日曜コラム洋々亭55:転生する折板構造のガメラ、佐賀県が「市村記念体育館」の改修前見学会を開催

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 公共建築でこんなに前向きな見学会は珍しいのではないか。今回の日曜コラムはそのお知らせである。以下、佐賀県のホームページからのコピペだ。

「ありがとう市村記念体育館」を開催します~現在の姿が見られる最後の機会~
最終更新日:2023年10月5日 (佐賀県)地域交流部 文化課
 佐賀県では、2024年から改修工事を行う市村記念体育館の一般公開イベント「ありがとう市村記念体育館」を開催します。
 改修工事では、屋根部分や内装をリニューアルするため、現在の姿を見ることができるのは、今回が最後の機会となります。この機会に、ぜひお越しください。

(写真:宮沢洋、特記以外は同じ)

■実施概要
1 期 日  
(1)一般公開
       建物の歴史や特徴の紹介、写真等のパネルや改修後の模型の展示  
       令和5年10月21日から11月12日までの土日
       令和5年11月14日(火曜日)から11月16日(木曜日)
       開館時間:9時から17時
(2)DOCOMOMO Japanによる「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」
   選定記念プレート贈呈式
       令和5年10月21日(土曜日)13時
       ※選定記念プレート贈呈式と合わせて設計者である坂倉建築研究所の案内による見学会を実施
        1回目:13時15分から1時間程度
        2回目:15時から1時間程度 
2 会 場  市村記念体育館(佐賀市城内二丁目1-35)
       ※最寄りの駐車場をご利用ください
3 入場料  無料(申し込み不要)
       ※アンケートにお答えいただいた方に、特製ポストカードをプレゼントします。

(写真:長井美暁)

 筆者もなんとか理由を見つけてこの見学会に行きたいと思っている。いや必ず行く。改修されてきれいになると分かっていても、人々の想いがしみ込んだ今の状態は見たい。昨年、佐賀県立博物館の展覧会(この記事)を見に佐賀市に行ったとき、この体育館の外観は見たのだが、すでに閉鎖されていて中は見られなかった。中を見たのはもう20年前だ。

2015年に中を見たときの写真。何かの設営中できれいな写真を撮れる状態ではなく…(写真:磯達雄)

設計は坂倉準三、今年6月にDOCOMOMOが選定

 そもそも「市村記念体育館って何?」という人もいるだろう。以下は、今年6月にDOCOMOMO Japanが「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選んだときの解説文だ。

佐賀県体育館(現:市村記念体育館)

体育館近くに立つ市村清(1900~68年)の銅像。市村は東京・銀座の「三愛ドリームセンター」の発案者でもある

設計:坂倉準三建築研究所(井上堯・小室勝美・田代作重・阿部勤・大庭明・坂本和正)
施工:大成建設(吊り屋根工事は住友建設)
竣工:1963年

 佐賀県体育館(現市村記念体育館)は、1963年、リコー三愛グループ創業者で佐賀県出身の市村清氏により、佐賀県民の体育・文化の振興を目的に佐賀県に寄贈された施設である。ジグザグ状の折板で壁をつくり、その中に鞍型のHPシェルの吊り屋根を組み合わせた構造で、正面からは王冠、側面からは鞍形を思わせる外観を誇る。吊り屋根の東西中央両端から地面に向かって斜めに突き出た梁が、雨水を地面に導く樋の役割も果たしており、外観の個性を更に際立たせているほか、壁や床のタイル、木製の滑らかな階段手摺等、坂倉ならではの意匠が数多く残っている。

(写真:長井美暁)

 築60年が経過し、施設の老朽化及びスポーツ施設に求められる規模が不足することから、体育館としての用途は廃し、「文化体験・創造の拠点」として活用することとされ、今後、耐震化、屋根の軽量化、用途変更に伴う内部のリニューアル等にかかる改修工事が、「歴史的建物としての価値を壊さない形で保存する」ことを念頭に行われる予定。「郷土の偉人による寄贈」というバックボーンはあるものの、施主である佐賀県が作品の価値を十二分に理解し、真摯に保存活用の道を模索された結果、用途は変更されるものの竣工時の意匠の保護に最大限配慮したうえで改修されることとなった、稀有な事例である。

 的を射た素晴らしい解説文(元のサイトはこちら)。これに、筆者からいくつか補足したい。

補足1:建築初心者にも刺さるガメラのような造形

 「ジグザグ状の折板で壁をつくり、その中に鞍型のHPシェルの吊り屋根を組み合わせた構造」というのは、こういうことだ。

(イラスト:宮沢洋、『昭和モダン建築巡礼』より)

 2015年に初めてこの建築を見たとき、こんな絵を描いた。

(イラスト:宮沢洋、『昭和モダン建築巡礼』より)

 イラストルポの全体は『昭和モダン建築巡礼 完全版1945-64』に収録されているので、そちらも見てほしい。

補足2:体育館から文化芸術拠点へと転生

 そしてDOCOMOMO解説文中の、「体育館としての用途は廃し、『文化体験・創造の拠点』として活用する」という下りは、大胆なコンバージョンの計画が進んでいるということである。2021年に「市村記念体育館利活用設計業務委託」の公募型プロポーザルが行われ、設計者としてOpenA+石橋建築事務所JVが当選。文化芸術の創造活動拠点として2025年度の完成を目指している。

 「佐賀新聞」などの報道によると、耐震性を確保するため、屋根は架け替える。独創的な外観を残しつつ内部は全面リニューアル。1階中央のイベントスペースではコンサートや展示会を開催できるようにする。その周辺を取り囲む「オープンラボ」はガラスで区分けし、デザイナーと利用者が文化芸術活動に取り組む。企業・団体が入居し、カフェやショップも備える。災害時には避難施設として活用する。

 佐賀県はこのほど施工者の入札を行ったが、入札は不落となった。今はここに限らず、資材価格高騰で公共工事の不落が続出しており、良い落としどころに向かうことを願いたい。

「旧香川県立体育館」と比べずにいられない…

 筆者はこのプロジェクトをどうしても「旧香川県立体育館」と重ねて見てしまう。あちらは設計者が丹下健三だが、構造設計はどちらも岡本剛だ。

 ここから旧香川県立体育館の話に展開しようと思っていたのだが、書こうとしていたこととほとんど同じことが「船の体育館 再生の会(旧香川県立体育館 保存の会)」のサイトに書いてあった。

 楽をするわけではないが、そちらにも関心を持ち続けてほしいので、その記事↓にリンクを張って締めとしたい。そして、次の工事入札では落札されることを祈る。(宮沢洋)

もうひとつの兄弟作、市村記念体育館の利活用計画について(2023年2月26日)

佐賀県立図書館(1962年、設計:高橋靗一/第一工房+内田祥哉)から市村記念体育館を見る(写真:長井美暁)