世界のウィズ・コロナ/アフター・コロナ@シンガポール02:オンライン化で縮まる距離、多国籍化がますます加速?

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シンガポールにおける「コロナ」以降の建築実務の変化を、同国在住20年の葛西玲子氏に寄稿してもらった。第2回のテーマは「在宅勤務(テレワーク)」。同国の最新の調査では、国民の90%が「在宅勤務を続けたい」とする結果が出た。(ここまでBUNGA NET)

コロナ渦のなか、発表された“Founder’s memorial”デザインプロポーザルの当選案。隈研吾チームの提案が選ばれた。葛西氏が所属するLPAも参加している(資料:Kengo Kuma & Associates and K2LD Architects)

 初回はコロナ感染が引き金となってシンガポールが現在直面している社会構造を揺るがす深刻な状況に触れた(「出稼ぎ現場作業員の大量感染で明るみに出た“二重構造”」 )。今回は、現在も続く在宅勤務を通じた身近な体験を共有させていただきたい。

 4月7日から実施された “サーキットブレーカー”により、国民の活動は最低限に制限された。既に2月中頃から、職場でもミーティングのオンライン化や、ソーシャルディスタンスを保つための時差出勤、あるいは在宅勤務を取り入れる傾向は進んではでいたが、4月3日の首相によるサーキットブレーカーの発表を受け、皆が在宅ワークにシフトするための緊急の体制づくりに追われた。すべての学校が4月8日から閉鎖され、オンライン学習に移行した。

 15名の所員を抱える私たちLPAシンガポールオフィスも、4月6日には全員がオフィスのデスクトップを自宅に持ち帰った。

職場閉鎖となる前夜、全員がデスクトップを自宅に持ち帰る(写真提供::LPA)

 翌日からは少しでも通常時のルーティンを守ろうと、毎朝9時に全員Zoomで顔を合わせ、毎朝恒例のヨガやストレッチといった数分の体操を一緒に行うことから始めた。

 そして午後6時には“サンセットミーティング”を定例化し、その日の仕事の成果や問題点などを簡単に報告し合う。プリンターやプロッターがない環境でも、所員はその制約の中で概ね作業をつつがなく遂行することができているようだ。 

 ちなみに、ランドスケープ設計事務所を営む私の夫は、毎晩、Zoomで所員とデザインワークショップを開催するのがすっかり日常化している。

 サーキットブレーカー中は業務が滞るかと思いきや、オンラインでかえって気軽にミーティング招集ができることもあり、進行中のプロジェクトの各定例ミーティングは律儀に開催されている。しかも、誰も移動できないために通常よりもミーティングへの参加率が高い。施主代理のプロジェクトマネージャーたちは、現場がいつ再開できるか分からないという不安を抱えながらも、皆忙しそうにしている。

Zoomのおかげで3社スタッフ間をつなぐディスカッションも容易になった(写真提供:LPA)

隈氏が当選した国家的プロジェクトでも早速、リモート会議

 コロナ騒ぎのなか、シンガポールの建国の父・リークアンユーを称える “Founder’s memorial “ というモニュメント・ミュージアムの国際設計コンペの結果が3月上旬に発表された。このナショナルプロジェクトのコンペは1年近くかけて審査され、地元の目ぼしい建築家たちがこぞって参加。最終に残った5者の設計案は、国民のお気に入りの投票まで行われた。そして3月に入って、隈研吾建築都市設計事務所・シンガポールの設計事務所K2LD共同チームの当選が発表された。

隈研吾建築都市設計事務所・K2LD共同チームの提案が選ばれた“Founder’s memorial”のデザインプロポーザル(資料:Kengo Kuma & Associates and K2LD Architects)

 LPAもこのプロジェクトに関わっており、早々に多国籍コンサルタントを擁するプロジェクトチームと、政府事業主との活発なミーティングがオンラインで運営されている。通常であれば、超多忙な隈さんのミーティング・スケジュールを確保するのは至難の業と思われるが、モニターの向こうではマスクをつけた隈さんが自らプレゼンに参加されている。

 私たちLPAも含めて、シンガポールを拠点にしている設計者は国外でのプロジェクトが多く、加えてコンセプトアーキテクトとして海外のスター建築家を起用することが多い。国内の開発物件を通じて、これまでも海外とつなぐビデオ会議は日常的に行われてはいたが、個々のモニターからつなぐZoom方式になって、国内と海外という距離感がなくなった感覚がある。

 東京、シンガポール、香港と3つの事務所を持つ私たちは、この機に3社を結んだ社内Zoomワークショップを適宜開催し、所員間の意見交換の場を推進しているところだ。

“コワーキング”の過剰供給の先には何が?

 当初約1か月の予定の閉鎖期間が2か月に延長され、現時点でもまだ少しずつ解除中。いつの間にか在宅勤務が日常となり、先日行われた調査によると、なんと国民・住民の90%が頻度の差はあれ在宅勤務を続けたいという結果が出ている(5月24日・ストレイツタイムズ紙)。理由はどこの国でも大差ないと思われるが、通勤の必要がない、フレキシブルに仕事ができる、家族と過ごす時間が増えた、というものが主だ。

現在はソーシャルディスタンスのルールを遵守しながら、少しずつ事務所での仕事を再開している私たちの事務所(写真提供: LPA)

 東京の過酷なラッシュアワーや通勤時間の長さとは比較しようもないが、それでも“身支度をして出勤し、決まった時間を仕事場で拘束される”という習慣がかなり面倒で苦痛なことであったかということに皆が気づいてしまった後では、平常化してからも全く同じように後戻りをすることは困難かもしれない。

 スタートアップが盛んなシンガポールではこの数年、“コワーキングスペース”が飽和状態ではないかと心配になるほどに誕生し続け、各オペレーターは付加価値をつけるために意匠を凝らし、利用者のためのユニークなサービスやアメニティーを提供する傾向が加速化していた。それに続いて登場し始めた新たな住居形態“コリビング(Co-living)”が、モバイルな暮らしと異業種が交流するコミュニティ形成の提案にさらに拍車をかけていた。

コワーキングスペースに続いて、コロナ前はデザイン性、コミュニティ性を重視したコリビング空間のニューオープンが続いたが…(写真提供:Hmlet)

 移動と身体的な交流が一旦遮断されてしまっている現在、今後状況が平常化したときに、これらのトレンドがどう発展していくのだろうか。(葛西玲子)

第3回は6月23日(火)公開予定

葛西玲子(かさいれいこ):照明デザインの会社、ライティングプランナーズアソシエーツ(LPA)シンガポール事務所代表、東京・香港事務所役員兼務。2000年末に事務所立ち上げのためにシンガポールに移動し、現在までシンガポールを拠点としている。傍ら、シンガポールとトロピカルアジアの建築・デザイン、アートを中心としたトピックを、日経アーキテクチュア、カーサブルータス、ペンなど多数のメディアに寄稿してきている。シンガポール居住20年を迎えるにあたり、当地の建築や仕事、生活について本にまとめたいと構想中