日曜コラム洋々亭52:国立近現代建築資料館「10周年展」に重ね見る故・鈴木博之氏の想いと建築資料の未来

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 東京・湯島の文化庁国立近現代建築資料館で「日本の近現代建築家たち」展が始まった。書くのが遅くなってしまったが、初日の7月25日に行ってきた。キュレーションを担当した小林克弘氏(東京都立大学名誉教授)と小池周子氏に案内してもらった。ご説明いただいた内容とはほぼ無関係の記事になるが、どうかご容赦を。

会場の入り口にて小林克弘氏。第1部の会期は2023年7月25日~10月15日

 実は、この展覧会は内容がどうあれ書くつもりだった。「10周年記念アーカイブズ特別展」だからである。そう、開館から10年たったのだ。筆者(宮沢)は、この館の成り立ちには特別な思いがある。それは前職(日経アーキテクチュア)時代の開館時(2013年)に、かなり突っ込んで取材したからだ(業務ミッションとは関係なく興味があったので)。会員でないと全文は読めないけれど、下記の2本の記事である。

国が建築図面の収集・展示を開始 旧司法研修所を改修した「国立近現代建築資料館」で(日経アーキテクチュア2013年5月25日号)

国交省、10年ぶりインハウス設計に安藤氏は…「国立近現代建築資料館」の設計担当者に聞く(2013年5月23日付けWEBニュース)

30年の悲願を実現、鈴木博之氏や安藤忠雄氏が動く

 リンクした記事が読めないよ、という人のために、2本の記事のポイントを要約する。

・公的な建築資料収集機関の設立は、建築史家や建築関連団体にとって悲願だった。1986年には日本建築学会が「建築博物館設立要望書」を当時の大蔵大臣や文部大臣に提出。94年には同学会が「建築博物館基本構想」をまとめたが、いずれも実現には至らなかった。

・建築史家の鈴木博之氏(1945~2014年)が「近現代の貴重な建築資料の海外流出が始まっている」と強い危機感を抱く。

・開館の10年ほど前から鈴木氏と建築家の安藤忠雄氏、政治家の田中真紀子氏の3人が中心となって、文化庁所管の建築資料館の立ち上げに動く。

・湯島地方合同庁舎(旧司法研修所)の一部を改修して使う計画をまとめ、2011年2月の閣議決定を経て、田中氏が文部科学大臣在任中の12年12月に正式発表。

・2013年5月8日に開館。名誉館長は安藤氏が務め、館長は文化庁政策課長が兼務。運営委員は鈴木博之(座長)、青柳正規、石山修武、竺覚暁、難波和彦、松隈洋の6氏でスタート。

・資料購入の予算はないので、寄贈を依頼する形になる。

・施設の設計(改修)は、文化庁から委任された国土交通省関東地方整備局の職員が自ら実施。国交省のインハウス設計は珍しい。

・設計期間がタイトだったので、プロポーザルをすると、設計する時間がなくなってしまう。自前でやることにした。

・円形の展示台は、安藤氏が初期段階で描いたスケッチからイメージを膨らませた。

今回の展示風景

スター選抜12人をずらり

 それから10年か…。当時、「資料購入の予算はないので、寄贈を依頼する」という話を聞き、「大丈夫か?」と思った記憶がある。でも、続いてきた。今回の10周年特別展は、寄贈された資料、あるいは交渉中の資料の中でも、スター選抜的なものをずらっと並べた展覧会だ。以下は開催趣旨(太字部)。

 文化庁国立近現代建築資料館(National Archives of Modern Architecture [略称 NAMA])は、平成24(2012)年11月に設置が決定され、平成25(2013)年5月に開館して、設立10周年を迎えました。

 日本の近現代建築は世界的にも評価が高く、それら資料の一部は有名海外美術館等でのコレクションにもなっています。こうした日本の新たな建築文化を国内で守り、アーカイブズとして発展させてゆくため当資料館は設立されました。この10年でコレクション(所蔵資料群)は30を超え、手描き図面を中心とした建築資料の収蔵は、 20万点を超えました。資料の内容は、図面をはじめ、スケッチ、関連資料、アルバム等、多岐に渡り、コレクション毎に内容は異なります。多様な資料を通し、近現代建築家達の軌跡を見ることができます。

一番最初の展覧会は、右上にポスターがある東京オリンピック展だった

 この10年の活動を紹介しながら、NAMAの建築家アーカイブズより、日本の近現代を創り上げてきた12名の建築家たちに関するコレクションを、 2部に分けて紹介します。

第1部:覚醒と出発
2023年7月25日(火)~10月15日(日)
 建築家たちが建築界に名を刻んだ出発点となった作品や、日本の近現代建築の発展に大きく貢献した作品や活動を展示します。それぞれの建築家たちがどのような想いからこれらの作品を発想し、実現させたのか、これらの建築が社会や建築史においてどのような位置づけとなってゆくかをたどります。

 展示物を見せてしまうのは無粋なので、かわいらしい建築家たちの似顔絵で12人の顔ぶれを紹介しよう。

①吉田鉄郎:別府市公会堂(1928年)(建物名は第1部での主要な展示資料)

本展デザイナーである胡桃ケ谷デザイン室の吉田貴久氏が建築家の似顔絵も描いたとのこと。似顔絵、いいと思います!

②岸田日出刀:海外近代建築調査記録(1925、1936年他)

特にこの岸田日出刀のラスボス感がいい!

③坂倉準三:神奈川県立近代美術館(1951年)

④前川國男:晴海高層アパート(1958年)

⑤丹下健三:広島平和記念資料館(1955年)

⑥吉阪隆正:ヴィラ・クゥクゥ(1957年)

⑦大髙正人:千葉県文化会館、千葉県立図書館(1967、1968年)

⑧高橋てい一(ていは青へんに光):佐賀県立図書館(1962年、内田祥哉と共同設計)

⑨大谷幸夫:国立京都国際会館(1963-1966年)

⑩菊竹清訓:出雲大社庁の舎(1963年)

⑪原広司:粟津邸(1972年)

⑫安藤忠雄:住吉の長屋(1976年)

 筆者はこれまで同館で開催された展覧会をかなりの割合で見ている。その筆者が今回、特におすすめしたいのは2つ。1つは大谷幸夫氏の資料だ。

 今回の国立京都国際会館の資料は初展示。説明パネルを読むと「寄贈手続きに向けて資料整理が進められている」とあり、今まさに進行中であるようだ。

 もう1つは原広司の粟津邸(1972年)。先日、実物を見学させていただいたということもあるが、魚の2枚下ろしのような図面表現に驚く。

 自分が物心ついた後の1970年代が、すでに国が収集する「歴史資料」なのだというのも感慨深い。冒頭に挙げた自分の記事を改めて読んで、なるほどそうだったのか、と思ったことがある。それは、鈴木博之氏が「メタボリズムの時代を核に収集していきたい」と語っていること。まさに鈴木氏の狙い通りに収集の網が広がってきているのだ。

 と考えていて、もう1つ思ったのは、あと30年たつと、2000年代が歴史になるわけだ。筆者の実感では90年代の半ばに図面のCAD化が急速に進み、2000年代はほとんどCAD図になっていた。21世紀の建築の歴史は、どうやって展示するのだろうか。

 先ほど載せた原広司・粟津邸のような図面も、BIMを使えば簡単にできてしまいそうだ。あの図を頭の中で考えて描いたことがすごいわけで、「いろいろやってみたらこれがかっこよかった」では「ふーん」である。模型は模型で、3Dプリンターでつくったなと分かると、どこか他人事に思えてしまう。鈴木博之先生に聞いたら、なんて答えるかなあ……(鈴木先生はなんでも正対して答えてくれる人だった)。

 話を戻すと、これからこの展覧会を見に行く若い建築家の人は、自分が「日本の21世紀の建築家たち」に選ばれたとき何が展示されるか、それが未来の人々の心をとらえることができるかを考え始めたほうがいいかもしれない。実際の建築よりも、資料の方が長く残りますよ。(宮沢洋)

【展覧会概要】
文化庁国立近現代建築資料館[NAMA]
10周年記念アーカイブズ特別展 日本の近現代建築家たち

所在地:東京都文京区湯島4-6-15 湯島地方合同庁舎内
開館時間:10:00~16:30 (入館は閉館の15分前まで)
入場料:無料
公式サイト:https://nama.bunka.go.jp/facilities

■第1部:覚醒と出発
2023年7月25日(火)~10月15日(日)
休館日:毎週月曜日休館(但し、祝日の月曜は開館
し、翌日休館。開館:9月18日、10月9日、休館:9月19日、10月10日)
 建築家たちが建築界に名を刻んだ出発点となった作品や、日本の近現代建築の発展に大きく貢献した作品や活動を展示します。それぞれの建築家たちがどのような想いからこれらの作品を発想し、実現させたのか、これらの建築が社会や建築史においてどのような位置づけとなってゆくかをたどります。
※展示資料は上記記事内を参照

■第2部:飛躍と挑戦
2023年11月1日(水)~2024年2月4日(日)
休館日:12月28日(木)~1月4日(木)年末年始休館、毎週月曜日休館(但し、祝日の月曜は開館し、翌日休館。開館:1月8日、休館:1月9日)
建築家たちの飽くなき挑戦の数々を紹介します。代表的な作品のみならず、未完に終わった名作やコンペへの意欲的な応募案を加えた展示を通じて、生涯かけて挑み続ける建築家たちの創造力と生き様をご覧いただきます。

展示作品予定(第2部)*展示作品は変更になる場合もあります。
吉田鉄郎:東京中央郵便局(1931年)、忠霊塔コンペ案(1939年)
岸田日出刀:ゴルフコースと倶楽部ハウスのデザイン
坂倉準三:新宿西口計画(1966年)、神奈川県庁新庁舎(1966年)
前川國男:ポンピドゥセンターコンペ案(1971年)、最高裁判所コンペ案(1968年)
丹下健三:シンガポール・スポーツ・コンプレックス計画(1972年)、
吉阪隆正:大学セミナーハウス(1965年)
大髙正人:京都国際会議場コンペ案(1963年)、広島基町・長寿園団地(1978 年)
高橋青光一:浪速芸術大学コンペ案(1964年)、群馬県立館林美術館(2001年)
大谷幸夫:国立京都国際会館(1963-1966年)、最高裁判所コンペ案(1968年)
菊竹清訓:海上都市、京都国際会議場コンペ案(1963年)、アクアポリス(1975年)
原広司:ケルン・メディアパーク・コンペ案(1988年)、影のロボット(1986年)
安藤忠雄:水の教会(1988年)