7人の名言04:吉村順三「建築の勉強は実物を見なければダメだと思う」

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 建築家の言葉を1日1人、計7人取り上げていく「7人の名言」。4人目は、吉村順三(1908~1997年)だ。私(宮沢洋)が日経アーキテクチュア在籍時に関わった書籍や特集記事から言葉を拾い出していく。

(イラスト:宮沢洋)

 前回、菊竹清訓の熱烈なファンだ、と書いた。節操がないと言われそうだが、全く共通項のなさそうな吉村順三の建築も大好きだ。吉村順三も技術を重視していて、ダブルスキン・ファサードの先駆けとも言われる「NCRビルディング(現・日本財団ビル)」のようなテック系建築もある。でも、私が好きな吉村順三はそっちではなく、“何となく気持ちいい系”、あるいは“どこがどう良いのか書きにくい系”の方である。

 「そうすると気持ちがいいんだよね」(「巨匠の残像」2007年/日経BP社刊より引用)

 弟子や編集者が設計の工夫を尋ねると、そんななすすべもない答えが返ってきたという。私は、残念ながら吉村順三に会ったことがない。日経アーキテクチュアに配属された1990年にはご存命だったので、何か無理矢理、取材をつくって会っておくべきだったと後悔している。でも、実際に会って、「そうすると気持ちがいいんだよね」と言われたら、記事を書くときにすごく困っただろう。

 吉村の教え子である建築家の益子義弘氏によると、吉村は自身の建築を言葉で説明することはほとんどなかったという。

説明したくない吉村、食い下がる聞き手

 そんな吉村が建築観を語る貴重なインタビューが、日経アーキテクチュア1976年11月15日号に掲載されている。当時の蜂谷真佐夫編集長(創刊編集長、故人)はこのインタビューで、吉村順三が日本的なモチーフをどう設計に取り込んできたのかを聞き出そうとしている。説明したくない吉村と、食い下がる聞き手…。そのバトルが面白い。

 例えば、蜂谷編集長が、「最も影響を受けられた日本の伝統建築はどういうものでしょう」と聞く。それに対する吉村の答えはこれ。

 「それは全部ですね」

 私だったら、その答えを聞いて、冷や汗が出て次の質問を繰り出すところだ。だが、蜂谷編集長はその重苦しい“間”に耐えたのだろう。吉村が次の言葉を続け出す。

 「それからもう1つ、そういう特殊な社寺建築とか宮殿建築とかでなく、民家的なものからずいぶん日本らしいというか、やはり建築の本筋というか、基本はむしろ民家にあると思いますね」(いずれも「建築家という生き方」2001年/日経BP社刊より引用)

 なるほど、吉村の建築の心地良さの原点は「民家」なのだ。これを聞き出した蜂谷編集長、歴史的偉業である。

「建築を見る」ことの大切さ

 吉村順三は1908年、東京生まれ。東京美術学校(現・東京芸術大学)を卒業後、レーモンド建築設計事務所を経て、1941年に独立。代表作に、「国際文化会館」(1955年、前川國男・坂倉準三との共同設計)、「軽井沢の山荘」(1962年)、「愛知県立芸術大学」(1966年)、「八ヶ岳高原音楽堂」(1988年)などがある。

 先の日経アーキテクチュアのインタビュー、後半になると吉村が乗ってくる。以下、吉村がこのインタビューで語った「建築を見る」ことの大切さを拾い出してみた。説明嫌いな吉村の生の言葉なので、たぶん、かなり貴重である。

 「僕らの学校時代は、『ルネサンスで銀行を』とか『ゴシックで学校を設計しろ』といった、ほとんど西洋の課題しかないわけです。日本建築の講義みたいなものはちょっとありましたが、本当に僕が納得するようなものはなかったわけです」

 「建築の勉強というのは、実物を見なければダメだと思うのですよ。人間の生活に本当に必要なものをつくるわけですからね。まあ、そんなように学生時代、それからレーモンド時代でも、暇があると京都に行って実物を見て歩いたわけです」

 「日本という国は、建築的には恵まれた国で、いろいろないい要素がある。しかも、それが近代建築に通ずる、というものがいっぱいあるわけでしょう。たとえば障子1つとっても、カーテンとどっちがいいか。いろいろな知恵がこの(障子の)中にいっぱい入っているわけでしょう。それをなぜ使わないか」
(いずれも「建築家という生き方」2001年/日経BP社刊より引用)

 その一方で、こうも言う。

 「昔の建築に懐古趣味で住んでいるわけにはいかないわけです。それから人間というものは絶えず新しい刺激を受け、新しい発展というようなものを体得することが楽しいわけですからね。どうしても近代建築を僕ら、やらなければいけないでしょう。だけれども、それは建築の基本から出発した近代建築であるべきで、形だけ近代的であっても、そこに何も近代的な、精神的要素がなければ、ちっとも近代的じゃないと思うのですよ」(「建築家という生き方」2001年/日経BP社刊より引用)

 このネット社会において、わざわざ実物の建築を見に行く必要があるのか。若い人はそう思われるかもしれない。3Dスキャンしたウオークスルー映像をVRで見ればいいではないか、と。ただ、脳に直接、電極でも入れない限り、映像はやはり映像だ。解説が付けづらい吉村順三の建築の心地良さは、最も「実物を体感しないと分からない建築」の1つだと思う。

 ああ、吉村順三見に行きたいなあ…。コロナの前に見に行った「八ヶ岳高原音楽堂」(1988年、下の写真)もとても良かったので、自粛期間が明けたら、「草津音楽の森コンサートホール」(1991年)を見なくちゃ。

◆参考文献
「巨匠の残像」2007年/日経BP社刊/発行時定価2200円+税/出版社在庫なし、中古本はアマゾンなど
「建築家という生き方」2001年/日経BP社刊/発行時定価1800円+税/出版社在庫なし、中古本はアマゾンなど

八ヶ岳高原音楽堂/1988年竣工(写真:宮沢洋)

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宮脇檀(2020年5月11日公開)
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黒川紀章(2020年5月20日公開)