日曜コラム洋々亭30:「人間のおろかさ」をヒューマンな都市づくりの原動力に──帝国ホテル建て替えに思う(後編)

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 帝国ホテル本館を建て替えるというニュースを聞いて、日比谷公園脇の「帝国ホテル」から丸の内の「みずほ丸の内タワー・銀行会館・丸の内テラス」へと歩いてみた、というのが前回の記事だった。(日曜コラム洋々亭29:大丸有散歩で「人間のおろかさ」を愛おしむ──帝国ホテル建て替えに思う

 今回も、あまり好きではない「保存」という言葉を考えながら、大丸有(大手町・丸の内・有楽町周辺)を散歩する。

(写真:宮沢洋、以下も)

 「みずほ丸の内タワー・銀行会館・丸の内テラス」の東側の敷地には、「日本工業倶楽部会館・三菱UFJ信託銀行本店ビル」がある(上の写真)。2003年竣工。設計者である三菱地所設計のWEBサイトにはこう書かれている。

 都心に建つ歴史的建築物の保存再生。日本工業倶楽部会館(大正9年:国登録有形文化財)の保存再生を伴った街区開発。新築された地下構築物の上に免震装置を介して建物を保存するという画期的な工法を採用した。

 ちなみに既存建物の設計者は設計は横河民輔、松井貴太郎他。

 すごい大掛かりなことをして建物を残したことは大いに評価すべきだと思うが、これを見ると痛々しくて、かわいそうに思ってしまうのは私だけだろうか……。関係者の苦労と「見え方」は比例しない。それが保存の難しさの1つだ。この建築を見るにつけ、そう思う。

東京駅復元に誰も反対しなかったのはなぜ?

 ここから有楽町方面に戻る。

 その途中に東京駅が見える。東京駅丸の内駅舎は、空中権の移転で工事費を捻出し、上部をすっきりとしたまま、2階建てから3階建てへの復元(2012年)を果たした“都市計画的保存”の成功例だ。技術的には「免震」の進歩を背景として、鉄骨レンガ造のままの復元が可能になり、竣工時の3階建てに戻った。復元が決まった後の2003年に重要文化財にもなっている。

 オールハッピーな話で今さら蒸し返すのもどうかと思う。だが、「保存」がテーマなのであえて書いておくと、私は復元が発表されたときに、それに反対する声がほとんど上がらないことに違和感を感じていた。復元前の2階建ての状況は、東京大空襲で3階が焼け落ちた後の応急処置であった。壊さずに2階建てのまま60年も使い続けていたのだ。それを考えるとむしろ、2階建ての状態にこそ歴史的な意味があったのではないか。例えば、広島の原爆ドームを完成時の姿に戻そうと言ったら、誰もが反対すると思うのだが……。何を「保存」と考えるのかの共通感覚がいまひとつ私に分からなくなったのは、この頃からかもしれない。

「おろかさ」を愛おしむ

 有楽町に戻り、今回の主役であるこの建物へ。2009年に完成した「丸の内パークビルディング・三菱一号館」である。設計は三菱地所設計。

 これも、三菱地所設計のWEBサイトから説明を引用する。

 都市再生特区により環境を主要なテーマとし、さまざまな環境提案を行ったタワー棟・低層棟および復元された三菱一号館からなる街区開発。美術館として活用される三菱一号館と商業ゾーンに囲まれた緑豊かな憩いの空間として、ヒートアイランド対策にも貢献する「一号館広場」を整備した。

 さらに、「三菱一号館」については別の説明のページがあった。

三菱一号館
 三菱地所設計の礎であるジョサイア・コンドルの設計で現場主任曾禰達蔵により明治27年(1894年)、丸の内最初のオフィスビルとして竣工し、昭和43年(1968年)に姿を消した煉瓦造地上3階地下1階、英国ヴィクトリアン時代クイーンアンスタイルの三菱一号館の復元建築。地下に免震層を設け、当時の煉瓦組積造、木造小屋組等を再現。煉瓦・石・金物等、当時の図面・写真・史料より検討を行い限りなく忠実に復元を行った上で美術館として活用するための改変を行っている。

 いったん壊したものを、総力を挙げて復元する──。私はこのニュースを聞いたとき、「なんておろかな」と思った。建物が出来上がったときも、復元の本気さは認めつつも、「こんな苦労をして、過去のおろかさを世にアピールしているだけでは」と思った。しかし、今はそう考えたことを反省している。こういう過去の過ちを認める姿勢こそ、これからの都市開発に必要なのではないか。

 これは、「五十にして天命を知る」の格言のように自分が50歳を超えて達観できるようになってきたからなのか、前職で重責を経験して「人間は誰もが欠点を持っていて、それは大きくは変わらない」という現実が分かったからなのか。いずれにしても、「ダメさがあるから人間は愛おしい」と思えるようになったのである。

 この丸の内パークビルディングは、復元した三菱一号館との間にある庭がとても心地いい。さほど広くはなく、かつ不整形な庭だが、現代の建築デザインだけでは出すのが難しい安らぎ感がある。

「本気の復元」は悪くない

 復元は保存ではない、というのが、かつての建築史の先生たちのスタンスだったように思う。でも、私はそもそも「保存」が何を指すのかがよく分からなくなっているので、「本気」でつくっているなら復元も悪くないと思う。大丸有からは少し離れるが、築地方向に歩いてこの建物を見ると強くそう思う。2013年に完成した「GINZA KABUKIZA」だ。

 設計は三菱地所設計と隈研吾建築都市設計事務所だ。旧歌舞伎座の部材の一部を再利用しているものの、完全な建て替えだ。それでも、精度の高い復元と現代の機能への刷新のメリハリが潔い。

帝国ホテルはこんなふうにしては?

 そして大丸有散歩は最後に、帝国ホテル本館へと戻る。前回、高橋貞太郎設計の名建築である現・本館を生かす形で全体を再生してほしい、と書いた。でも、建て替えが発表されたこの段階で、そんなに計画が後戻りするとは思えない。

 そこで、もう1つの提案である、こんなのはどうだろう。

 これは以前、「建築巡礼」の連載で帝国ホテル(ライト館)を描いたときに、「あのとき壊さずに残していたら、きっとこんなふうになっていただろう」という意味で描いたイラストだ。皮肉で描いたわけだが、描いみて悪くない気がした。今度の建て替えに当たり、ライト館を玄関と外周だけでも「本気」で復元したら、相当インパクトがありそうだ。きっと外国人観光客にも大人気になるのではないか。

 「人間のおろかさ」をヒューマンな都市づくりの原動力に──。今回の見出しのオチはこういう話でございました。設計を担当されている方、もしこれを読まれていたら、「パクリだ!」とか言ったりはしませんので、ぜひご採用ください。(宮沢洋)