日曜コラム洋々亭48:文化庁の「建築文化」会議で光った隈氏発言、「サスカル」変革への第一歩?

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 独立してから初めて、国の有識者会議を見に行った。文化庁が設置した「建築文化に関する検討会議」第3回だ。

■建築文化に関する検討会議(第3回) 日 時:令和5年5月25日(木) 10:00~12:00 場 所:日本芸術院会館 談話室

検討会議委員一覧(五十音順、継承略)
石井リーサ明理(照明デザイナー)、 隈 研吾(建築家)、 後藤 治 (学校法人工学院大学理事長)、佐々木 葉(早稲田大学理工学術院教授)、佐藤 主光 (一橋大学教授・政府税制調査会委員)、鈴木 京香(俳優)、 西尾 洋一(Casa BRUTUS 編集長) 堀川 斉之(大成建設株式会社設計本部 シニア・アーキテクト)、 三浦 展 (株式会社カルチャースタディーズ研究所 代表取締役)、 山﨑 鯛介 (東京工業大学博物館副館長・教授

 俳優の鈴木京香さんが見たかったんでしょ? そう、それは3分の1当たっている。

 そんなよこしまな気持ちを建築の神様が見透かしたのか、この日、鈴木京香さんは欠席だった(涙)。

隈研吾氏(左上)は欠席ではなく、会議開始前の集合写真撮影に間に合わなかった(写真:宮沢洋)
会場の日本芸術院会館(@上野)。ずっと気になっていたけど、中に入ったことがない…

 しかし、目的の3分の1である「会場の日本芸術院会館(設計:吉田五十八、1958年竣工)に入ってみたい!」は、100%以上かなえられた。検討会議のあと、委員たちとともに、建物内をすみずみまで見学させてもらえたのだ。天皇陛下の控室まで…。でも、内部の写真は公開不可ということでお見せできない。申し訳ない。

文化庁が「建築文化」に本腰を入れる

 そして、この記事で書きたいのは、残る3分の1の目的だ。会議のテーマである「建築文化に関する検討」についてである。議題が、私(宮沢)の日々の活動そのものではないか。ちなみに「建築文化」という言葉は、これまでの文化行政にはなかったものらしい。

会議風景

 メディアを長くやっていると、国がやることをうがった目で見てしまう癖がついている。だが、配布された資料の「設置の経緯と目的」の中にこんな一節があり、何だか本気な感じがする。

 「全国の貴重な近現代建築やそれを取り巻く景観は、我々の身の回りにおいて現に失われつつあり、主に経済的な要因により著名な建築家の作品が惜しまれつつ取り壊された等の報道に接する機会は、書籍や雑誌のほかネットニュース、SNS等の情報媒体も発達し、むしろ増えつつある。このような事態の背景に、現行の文化財保護法において何が保存・活用の対象になるかという制度自体の性格にとどまらず、我が国の文化芸術政策上における建築・景観の位置づけという観点から、多くの課題が見出せる」

 「我が国においては建築は身近な存在である一方で、文化芸術政策の一領域として包括的に捉え、その振興を図り、広く国民に訴求し続けていく対象であるという視点が、文化芸術政策において欠けていたと言わざるを得ない」

 行政がこんなに自らを反省するって、相当珍しい気がする。

 この検討会議は今年2月28日に設立された。今回が3回目で、報告書をまとめる最後の会議となる。報告書は来月中にも発表されると思うのだが、概要はすでにNHKが報じており、見事なまとめなのでそれを引用する(太字部)。

 名建築とされる建物が老朽化などで取り壊されるケースが相次いでいることから、すぐれた建築物を守ろうと、文化庁の検討会は、建築を文化として振興するための法整備の必要性などを盛り込んだ報告書の案を取りまとめました。

 (中略)文化庁によりますと、この数年、築50年程度の名建築が、老朽化や耐震性の問題などから全国で相次いで取り壊されているということで、こうした建築物の保護が課題となっています。

 25日は、これまでの検討会での議論を踏まえて、報告書の案が示されました。

 この中では、国が取り組むべき対策として、
▽建築を文化芸術のひとつとして振興するための法整備や、
▽すぐれた建築物がむやみに取り壊されるのを防ぐための相続税や固定資産税の優遇措置などが盛り込まれました。

 これについて委員からは、「すぐれた建築物」の定義を明確にするべきなどの意見が出されましたが、報告書案は大筋で了承されました。
(ここまでNHK NEWSWEB2023年5月25日公開より抜粋)

 ちなみに、NHKは第2回検討会議が終わった後に、この話題を「クローズアップ現代」(“思い出の建物”消えていいですか?問われるニッポンの建築文化、:2023年5月10日放送)で取り上げるなど、かなりの関心を持っているようだ。

さすがは隈氏、自分の役割を見事に果たす

 私は事前に読んでいた資料で、「重要文化財」や「登録有形文化財」を補完するような仕組みをつくり、それを国内外に発信する──というような話なのかと思っていた。しかし、実際の会議の場では、それぞれの委員が「そこまで広げる?」と思うような意見を多方面にわたって述べた。なかなかの本音で面白かった(これを最終的な報告書にまとめる人は大変だなと思いつつ)。その中でも「そこまで踏み込むか」と思ったのが隈氏。私が配布資料を見ながらうっすら感じていたことを、すぱっと明快にまとめてくれた。こんな発言だ。

 「日本の建築が長く使われずに壊されるのは、まず、税制の問題、特に相続の問題が大きい。それと、都市計画法や建築基準法が、高度成長を前提につくられていること。そうした法制度を『文化』の視点から見直していくことが重要で、この会議がそうした動きのきっかけとなってほしい」

 文化庁の検討会議で、あえて文化庁を超えて財務省(税制)や国土交通省(都市計画法、建築基準法)にも働きかけろ、とは小心者の私にはとても言えない(思ってはいても…)。でも、隈氏が言えば、次の動きにつながりそうなインパクトがある。首相の耳にだって届きそうだ。届いてほしい。それを自覚しての発言だろう。既存の法制度を「文化」の視点から見直す──。本当に、そういう動きにつながることを願う。

 ただ、「『文化』の視点から」というのが私には少しだけ引っかかった。例えば、すでに解体が始まった「東京海上ビル」について私が「残すべき」と思ったのは(以前にこんな記事を書きました)、前川國男の設計で文化的に貴重だから、というよりは、築50年足らずであの規模の建築を壊すのが「もったいないから」である。おそらく、ビルの取り壊しに反対した一般の人の多くは、私と同じようにSDGs的な観点から反対していたのではないかと思う。

東京海上ビルはすでに取り壊しが始まった(この写真は2021年撮影)

 いや、文化なのか、SDGsなのかと線引きすることが無意味になってきているかもしれない。両者はかなりの部分で重なっている。丹下健三の名言、「美しきもののみ機能的である」風にいえば、「持続的なもののみ文化的である」になりつつある。例えば、ファッション業界は「持続的だからこそかっこいい」という変革期に確実に入っている。

メディアからは西尾洋一・Casa BRUTUS編集長(右手前)が参加。その奥は石井リーサ明理氏(照明デザイナー)、座長の後藤治・工学院大学理事長。 西尾編集長は、磯達雄の近著『日本のブルータリズム』を例に、いわゆる有名建築ではない身近な名建築を評価し、後世に残すことの重要性について語った。マガジンハウスの本ではないのに、ありがとうございます!

 それを考えると、建築も単に「『文化』の視点から見直す」と言うよりは、「文化性と持続可能性を併せた視点から見直す」と言った方が社会の賛同を得やすいのではないか。

 そのためには「文化性」と「持続可能性」を一言で伝えられる言葉が欲しい。「SCD」(Sustainable & Cultural Development)はどうだろう。あるいは「サスカル」とか……。

 会議のメンバーではないが、勝手に提言してこの記事を締めたい。

 日本の建築文化の向上のためには、既存の法制度をサスカル」の視点から見直していくことが重要だ。「持続的」な建築のみ「文化的」である。

 (宮沢洋)