日曜コラム洋々亭49:那須で考える木の現代建築──“王道”としての古び方と“ボロ道”としての古び方

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 今年4月に亡くなった野沢正光氏の代表作の1つである「いわむらかずお絵本の丘美術館」を見てきた。完成したのは四半世紀前の1998年。恥ずかしながら初見である。場所は栃木県那須郡那珂川町(旧馬頭町)。同じ日に見た隈研吾氏の代表作「那珂川町馬頭広重美術館」(2000年)との対比がとても面白かったので、それについて書きたい。

左が「いわむらかずお絵本の丘美術館」(1998年)、右が「那珂川町馬頭広重美術館」(2000年)。いずれも2023年6月上旬に撮影 (写真:宮沢洋)

 なぜ「いわむらかずお絵本の丘美術館」を見に行ったかというと、今年5月に「飯能商工会議所」(野沢正光氏の近作、構造設計は稲山正弘氏)をリポートした際に(こちらの記事)、事務所の方から、野沢氏と構造家の稲山正弘氏(ホルツストラ主宰、東京大学教授)のタッグは『いわむらかずお絵本の丘美術館』が最初だと教えられたからだ。

「いわむらかずお絵本の丘美術館」

■いわむらかずお絵本の丘美術館
建設地:栃木県那須郡那珂川町小砂3097
竣工:1998年1月
規模:地上2階
構造:木造・一部鉄筋コンクリート造
敷地面積:4959.00m2(約1502坪)
建築面積:754.70m2(約228坪)
延床面積:698.11m2(約211坪)
設備:OMソーラーシステム(集熱暖房・補助暖房)
設計:野沢正光建築工房
構造:ホルツストラ
施工:深谷建設

 竣工当時から雑誌で見て名前は知っていたが、どこにあるのか知らなかった。1998年は、木造であることが今ほど話題にならない時期だった。だから調べようとも思わなかった(野沢さん、すみません)。今回改めて調べてみて、「那珂川町馬頭広重美術館」から車で20分ほどの距離だと知った。広重美術館はこれまで3回も行ったことがあるのに…。

 もう1つ、調べてみて分かったのは、この建築が2002年度(第3回)のJIA環境建築賞の「一般建築部門最優秀賞」を受賞していること。その講評(小玉祐一郎氏の執筆)を読みながら、現在の写真を見ていただきたい、展示室内は撮影禁止だったので、外観と共用部のみとなる。

益子に仕事場を持つ絵本作家のいわむらかずおさんの美術館は栃木県馬頭のなだらかな丘陵地の頂上にある。いわむらさんの作品は緻密な自然観察がベースになっているが、建物の周辺の起伏に富んだ地形は、雑木林や棚田や農場や池や泉があって、さながら絵本に出てくる動物達の生息地にのようでもある。

実際、この周辺一帯は美術館を拠点にしたエコミュージアムとなっており、美術館を訪れる多くの人々にとって自然に親しみ、自然を観察し、学ぶ格好の場となっている。ひとつの建物が人々の自然への関心を深め、環境保全の行動をうながすのであれば、その建物は環境建築と呼ぶにふさわしい。

このような成果を生んだハード、ソフトの周到な設計計画は高く評価される。さらに特筆すべきことは、地場産の木材を使い、その特性を生かした独自の構法によってのびやかな展示空間と休息のための空間を創りだしていることだ。空気集熱型太陽熱暖房システムと導入とあわせて環境負荷低減への貢献も評価される。(ここまで小玉祐一郎氏の講評)

 なるほど、棟の部分の高さがずれたような独特の架構↑はOMソーラー(空気集熱型太陽熱暖房システム)のためか。

展示されていた模型

 講評に補足すると、木造部はスギ製材による梁間方向方杖トラス、桁行方向充腹梁式ラーメン構造。地元、八溝山系の80~90年生の木材を主要構造部に使っている。

 …と、ここまではその環境形成の素晴らしさを書くつもりだったのだが、4回目の訪問となる「那珂川町馬頭広重美術館」を見に行って、「木材の古び方」について書きたくなった。

「ボロさ」の魅力を増していく馬頭広重美術館

 ここからはかなりの私見になる。筆者は、「那珂川町馬頭広重美術館」が見に行くたびに「ボロさにグッとくる」のである。竣工時の写真しか知らない人はたぶん、「えっ、こんな感じなの?」と驚くだろう。「がっかり」という人も多いかもしれない。深い軒で木材が守られた「 いわむらかずお絵本の丘美術館 」とは対照的だ。しかし私には、こちらはこちらで木材ならではの劣化の美しさに見える。ボロさの魅力が増していく。今が頂点かも…。

「那珂川町馬頭広重美術館」の現況

 構造的に大丈夫なのか?と思われるかもしれないが、この建物の主構造は鉄筋コンクリート造+鉄骨造。木材(スギ)のルーバーは構造材ではない。さらにいうと、屋根は鋼板葺き。防水はそちらで担保されており、上部のルーバーは装飾でしかない。

 しかし屋根材は建築基準法上、不燃であることが求められることから、当時隈氏は宇都宮大学の研究者らと共同で赤外線燻煙熱処理という技術でスギに不燃加工を施した(当時は旧38条認定)。

 不燃加工を施しても劣化しないわけではない。20年以上雨にさらされるとこんなにボロボロになる。

 拙著『隈研吾建築図鑑』で隈氏をインタビューした際、隈氏は「村井正誠記念美術館」(2004年)の外壁について「あれはボロさがいいでしょう」と語っていた。その外壁は、解体した旧村井邸の床板や天井野地板をルーバー状に貼ったものだった。

拙著『隈研吾建築図鑑』より「村井正誠記念美術館」 のリポートの一部

 そちらはもともとのボロさを生かしたわけだが、広重美術館は結果的に同じような“深い味わいのボロさ”で全体が包まれる状態となった。もし当初からの狙いだったら相当に高度だ。

内部に使ったスギルーバーはきれいなままなので、ボロさとの対比も面白い

 とはいえ、未来永劫この状態を維持できるとは思えない。たぶん、このまま劣化が進むと、いつか折れて飛散する。構造に影響はないとしても、飛んだら危ないだろう。ある時期が来たら全部交換して、そのコストなどの詳細を公表してほしい。そうすれば、これから同じようなことをやろうと思う人に参考になる。「姫路城」が数十年単位でしっくいを塗りなおすたび「白すぎ城」と話題になるように、ロングタームで転生を繰り返す木の現代建築もあってよいのではないか。

 記事後半の頭で「かなりの私見」と書いたが、一緒に見に行った家族(素人)も「かっこいい!」と言っていた。世の中に、この状態に好感を持つ人は少なからずいるようだ。これから木の現代建築に取り組む予定のある人は、那須の2件、ぜひ見比べてほしい。非建築系の人を連れて行って、どう思う?と聞いてみると面白いだろう。

 ちなみに、故・古市徹雄氏と佐藤総合計画が共同で設計した「栃木県なかがわ水遊園 おもしろ魚館」(2001年)もすぐ近くにある。広重美術館から車で15分ほど。見に行く人は3つまとめて見るのがお薦めだ。(宮沢洋)