財団のウェブサイトから引用する。
 
 本プロジェクトでは、(日本財団が)渋谷区の協力を得て、性別、年齢、障害を問わず、誰もが快適に使用できる公共トイレを区内17カ所に設置します。世界で活躍する16人のクリエイターに参画いただき、優れたデザイン・クリエイティブの力で、インクルーシブな社会のあり方を広く提案・発信することを目的としています。(中略)

 今回(7月31日)完成した3カ所は恵比寿公園(片山正通氏)、代々木深町小公園・はるのおがわコミュニティパーク(坂茂氏)で、8月7日には恵比寿東公園トイレ(槇文彦氏)、東三丁目公衆トイレ(田村奈穂氏)が、8月31日には西原一丁目公園トイレ(坂倉竹之助氏)、9月7日には神宮通公園(安藤忠雄氏)が竣工予定で2021年夏までにすべてのトイレの設置を終える予定です。

 ということで、現時点までに完成している5つのトイレを、北から南に向かって、恵比寿東公園トイレ(槇文彦氏)→東三丁目公衆トイレ(田村奈穂氏)→恵比寿公園(片山正通氏)→代々木深町小公園(坂茂氏)→はるのおがわコミュニティパーク(坂茂氏)の順で見て回った。

 まずは、槇文彦氏が設計した恵比寿東公園トイレから。いきなり結論になってしまうが、今回見て回った5件の中で、これが建築的には図抜けて素晴らしい(私見)。不整形な平面に、ヒラヒラした屋根。単なる形の遊びではなく、この公園の動線や視線を徹底的に考えた結果だということが、現地を見てみれば分かる。槇文彦、おそるべし。小建築もうまいじゃないか。今まで誰も槇氏にこんな小さな建物を頼まなかったことが、実は彼の不幸だったのかもしれない。

 以下、槇氏のメッセージ。実物を見てから読むと、「まさにその通り」と納得がいく。

 私たちはこの施設を単なるパブリックトイレとしてだけでなく、休憩所を備えた公園内のパビリオンとして機能する公共空間としたいと考えました。子どもたちから通勤中の人々まで、多様な利用者に配慮し、施設ボリュームの分散配置によって視線を制御しながら、安全で快適な空間の創出を目指しました。ボリュームを統合する軽快な屋根は、通風を促し自然光を呼び込む形態とし、明るく清潔な環境と同時に、公園内の遊具のようなユニークな姿を生み出すことを意図しました。

 そして、まさかのこんなダジャレが!!

 タコの遊具によって「タコ公園」と呼ばれる恵比寿東公園に、新しく生まれた「イカのトイレ」として親しまれることを望んでいます。

恵比寿駅周辺には田村奈穂トイレ、片山正通トイレも

 そこから恵比寿駅方向に向かい、山手線の線路際にある東三丁目公衆トイレ(田村奈穂氏)へ。田村氏はニューヨーク在住のプロダクトデザイナーだ。これは、トイレしかつくりようがないような扁平な敷地。いろいろ考え方がありそうな面白い条件だが、田村氏は鉄板彫刻のような外観にしている。造形のモチーフは「日本の贈り物文化のシンボルである折形」とのこと。

 次は山手線の西側にある恵比寿公園(片山正通氏)へ。恵比寿公園は、建築メディアの人にはなじみのあるCAt(シーラカンスアンドアソシエイツトウキョウ)の事務所の裏にある公園だ。

 ワンダーウォールの片山正通氏によるトイレは、コンクリート打ち放しの迷宮風。説明をよく読まずに行ったら、これが安藤忠雄氏かと思ってしまいそうだ。片山氏がテーマにしたのは「曖昧な領域ー現代の川屋(厠)」とのこと。

 恵比寿駅周辺のこの3つを回るだけで死にそうに暑かったので、一気に見ようという人は熱中症に十分気をつけていただきたい。 

坂茂氏は先鋒を自覚し“発信型”に?

 ここからは歩くには遠いので電車に乗り、千代田線・代々木公園駅へ。同駅に隣接する代々木深町小公園にあるのが坂茂氏のデザインによる“スケスケトイレ”だ。通常時は周囲が透け透けの色ガラスだが、中に入ってカギを占めると不透明になる。

 実は、この「THE TOKYO TOILET」プロジェクトのことを初めて知ったのは、テレビのニュースで見たこのトイレで、そのときには、坂茂氏のデザインであることを説明していなかった。「なんと代々木公園にスケスケトイレ!」みたいな報じ方。後で坂氏のものと知り、「さすがやるなあ」と思った。坂氏なら得意の3次元木造で“建築的”につくる手もあっただろうが、プロジェクトの先鋒であることを踏まえ“発信型”に徹したのであろう。

 もちろん、スケスケには理由があって、ウェブサイトではこう説明している。

 公共のトイレ、特に公園にあるトイレは、入るとき2つの心配なことがあります。一つは中が綺麗(クリーン)かどうか、もうひとつは中に誰も隠れていないかどうか。新しい技術で作られた鍵を締めると不透明になるガラスで外壁を作ることで、トイレに入る前に中が綺麗かどうか、誰もいないか確認でき、その2つの心配をチェックすることができます。そして夜には、美しい行灯のように公園を照らします。

 坂氏は、ここから5分ほど北に歩いたところにある、はるのおがわコミュニティパークのトイレも担当した。基本的なデザインは同じで、ガラスの色が違う。

 上記の4人以外に参加するクリエイターは下記の12人。安藤忠雄、伊東豊雄、後智仁、隈研吾、小林純子、坂倉竹之助、佐藤可士和、佐藤カズー、NIGO®、マーク・ニューソン、藤本壮介、マイルス・ペニントン。プロジェクトの詳細はこちら。9月7日には安藤忠雄氏の神宮通公園トイレが竣工予定なので、オープンしたらまたリポートしたい。

あえてもの申す!

 ところで、冒頭に書いた「それゆえに言いたいこともある」は何だったかというと、「銘板」がなかったことである。5件すべてに「デザインしたのは誰か」という説明表示が見当たらなかった※。こんなに「デザイン」を重視しているプロジェクトなのに…。もしかしたら、気付かないようなどこかにあったのかもしれないが、気付かないようなところに付けるのも問題である。

※この記事をご覧になった方からの情報で、デザインした人の表示はそれぞれにあったそうである。どこにあったんだろう…。暑さのためもあったと思うので、お詫びしたい。ただ、「気付かないほどさりげなかった」という前提で話を続ける。

 私は建築界に放り込まれた30年前からずっと、新築した建築には「施主/設計者/施工者/竣工年」を記した銘板を付けることを義務化すべきと思ってきた。銘板なんて、高くても数万円でできる。それによって、一般の人の建築に対する関心が増し、建築への愛情が育まれ、建物の寿命が延びるならば安いものだ。そういう公約を掲げて選挙に出る人がいたら絶対に票を投じる。

 極端な例になるが、先日、ある取材のついでに見に行った村野藤吾の建築に、こんな銘板がついていた。

 「1971 村野森建築事務所 村野藤吾」。建物は10年以上使われておらず廃墟なのだが、入り口にこんな堂々たる銘板があると、所有者もおいそれとは壊せないだろう。

 おそらく今回、「スケスケトイレ」というニュース報道で代々木のトイレを見に行った人の多くは、坂茂氏のデザインと知らずに帰ってしまったに違いない。クリエイターに敬意を払う日本財団なのだから、そこはもう少し配慮をしてほしかった。まだ3分の2が残っているプロジェクトなので、今後の対応をぜひともお願いしたい。そして誰か国会議員の方、「竣工銘板の義務化」を次の公約に掲げてほしい。(宮沢洋)