日曜コラム洋々亭46:永山祐子氏が大阪・関西万博「ウーマンズ パビリオン」で挑む「アップサイクル建築」の可能性

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 「編集」の仕事をしていると、それまで明確に意識していなかった複数の事象が、ビビビッと電気が流れるようにつながる瞬間がある。それは編集の仕事の醍醐味というか、快楽であって、そのかなり大きなビビビッがつい先日、建築家の永山祐子氏の会見を見ていて走った。カルティエが3月8日に開催した2025年日本国際博覧会「ウーマンズ パビリオン」のプロジェクト発表イベントだ。

「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」 © Cartier

 正確に言うと、この会はカルティエ ジャパン、2025年日本国際博覧会協会、内閣府、経済産業省の共催によるプレスカンファレンス。以下、発表内容のリリースより(太字部)。

 「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」は、「When women thrive, humanity thrives ~ともに⽣き、ともに輝く未来へ~」をコンセプトに掲げ、すべての人々が真に平等に生き、尊敬し合い、共に歩みながら、それぞれの能力を発揮できる世界をつくるきっかけを生みだすことを目指します。本パビリオンでは、世界中の女性に寄り添い、女性たちの体験や視点を通して、公平で持続可能な未来を志すことを来場者に呼びかけます。

左から建築家 永山祐子氏、2025年日本国際博覧会協会事務総長の石毛博行氏、カルティエ ジャパン プレジデント&CEOの宮地純、経済産業省 大臣官房審議官 澤井俊氏 © Cartier

 グローバル アーティスティック リードには、1851年の万博創設以来初の女性デザイナーとして、2020年ドバイ万博の英国パビリオンを担当するなど、第一線で活躍するアーティスト、エズ・デヴリン氏が就任いたします。そして、建築家の永山祐子氏がリード アーキテクトに就任。本パビリオンでは、永山氏が設計した2020年ドバイ国際博覧会の日本館で使用したファサード資材を大林組の協力によりリユースいたします。

 何がビビビッとなったかというと、伏線は2週間前に見た日本設計の新本社(虎ノ門ヒルズ内)。記事(日本設計が虎ノ門ヒルズに本社移転、見た目よりも「20世紀的均質さからの脱却」に納得)には書かなかったが、この椅子↓がかなり気になった。

日本設計新本社での廃材アップサイクルの取り組み(写真:日本設計)

 この巨大バウムクーヘンのような椅子は、既存のオフィスに標準仕様として使われていたタイルカーペットを接着剤で積み重ねたものだという。日本設計の人は「廃材のアップサイクル」と説明していた。なるほど、確かにアップサイクル……。

 この「アップサイクル」という言葉が耳の奥に残ったのだ。その言葉自体は最近、ラジオなどで毎日のように耳にしている。SDGsの流れの中での注目ワードだ。でも、建築分野ではあまり聞いたことがない。なので、廃材アップサイクル椅子はすごく新鮮に響いた。

ドバイ万博のパーツを日本で再利用

「ウーマンズ パビリオン」について説明する永山氏。オンライン配信された会見のキャプチャー画像。永山祐子:1975年東京生まれ。1998年昭和女子大学生活美学科卒業。1998−2002年 青木淳建築計画事務所勤務。2002年永山祐子建築設計設立。2020年〜武蔵野美術大学客員教授。現在、東急歌舞伎町タワー(2023)、2025年大阪・関西万博パナソニックグループパビリオン「ノモの国」、東京駅前常盤橋プロジェクト「TOKYO TORCH」などの計画が進行中。

 で、永山祐子氏の話に戻る。彼女は、自身の設計による2020年ドバイ国際博覧会日本館のファサード資材を、2025年日本国際博覧会「ウーマンズ パビリオン」で再構築すると説明した。ドバイ日本館のファサードは、日本の「麻の葉文様」を立体格子で表現したものだ。ひらひらと空を舞う白い折り紙のようなファサードは、建物の構造体でもある。

 今回のパビリオンの話が決まったことから、解体時に慎重に取り外して移送。現在は日本で保管されている。2つのパビリオンは平面形が全く異なるので、それを今、破綻なく収まるように検証している最中だ、と永山氏は語った。

オンライン配信された会見のキャプチャー画像

 そのプレゼンを聞いて、「それってアップサイクル建築!!」と、ビビビが走ったのだ。

 永山氏自身は会見で「リユース」という言葉を使った。確かに、部材だけに着目すればリユース。だが、全体としてはアップサイクルだ。

アップサイクルは「創造的再利用」

 それって何が違うの?と思われた方のために、アップサイクル、リユース、ついでにリサイクルの用語説明。

アップサイクル:本来は捨てられるはずの製品に新たな価値を与えて再生すること。「創造的再利用」とも呼ばれる。

リユース:一度使われた製品にアレンジを加えることなく、そのまま繰り返し使うこと。

リサイクル:廃棄されるものの中から使えるものを取り出し、いったん原料や材料に戻してから再利用すること。

「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」の模型 © Cartier

 永山氏のファサード再利用は、まず、「リサイクル」ではない。原料に戻してはいない。

 そして、ファサードの個々の部材を見れば「リユース」だが、ファサード全体あるいは建築全体としてはアップサイクルだ。

 これに対して、建築全体として「リユース」と言えるのは「移築」だろう。例えば、隈研吾氏のこれ↓は「リユース建築」だ。

岡山県真庭市の「GREENable HIRUZEN(グリーナブル ヒルゼン)」。設計:隈研吾、2021年竣工。2019年11月に東京・晴海に建てられた隈氏設計監修の「CLT PARK HARUMI」を移築したもの(写真:2点とも宮沢洋)

 「リユース建築」はほとんど無駄がない点で優れてはいるが、現実にはなかなか難しい。隈氏の建築も、晴海につくるときから真庭市に移すことを想定して設計していた。そんな状況はそうそうあるものではない。

 ドバイ万博日本館の設計段階では、「ウーマンズ パビリオン」を設計することは決まっていなかった。しかし、永山氏の頭の中には当初からどこかで再利用するイメージがあったようだ。今回の取り組みに相当手ごたえがあるらしく、会見では「さらに別の場所でも使ってみたい」と力強く語った。突如現れて「アップサイクル建築」の急先鋒!

上勝町のブルワリーはアップサイクル建築の好例

 会見を見てビビビとなったのは、このプロジェクト以外にも、過去に見た複数のアップサイクル建築が頭に浮かんだからだ。例えば、分かりやすいものでいうとこれ↓。

徳島県上勝町のブルワリー「RISE & WIN Brewing(ライズ・アンド・ウィン ブルーイング)」。設計:中村拓志(NAP建築設計事務所)、2015年竣工

 この建築、すごくかっこいい。これを見たとき、リノベーションではないし、移築でもないし、なんと呼べばいいのだろうと思ったのだが、これぞアップサイクル建築。

 日本人は江戸時代以前、高度なアップサイクル文化だった。おそらく「創造的再利用」の美意識は日本人の遺伝子に組み込まれている。日本の建築家はそういうデザインが得意そうだし、一般の人にも伝わりやすい。

 ビビビと他に何が思い浮かんだを書き並べると大論文になってしまうので、それはいつか書こうと思う。少なくとも、2025年に「ウーマンズ パビリオン」がお披露目になるときまでに、「現代アップサイクル建築論」が書けるように準備しておかないと…。(誰か原稿を依頼してください!)

 だいぶ会見の内容から離れてしまったので、会見時の永山氏の公式コメントを以下にコピペしておく。(宮沢洋)

永山祐子氏のコメント:
 「今回のパビリオンにはドバイ万博から大阪・関西万博につなげる試みとして2つの要素があります。1つ目はドバイ万博から始まった女性の社会貢献に光を当てた館の継承、そして2つ目はドバイ万博日本館のファサードリユースです。過去の万博で使われたパビリオンの外装をリユースするという画期的な試みとなります。 SDGsをテーマとする大阪・関西万博では、SDGsの17のゴールのうち日本が不得意とする“SDGs5: ジェンダー平等を実現しよう“及び“SDGs12:つくる責任 つかう責任“の2つの分野にフォーカスしたパビリオンでもあります。ファサードリユースはドバイ万博日本館設計当初から思い描いていた構想でした。ここに実現できることを嬉しく思います。リユースに向けて解体の瞬間から今まで、多くの方々の多大なる協力を得てきました。そしてこれからも2025年の開催に向け、関わる全ての方々との対話、協業を大切にしながら実現に向け邁進していきたいと思います。完成時にはこれからの未来社会に向けた大切なメッセージとして、多くの方に体験いただきたいと思います」

改めて「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」の外観イメージ © Cartier