日曜コラム洋々亭36:NOIZによる東京海上リノベ提案に刺激を受け、勝手にリノベ対決(追記:建て替えはレンゾ・ピアノ)

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 建築家の豊田啓介氏らが率いるNOIZが9月28日、東京海上日動ビル本館のリノベーション案を発表した(Tokio Marine Nichido Headquarters Building Renovation)。

左がNOIZによる提案(©noiz)。右は記事後半で述べる宮沢案(©宮沢洋)

 東京海上日動ビル本館は1974年竣工(当初名は東京海上ビルディング本館)。地下5階・地上25階建て、延べ面積6万2695㎡。前川國男の代表作にして、唯一の超高層ビルだ。

(写真:宮沢洋)

 NOIZの案は、クライアントから依頼を受けて提案したものではなく、超高層ビルの今後を世に問うために勝手に提案したもの。筆者はこのコラムで、「日本でこれほど巨大ビルがあっけなく壊されるのは、リノベーションの成功例がほとんどないからだと思う」「超高層も外装をやり替えてはいるが、『前とイメージが変わった』『改めて行ってみたい』というものはほとんど思い浮かばない」と指摘しており、NOIZの手弁当の提案には心から拍手を送りたい。

関連記事:日曜コラム洋々亭31:建築の寿命は何が決めるのか──前川國男、西沢文隆、丹下健三そして青木淳から考える

 まずは、NOIZによる解説文を引用しつつ、提案の主なビジュアルを見ていこう。

 東京海上日動ビル本館は東京の心臓部、皇居正面の角地に立地する、独特の美しさと歴史的な価値を兼ね備えた、東京を代表する超高層建築です。日本の近代建築のパイオニアであり、多くモダニズムの傑作を生み出した前川國男の設計によるこの建築は、日本では最初期の超高層ビルの一つです。設計当時周辺に高層建築が全くない中で、周囲に際立って高くそびえるその計画は皇居に対する不敬であるとの批判の的となり、工事開始の直前に計画高さの1/3が削減されるという特異な経緯でも知られています。近年の規制緩和で大手町や丸の内界隈の建築の高さや容積制限は大きく引き上げられ、現在では周辺の建物は東京海上日動ビルよりはるかに高く聳えるようになっています。

©noiz

 2021年、東京海上日動ビルの建物の解体と再開発による新築計画が発表されました。このような決定の背景には東京の超一等地にもかかわらず現状で容積や高さが十分に活用されておらず、機械や空調などの設備やセキュリティなども現代のビジネススタンダードに適合していないなど多くの要素があり、ビジネス視点での再開発という判断の正当性は十分に理解できます。

 今回の保存改修計画で重視したのは、オリジナルの美的および歴史的な価値を残すことはもちろん、この立地で建設可能な容積や高さも最大限に確保し、最新のオフィスビルの環境性能や機能性も新たに付加することで、文化財としての価値とビジネス価値、矛盾しがちな二つの要求をいずれも満たすという点です。

©noiz

 その実現のために導入したのが、既存のタワーを新しいガラスの外皮で「巻き取る」という手法です。伝統的な和菓子である葛饅頭の、透明な葛の外皮が濃厚な餡を包み込む構成のように、透明な新しい外皮が既存の重厚なタワーを包みこみ、新たな二重構造を構成することで次世代の要求に対応します。新しい外皮は遮熱や断熱、開放的な視界の確保など、基本的な性能や価値の向上を担うと同時に構造的な補強も行い、赤いレンガ色の既存タワーのデザインは、透明な外皮を通して、新しい質感を内堀越しの開けた都市景観上に浮かび上がらせます。付加された外皮により拡張された容積には、新しい機能をサポートする垂直動線や設備のコアが追加挿入され、さらに上部にはオリジナル案で計画されていた高さまで床の積み増しを行うことで、延床面積はほぼ3倍になります。

©noiz
©noiz

 内部空間にそのまま残される既存躯体の彫りの深い構成と仕上げが、均質で冗長になりがちなオフィススペースに独特のリズムと質感、歴史との接続の感覚、さらには利用者にプライドの感覚をももたらします。経済的にも機能的にも新しい価値を付加しながら古い構造を再価値化し、環境負荷を低減するこうしたアプローチは、アメリカやヨーロッパの大都市でも近年積極的に活用され、街に歴史の厚みと多様性をもたらし、新しい活性化に大きく寄与しています。日本でも法制度や不動産評価のしくみの改正により、今後は同様のアプローチが実践されていくべきです。

 今回NOIZとして提示している自主提案は、東京海上日動ビル単体の問題にはとどまりません。ここで提示されているのは、近年軒並み老朽化問題が顕在化しつつある、高度成長期の建築群一般に共通する問題で、その状況全体に対する一つのマニフェストでもあります。

©noiz

 それはすなわち、20世紀的なスクラップビルドを前提としたアプローチに代わる、次世代の社会的責任のあり方や姿勢に関するパラダイムシフトの可視化であり、建築設計者としての提案です。既存建築物の保存というと、いわゆる腰巻外壁保存方式以外の手法がなかなか提示されない現状において、建物の歴史的、文化的な誇りを維持しつつ、現代的な都市的プレゼンスを付与する具体的な可能性の提示を試みています。既に再建計画が公式に発表されている中で、東京海上日動ビル本館という社会遺産を保存することは、現実にはもう難しいかもしれません。それでもあえてこうした提案を社会へと投げかけることで、今後生じる類似したケースにおいて、より拡張的なアプローチと新しい可能性が考慮され、持続的な形で社会的な価値が増幅されるような開発の事例が、一つでも実現することを期待しています。

勝手に提案、「新館一体化増築案」

 私がNOIZの提案を見て強く惹かれたのは、既存の超高層の高さを伸ばして容積を増やすという点だ。日本は世界最高レベルの「超高層ビル解体技術」を持つがゆえに、地上何階建てであろうが、既存ビルをあっさり壊してしまう。しかし、21世紀になってそうした技術が普及する以前は、「超高層は壊せない」「一度建てたら未来永劫使い続けなければならない」という覚悟で設計していたはず。少なくとも前川國男だったらそう思っていたはずだ。その覚悟に報いたい。

右が新館(写真:宮沢洋)

 そしてもう1つ。私がこの話題に関する報道を見ていてずっと気持ち悪いと思っているのは、一緒に建て替えると公表されている新館については誰も話題にしないことだ(公式リリースはこちら)。新館は本館の隣に立っている薄茶色のビルだ。新館だから、当然、本館より新しい。調べてみると、新館は1986年竣工。地下4階・地上16階建て、延べ5万2620㎡の規模。設計は三菱地所。施工は本館と同じく竹中工務店だった。

 普通に考えると、新耐震でできた築35年のビルを壊す方がもったいないのではないか。「前川國男の設計だから」と、本館だけを残そうと言うロジックは、建築界でしか共有できない気がする。

 そこで、私は本館と新館を両方残して、上に増築する案を考えてみた。基本方針は下記。

・本館、新館とも既存ビルの主要部を残す。
・東京駅側の広場も極力残す。
・両ビルを掛け渡すように上部に増築。
・既存ビルの間の部分に強固な耐震補強を施す。
・増築した上部へのアプローチとして、シースルーのエレベーターシャフトを広場に落とす。

©宮沢洋
©宮沢洋
©宮沢洋

 どうでしょう。OMAっぽくて良くないですか?

 クライアント的には、「以前とガラッと変わった」という一新感が欲しいかもしれない。ならば、全面的な外壁修復を兼ねて、レンガタイルを白く塗ってしまっては。これは青木淳氏が設計した青森県立美術館のイメージ。設計はリノベーションの名手である青木氏にぜひお願いしたい。前川國男→丹下健三→磯崎新→青木淳と、ひまご弟子に当たるし。

©宮沢洋

 実際に設計したことのない人間が何言ってやがる、と思われるかもしれないが、私としてはこんな軽い感じでどんどん提案したら世の中の流れも少しずつ変わっていくのではないかと思うわけである。私の提案画像を使いたい方はどうぞ許可なく使ってください(©は入れてね)。私のビジュアルは、(NOIZの提案ビジュアルがすご過ぎるのでハードルを下げるため)あえて「30分制限」で描いてみたということを申し添えておく。(宮沢洋)

追記:記事を書いた後で知ったのだが、建て替え後の新ビルの設計は、レンゾ・ピアノ氏と三菱地所設計が担当するようである。「木造ハイブリッド構造による超高層オフィスビルをめざします」とのこと。リリースはこちら